2019/11/21

睡眠と腎臓

ああ眠りこそ、愛(は)しきものなれ、
極より極まで愛でぬ人なし。 
―― コールリッジ『老水夫行(1798年)』より

 2017年のノーベル医学生理学賞を受賞したMichael Young博士が、今年の米国腎臓学会で講演した。PER(period)、TIM(timeless)、DBT(double-time)といった概日リズム遺伝子は既によく知られているだろうが、何千もの飼育ボトルに入ったショウジョウバエの睡眠・活動リズムを観察して変異体をみつけた博士には、脱帽するほかない。

 なおヒトでは、PER遺伝子のほか、CRY(cryptochrome)、CLOCK(circadian locomoter output cycles kaput)、BMAL1(brain and muscle ARNT-Like 1)、REV-ERBαなどの遺伝子が概日リズムを司っている。そして、数百の遺伝子が概日リズムに従って「朝型」「昼型」「夜型」などさまざまに活動している(下の左図;概日リズム遺伝子をノックアウトすると下の右図のように規則性がなくなる)。




 腎臓もまた、概日リズムに従っている。ENaC・NHE3・NCCといったイオンチャネル、各種アクアポリン、糸球体ろ過や尿細管排泄に重要なアラキドン酸代謝産物の20-HETE(hydroxyeicosatetraenoic acid)などはいずれも概日リズム遺伝子の支配下にある(Nat Rev Nephrol 2018 14 626)。また、自律神経・ホルモン分泌など腎外の因子についても同様だ。

 その結果、眠っているあいだ①尿量が減る、②血圧がさがる(dipping)、といった「表現型」がうまれる。②についてはすでに注目され、dippingのない患者はある患者にくらべCKD進行しやすいという相関が複数報告されている(KI Report 2016 1 94)。結果、24時間血圧を管理しようという動きもみられる(こちらも参照)。

 さらに最近では、眠りの質・量とCKD進行との相関を示す報告もでてきた(KI 2016 89 1324、JASN 2017 28 3708、PLoS One 2017 12 e0175298など)。多くは大規模疫学コホートのアンケート調査解析で、エビデンスの質は高くない。しかし睡眠は腎臓だけでなく、心血管系イベント・免疫力低下・精神疾患・交通事故・学力低下などさまざまな心身の健康と相関しており、その重要さを疑う余地はないだろう。

 では、CKD外来で患者さんに見せてもらう血圧手帳の「朝の目覚め」欄が△や×で埋まっていたら、どうしたらいいか?




 「薬ください」「はい、どうぞ」の2秒で済ませれば外来時間は節約できるが、有効性や安全性は高くない(Matthew Walker著"Why We Sleep"、邦題は『睡眠こそ最強の解決策である』も参照)。生活習慣・居住環境などいわゆる「睡眠衛生」の改善や、睡眠時無呼吸など原因の検索も重要だが、時間がかかる。

 そこで、概日リズムの研究に期待が高まる。すでにCRY2遺伝子異常が家族性睡眠相前進症候群、PER3遺伝子異常が家族性睡眠相後退症候群に、それぞれ関係することが明らかになっている。これらは稀な疾患だが、今後診断や治療が進めば、より多くの人たちが安眠により心身の健康を増進できる日が来るかもしれない。