2019/09/05

外科医からの忠告

 51歳男性。インフルエンザ・MRSAによる壊死性肺炎からショック・ARDS・AKIを合併し入院。昇圧薬、緊急透析などをふくむICU管理を受けた数日後、下血と腹部の筋性防御がみられた。緊急開腹をおこなったところ、回腸末端・上行結腸・盲腸・直腸に多数の穿孔がみられた。病理標本を示す。




 Q:診断は?

 
 じつはこの症例はCJASNの2019年6月号の表紙を飾ったので、ご存知の方も多いかもしれない。紫色で魚のウロコのような構造物は、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム・カルシウム複合体(polystyrene sulfonate complex, PSC)の結晶。緊急透析でも高カリウム血症が改善しないため、1日あたり100グラム以上のPSCが経口・経腸的に投与された。どうしてそんなに大量のPSCが投与されたのかは、わからない。
 
 雑誌には、このあとこの患者がどうなったかは書かれていない。しかし、奇しくも日本臨床外科学会雑誌の2019年5月号に『ポリスチレンスルホン酸カルシウム内服中に発症したS状結腸穿孔の2例』なる報告が載っていたので紹介する(日臨外会誌 2019 80 943)。

 1例目は、CKDで内科外来に通う87歳女性、入院時Cr 1.7mg/dl。S状結腸穿孔により硬便が腹腔内に流出していた。単孔式人工肛門造設術を行い、手術は2時間41分、出血量は150ml。術後は人工呼吸器管理・大量輸液・広域抗菌薬・トロンボモジュリン・エンドトキシン吸着をうけた。回復し、リハビリおこない術後79日に自宅退院。

 2例目は、CKD(入院時Cr 2mg/dl)だけでなく、潰瘍性大腸炎の寛解後でもあった。S状結腸に2箇所の穿孔あり。単孔式人工肛門造設術を行い、手術は2時間10分、出血量は650ml。術後5日目にARDSとなり、一時回復し抜管されるも、再発し34日目に死亡退院。

 この論文が医学中央雑誌で過去の報告を検索したところ、ポリスチレンスルホン酸製剤内服中の下部消化管穿孔は全例が左側結腸に発症していた。製剤により水分を吸いとられ硬くなった便塊が通過障害を起こすためと考察され、上皮機能変容薬(ClC-2チャネル阻害薬など、こちらも参照)の使用が提案されている。

 「新規カリウム吸着薬があれば大丈夫」と思うかもしれないが、イオン交換樹脂であればやはり便中の水分は抜ける。Patiromerでも便秘は11%に見られたし(NEJM 2015 372 211)、ZS-9の第3相試験(CJASN 2019 14 798)でも便秘は6%にみられた(同じ号の表紙にPSC結晶の写真を載せたのにも、警告の意図があるのだろうが)。同様の合併症に注意が必要だ。


 最後に、1例目は低カリウム血症(1.8mEq/l)にも関わらずポリエチレンスルホン酸製剤が投与されていた。著者らは「定期的に血液検査を行い、場合によっては製剤の減量や中止も検討するべきであった」と戒めている。外科雑誌にとどめておくにはもったいない、的確な忠告といえよう(下図は、医原性を意味するiatrogenicの由来でもある、ギリシャ語のiatros)。