2019/05/09

目の前に腎不全の患者!聞くことは・・

 今回はNEJMにReviewが出ていたので書いてみる。

 先に題名に対する答えからであるが、職業、生活、労働環境は?と聞く必要がある。
NEJMでは、農業群落で働く人に起こる腎不全というReviewが乗っている(NEJM 2019)。


NEJM 2019より引用


 この中に数個の疾患が載っているが、私はあまり馴染みがなかった(Mesoamerican nephropathy, Sri Lankan nephropathy, Uddanam nephropathyなど)。本邦で見る割合は少ないかもしれないが、温暖化が進み、多種多様の海外旅行者が来る現在なので、本邦でも見る機会はあると思う。ただ、この疾患の概念を知らないとわからないことなのかなと思い、今回書いてみた。今回は、この中で一番popularなMesoamerican nephropathyについて触れてみる。

 この疾患は農業従事者に見られる疾患であり、原因不明の慢性腎障害と言われている。発症地域は中米が多いが、他の地域でも報告されている。

 最初に認知されたのは、中米のエルサルバドルで、若年のサトウキビを取っている人たちに原因不明で透析を開始しなくてはならないCKD患者が多くいた(205人中135人の原因が不明)。

 色々な調査でエルサルバドルとニカラグアで、高度が低く沿岸部に住む人にCKD発生が多いことがわかった。また、農業もサトウキビだけでなく、様々な農業の人に起こりうることもわかった。

 リスクファクター:

・高温の環境下で農業や身体を酷使した仕事をしている人
・殺虫剤の暴露がある
・NSAIDsの過剰使用がある
・60歳以上、男性
・痩せている
・砂糖を含んだ飲み物を飲水している。
・貧困、低所得者

 が挙げられる。

 原因:明らかな原因に関しては不明である。

 もっとも可能性のあるものとしては何回も脱水からAKIを生じることと、感染、薬物、毒素などの暴露による尿細管間質性腎炎を生じることが原因ではないかと考えられている。


AJKD 2014より引用


 病理所見:

 早期のMesoamerican nephropathyでは尿細管間質腎炎の所見を認める。
 CKD患者の腎生検では、尿細管の萎縮と繊維化、腎臓の硬化所見を認める。


Kidney Intより引用
左は慢性(尿細管の萎縮)と急性(間質へのリンパ球浸潤)の病態が入り混じっている
右はすでに慢性の状態であり、繊維化が生じている。


 診断:

 GFRが低下している人で、蛋白尿や血尿がない患者でCKDの原因が不明な人にはこの疾患を考慮する必要がある。この場合には、蛋白尿や血尿がなくてもこの疾患を想起して腎生検を行うことを考慮する必要がある。

 この疾患には特異的な治療方法は現段階ではない。

 そのため、予防を行うことが重要である。先にも述べたように高温下で重労働の人々に多いため、環境暴露を避けることも重要である。また、電解質を含んだ水分摂取も重要である。以前は仕事中に5~6Lしか高温環境下で飲んでいなかったが、現在では10L以上飲むようにしているようだ。

 なので、もし腎炎所見もないのにCKDの患者を見たら、何のお仕事ですか?海岸沿いですか?高温環境で暮らしてますか?などの質問をして絞り込むのはいいかもしれない。

 下記は中米のサトウキビ畑で働いている人。かなり高温環境下であることが推測される。





[2019年8月22日追記 by T]本稿で取り上げた、中米腎症(CKD of unknown etiology、略してCKDuとも呼ばれる)が、ふたたび今日付のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンの「温暖化特集」で取り上げられた(NEJM 2019 381 693)。本稿でも解説したように、CKDuは高温ストレスによる腎障害の一種と考えられるからだ。
 
 今後地球温暖化が進めば、生理的な限界をこえた高温・渇水地域が増え、そこに暮らす逃げ場のない(おおくは貧困な)人々がCKDuの犠牲になるおそれがある。熱波は洪水や地震のようにドラマチックな映像にはなりにくいが、その影響は両者に劣らず甚大だ。

 今年の夏が終わっても、また夏は来るし、来年も再来年もいっそう暑いだろう。『喉元過ぎれば「暑さ」忘れる』とならぬよう、さまざまな温暖化への対策をしておく必要があるが、腎臓領域もまたその例外ではない。