2021/03/05

ACE阻害薬・ARB中止の是非 後編1

 スウェーデンのスタディ(JASN 2021 32 424)を、先に挙げた米国のスタディと比較しながら解説する。


こちらより引用


1. 患者


 腎臓内科に通院するCKD3-5期患者を登録した(4-5期は基本的に義務)スウェーデン腎レジストリが対象である。米国のスタディと異なり、今回は全例が腎臓内科の診察を受けている(といっても、かかりつけ医制度のためか受診は年2-3回だそうだが)。

 レジストリは患者情報や腎臓内科受診時のデータを収集するだけでなく、個人番号により処方薬や死亡のリジストリと連結されている。レジストリは国営で、国外に出ない限りフォローアップが途絶えることはまずないという。

 研究グループはこのデータを利用して、eGFRが30ml/min/1.73m2未満になった時点(このスタディはこちらがT0)から6ヶ月以内に「ACEI/ARBを中止され、以後観察期間中ずっと再開されなかった患者」と「ACEI/ARBが継続され、以後観察期間中ずっと中止されなかった患者」の比較を試みた。

 アウトカムは、5年間の死亡率・MACE(今回は死亡・心筋梗塞・脳血管障害)・腎代替療法(腎移植・維持透析)である。では早速結果を・・・と言いたいところであるが、今回は研究グループが生データに対して細工を行っている。


 そこで、まずそれを説明する。


2. ターゲット・トライアル・エミュレーション(以下、TTEと略す)

 
 TTEとは、仮定したランダム化試験に観察データに似せることで、交絡因子やバイアスの影響を減らし結果や因果関係の信頼度を高める方法である。ここでは簡単に、本スタディが患者選択時とアウトカム計測時に行った工夫を紹介する。


①患者選択時


(JASN 2021 32 424 図S1より)


 まずクローニングでは、データセットを複製して2つ作る(図の上段・下段)。そして、上段セットから「T0から6ヶ月以内にACEI/ARBを中止された患者」を選び、下段セットから「フォロー期間中ずっとACEI/ARBを継続していた患者」を選ぶことにする。

 そのため、1ヶ月ごとにセンサリング(censoring)を行い、上段患者から「中止が6ヶ月以内の中止でない患者」と「中止後に再開された患者」、下段患者からは「継続後に中止された患者」を除外する。

 これによりクロスオーバーは排除できるが、人工的な除外による選択バイアスの可能性が残る。そこで最後にインヴァース・プロバビリティ・ウェイティング(Inverse Probability Weighting、IPW)を行う。

 IPWとは、交絡因子の影響が大きそうな患者のウェイトを減らし、小さそうな患者のウェイトを増やすことで、影響の排除を試みる方法である。

 このスタディでは、「中止群から誤って除外される可能性」と「継続群から誤って除外される可能性」についてモデル係数(時間により変動する要素、年齢、性別、既往、血圧、薬、登録年、入院歴など)を40あまり設定し、両段の全患者にウェイトづけをおこなった。

 これにより患者1人は0.05人とも34人ともカウントされる(99.5パーセンタイル以上の外れ値は切り捨てるが)。なお、こうしたウェイトの総和はもはや患者総数とは全く異なるため、シュード・ポピュレーションと呼ばれる。


②アウトカム計測時


 「ウェイトづけされプールされたロジスティック回帰(weighted pooled logistic regression)」を行った。本気で知りたい方には別の学習手段をお勧めするが、①と同様に結果に与える交絡因子の影響を排除している。重みづけされるので、やはり1つのアウトカムイベントが0.1にも50にもなる。

 ともかく、これにより5年間の絶対リスクが得られ、それを元に「境界内平均生存期間(restricted mean survival time、RMST)」を計算している。「境界」とはこの場合5年間に限るということで、ざっくり言うと生存曲線カーブの面積を積分して得られる値である。
 

例:10年RMSTは左7.54年、右7.94年
(差の95%信頼区間は0.12-0.67で有意)
こちらより引用


 ビッグデータ全盛の昨今、TTE・IPW・RMSTといった概念を目にする機会はこれからどんどん増えると思われる。「プラグマティック・トライアル」ですら理解のあやしい筆者だが、時代に乗り遅れないよう勉強せねばと痛感する(いまの医学部学生は、ここまで習うのだろうか?)。


 「3. 結果」と「4. まとめ」に続く。