2017/05/25

膜のいらない水の浄化

 透析室で大量の塩を消費している、と聞くとびっくりするかもしれない。食事に使っているわけでは、もちろんない。カルシウムやマグネシウム塩によるRO膜の劣化をふせぐために原水をあらかじめイオン交換樹脂に通すが、その樹脂を再生するためだ。それで、透析室には業務用の塩袋(写真はイメージ)が大量につんである。


 
 逆浸透圧(RO)法は海水の淡水化にも利用されるすばらしい技術だが、膜がデリケートで劣化が問題だ。高圧で水分子を漉しだすので多くのエネルギーを消費し設備コストがかさむのも課題だ。この技術を知ったとき、これで世界の水不足問題はあらかた解決するのではないかと思ったが、そうでもない。

 そこで、膜の要らない新しい技術がNature Communicationsに紹介された(doi:10.1038/ncomms15181)。この仕組みでは、水を一面は炭酸ガス、もう一面は空気に触れさせる。すると、H+とHCO3-による濃度勾配ができて、拡散泳動(diffusiophoresis)という原理によって不純物が移動してきれいな水と分離できる(図は論文より)。




 拡散泳動とは、イオンや溶質などの濃度勾配がある水溶液のなかにいるコロイド粒子が、濃いところにいると窮屈なので薄いほうに追いやられることだ(図はTexas Christian大学ウェブサイトより)。




 実験系は長さ1ミリに満たないミクロ規模だが、著者はスケールアップ可能という。将来的に、良質の飲み水が不足して病気が蔓延している途上国地域の都市部などで、工場やごみ処理施設などで発生するCO2を集めて水をきれいにするサステナブルな施設が安くできるかもしれない。

 血液透析の原理は腎臓に似ている面もある(図は限外濾過と糸球体濾過の比較)けれど、吸着透析とか新しい可能性が模索されてもいる(こちらこちらにふれた)。新しい技術や原理は、いまは未熟でもいずれあたらしい治療に結びつくかもしれないから期待したい。




 [2019年3月追加]海水の淡水化(desalination)についての考察が、Economist誌2019年3月2日号に載った。現在世界で15906の淡水化工場が稼動しており、1日あたり9500万立方メートルの淡水を生産している。

 その約半分をサウジアラビア、UAE、クウェートなどの中東・北アフリカ諸国が占め、シンガポールやカタールなど河や湖のない小国では、天然資源としての淡水よりもこうした人工淡水のほうが生産量が多い。
 
 世界の水不足を解決するうえでの問題点は主に三つあり、一つ目は地理だ。海が近くなければ、ただでさえ高い生産コストに輸送コストまで加わってしまう。二つ目は上述のように工場の設営と稼動に必要なコストで、膜の効率性など課題が多い。

 そして三つ目は産業廃棄物(brineとよばれる濃い塩泥、処理に用いられたさまざまな化学物質をふくむ)だ。淡水化工場が生み出す塩泥の量は淡水よりも多い。多くの場合パイプラインで沖合いの海底に捨てられるが、周囲の海水濃度を上げるなど生態系への影響が懸念される。

 こうした問題点もあることから、下水を上水に再生する(イスラエルは農業用水にしているが、シンガポールは飲料水にもしている)など他の方法も検討されているが、いずれもコストがかかる。

 こうした記事を読むと、水が比較的安価に手に入り不足を感じないなんて本当に恵まれているなと痛感する。