腎臓から酸を排泄できない血液透析患者さんではどのように酸のバランスをたもつか。からだにたまった酸が透析によって排泄できればいいが、抜けにくいものもおおい。それで、透析液からアルカリを体内にバッファーすることで酸を中和するのがメインの方法になる。
透析液のアルカリはもともと酢酸イオンで肝臓でHCO3に変換されていたが、透析中の低血圧や心筋抑制などの副作用が懸念された。それでアルカリの大部分は重炭酸イオンにおきかえられた。それでも、カルシウムと重炭酸が沈殿しないよう少量の有機酸が必要なので、酢酸や酢酸ナトリウム、クエン酸がまぜてありこれらも体内でアルカリとなる。
透析膜の内と外で重炭酸がどのような動きをするかは複雑だが、透析患者さんにおける酸塩基バランスはおおまかに図のようになる(KI 2016 89 1008)。透析しないあいだに酸がたまり体液貯留でHCO3-濃度がさがり、透析するとHCO3がバッファーされHCO3濃度があがる。
こうしてくわえるアルカリ量が次の透析までに摂取や産生でためる酸の量とほぼ等しくなって、透析前のHCO3が一定に保たれる。…はずであるが、実際はそうでもない。透析間隔や食事量、体重の増えなどあり同じ患者さんでも一定しないし、体格や透析膜、血液流量などの違いで患者さんどうしでもばらつきがある。
透析HCO3濃度(以下D-BIC)は各国で大きく差がある。2002-2011年のDOPPSデータ(AJKD 2013 62 738)をみると、北米でたかく(アメリカでは半数近くが38mEq/l以上)、欧州は大半の患者さんで33-37mEq/l(ドイツは32mEq/l以下の患者さんも多い)、そして日本では30mEq/l以下の患者さんが83%だ。
米国でこんなにD-BICが高いのは、2000年に透析患者さんでHCO3濃度を毎月測り22mEq/lを維持しようという推奨がKDOQIからでてみんながD-BICを上げていったからだ。しかし、たかいD-BICで一気にpHをあげると低K血症、血管石灰化などにともなう血行動態の不安定や不整脈(突然死)や、免疫機能低下にともなう感染症などたくさんの心配がある(図、前掲KI論文)。
実際透析大手FreseniusデータでD-BICが28mmol/l以上の群は突然死のリスクが高かったので透析前HCO3が24mEq/l以上の患者さんではD-BICを下げる方針にした。D-BICそのものではないが、FDAは2012年に透析液に含まれるクエン酸や酢酸もアルカリの一部として考慮するよう、安全に関する通達をだした。
そもそも、KDOQIの推奨はアシドーシスの筋肉や骨にたいする影響を懸念してだされた。しかし、透析前HCO3濃度がひくい透析患者さんは酸摂取がおおい、つまりたんぱく摂取がおおい患者さんとも言えるから、彼らのほうがPEWがなくて栄養状態はいいのかもしれない。
2006年にでた米透析施設最大手DaVitaコホートの研究(CJASN 2006 1 70)がこれを示唆している。栄養状態を考慮しないと透析前HCO3濃度がたかいほど死亡率が高かったが(図左)、栄養状態とcase-mixで補正すると2015カーブが反転しHCO3濃度が低いほど死亡率が高くなった(図右)。
ではD-BICは低いほうがいいのだろうか?D-BICが多国より明らかに低い日本では、透析患者さんの予後がもっともよい。ただ、あまりにも他国とちがいすぎて前掲DOPPS論文では日本だけ分析から除外されてしまった。それでというわけでもないだろうが、日本のデータを独自に分析した論文が2015年にでた(AJKD 2015 66 469)。
注目すべき点はいくつかあるが、ひとつめは透析前後のHCO3だけでなくpHにも注目し、結局死亡率に唯一有意に相関したのはHCO3ではなく透析前pHが7.40以上の群だけだったこと(生データが白丸、補正後が黒丸)。たしかにHCO3濃度が同じでもpCO2がひくくpHが高い患者さんとpCO2がたかくpHがひくい患者さんでは血管、筋、骨などへの影響がちがう気がする。
ふたつめは透析液の総アルカリ濃度がいっしょでもD-BICが多ければ透析後のHCO3濃度とpH、透析前のHCO3濃度とpHは高くなったことだ(D-BIC 35とクエン酸1mEq/lの液と、D-BIC 31で酢酸6mEq/lの液を比較した)。FDAの通達は「クエン酸も結局アルカリとして体の中でHCO3になるのだから一緒」というものだったが、透析膜内外のHCO3濃度差はいくら透析液の総アルカリ濃度が一緒でもD-BICの影響を直接うける。
このスタディは死亡率が低すぎて統計的なパワーが足りない(患者さんにとってはいいことだが)など限界もある。しかしpHの話などはアシドーシス診療を根本から変える可能性もあり、これからの同様な再試や大規模な研究を待ちたい。