2017/05/05

重曹の立ち位置

 CKDの代謝性アシドーシスの治療で目標にされてきたのは、ずっと骨と筋の維持だった。もとは透析患者さんについての推奨で、アシドーシスによる過剰H+をバッファーするために筋と骨が弱くなる(海洋がCO2により酸性化してサンゴや貝殻が溶けているのとおなじように;図はBeachapediaより)ことから「22mEq/l以上に保つ」ことを提案した2000年のKDOQIガイドラインがでた。
 


 保存期CKDのアシドーシスについては2003年KDOQIガイドラインに触れているが、このくだりは「CKDにおける骨の代謝と病気の治療ガイドライン」にふくまれている。歴史的にアシドーシスの治療で目標にされたのはずっと骨だった。ここでも「22mEq/l維持を目標に」と書かれているが、OPINION(意見)と明記されている。

 それから、アシドーシスと腎予後・生命予後についても調べられるようになった。腎間質のアンモニアと補体活性、エンドセリン、RAA系など仕組み(図、KI 2014 85 529)はほぼ事実として確立しよく知られているし、アルカリ補充の腎保護を示す研究も小規模ながら複数でた(JASN 2009 20 2075、KI 2010 77 617)。


 
 それでも、2012年のKDIGOガイドラインは「HCO3値が22mEq/l未満」のときに、禁忌でなければ重曹でHCO3値を「正常範囲に」することを「示唆」(2B)、と曖昧な書き方をしている。だから、誰がいつからどれくらい重曹をつかったらいいのかについてはyet to be determined(JASN 2015 26 515レビューの結論)、つまりまだ決まっていない。

 誰がいつからはじめるか?ガイドラインのHCO3-が22mEq/l未満より早く使ったほうがいいかもしれないという研究もある(KI 2010 78 303)。平均eGFR 75ml/min/1.73m2でHCO3値が正常の高血圧患者120人に対し、同モルの経口NaClまたはNaHCO3(またはプラセボ)を5年間投与したところ、重曹群で腎機能の悪化が緩徐になり(図)尿中エンドセリンもおさえられた。


 また、HCO3が正常であってもアンモニア排泄がおちた例、または酸摂取が過剰な例は腎機能が低下しやすいことから、これらの場合にはアシドーシスがなくても重曹が腎機能低下を遅らせるかもしれない。


 なにを目標に重曹を投与するか?ガイドラインの「正常範囲」というのは曖昧である。そこで、昨年AJKDに目安となるエキスパートオピニオンをのせたレビューが出て(AJKD 2016 67 696)、24-26mEq/lはどうかと言っている。アルカリ補充の介入研究(JASN 2009 20 2075、KI 2010 77 617)がゴールを24mEq/lにしていること、AASKとCKDの退役軍人のスタディではHCO3 28mEq/dくらいが腎予後・生命予後Uカーブの底だったが、CRICコホートでは26mEq/l以上で死亡率がたかったからだというのが根拠らしい。このレビューでは具体的な投与例まで紹介している(図)。HCO3の分子量は84だから、1300mgは15mEq、3900mgは46mEq、5850mgは69mEqだ。


 HCO3を目標にしていいのかどうかも、はっきりしない。pCO2まで考えるならpHをみたほうがいいのだろうか。NAEや尿アンモニアのほうがよい目標なのだろうか。利尿薬をつかえばアンモニア排泄が亢進してHCO3は上がるが、それでもいいのだろうか(だめということになっているはずだが、利尿薬でアシドーシスをなおしたら腎予後が改善したというデータがないだけかもしれない)。

 最近は「高齢者CKDの代謝性アシドーシスは治療されるべきか?」などという刺激的な論説(NDT 2016 31 1796)まで出た。重曹をのませるなんてawkward(え?…重曹??と抵抗がある;まあたしかにお掃除にも使うくらいだし)などと主観的なことも書いているが、高齢者でだいじなのは腎保護よりも心血管系のアウトカムと筋力や骨などのADLであり、保存期CKDで重曹がそれらを改善したというデータは乏しいというのが彼らの主張だ。それで、著者はADL改善についてしらべるBiCARBスタディを組んでいる。ほかにもNCT01452412が筋力などをアウトカムにしたスタディだ。
 
 データがないといえば、これまでの重曹介入研究はいずれも高血圧性腎症を対象にしていて、小規模だし、たとえば糖尿病性腎症は抜けている。より大規模で多様な病態を含んだスタディが待たれ、NCT01640119、EUDRACT 2012-001824-36(SoBicスタディとも)などが進行中だ。