2020/05/12

デント病アップデート

 2013年に本ブログでも取り上げた、近位尿細管のエンドサイトーシス障害を起こすX連鎖の遺伝疾患、デント病(Dent's disease)。復習すると、臨床的には以下が診断の手がかりになる(Orphanet J Rare Dis 2010 5 28)。

・低分子蛋白尿(β2ミクログロブリンなど)
・高Ca尿症(0.25mg/mgCr以上)
・以下のうち少なくとも一つ(腎石灰化・腎結石・血尿・腎機能障害)

 デント病1型の責任遺伝子は、小胞体pH低下に関わる2Cl-/H+交換輸送体のCLCN5。次に多い2型は、小胞体のソーティングなどに関わる細胞膜分解酵素のOCRL1遺伝子による(より重症のLowe病とちがい、知的障害はないことが多い)。

 デント病は稀な疾患ではあるが、細胞生理学や腎生理学のエッセンスが詰まっている。そこで、ここに改めて4点について図表を用いてアップデートする。


1. CLC5


 小胞(early endosome)内のpHは、V-ATPaseプロトンポンプが細胞質からH+を小胞内に汲み入れることで下がる。どうしてCLCN5遺伝子異常でも、pHが下がらなくなるのだろうか?

 これについて、以前は遺伝子のコードするタンパク、CLC5が単純なCl-チャネルと信じられていたため、「H+と一緒にCl-も小胞内に入れないと電気的中性が保てないから」とされていた。

 しかしその後、CLC5は2Cl-/H+交換輸送体なことがわかり、話は複雑になった。プロトンポンプがH+を汲み入れる隣で、CLC5はH+を汲み出してしまう(両者は同じ場所に局在)・・どういうことか?


Front Pharmacol 2017 8 Article# 151より


 CLC5をただのCl-チャネルに変異させると、小胞体のpHが下がりにくいことはわかっている(Science 2010 328 1398)が、詳細は不明だ(筆者は、H+が「クルクル」回るのかなあ、などと空想するが・・根拠はない)。



  
 さらに、CLC5のどこにどう異常が起きるかも一定していない。CLCN5遺伝子の変異は遺伝子全域に分布し「ホットスポット」に乏しいからだ(日本の報告はNDT 2014 29 376)。なおこのことは、後述する表現型のばらつきとも関係するのだろう。


2. 高リン尿症、高Ca尿症


 近位尿細管でエンドサイトーシスができないと、どうして高リン尿症や高Ca尿症になるのか?2013年の記事にも定説をまとめたが、あるレビュー(Front Pharmacol 2017 8 Article# 151)に下図を見つけたので紹介する。




 まず高リン尿症は、PTHの再吸収障害による。尿細管を流れてきたPTHは、尿細管内腔のPTH受容体を刺激する。その結果、リンをNa+とともに再吸収するNPT2aチャネル(こちらも参照)の発現が低下し、高リン尿症となる。

 つぎの高Ca尿症は、もう少し複雑だ。PTH受容体からのシグナルは、25(OH)VitD3から1,25(OH)2VitD3への活性化を亢進させる。いっぽう、基質となる25(OH)VitD3は、尿細管内腔からのエンドサイトーシスが低下するので、尿細管細胞内に届きにくい。

 高Ca尿症はデント病の全例に診られるわけではない(前掲のNDT論文では46%)が、それは遺伝子変異部位の多彩さに加えて、VitDの基質の量と活性化酵素のバランスにもよるのかもしれない。


3. CLCファミリー


 デント病といわれてもピンとこないのには、CLC5という存在のマイナーさもあるだろう。しかし実は、CLC5には家族がいる。それも、こんなに沢山(図はPhysiol Rev 2018 98 1493より)!




 さらに、これらのファミリーの発現と疾患との関連についてもまとめると、以下のようになる。まず上皮細胞のイオン輸送にかかわるCl-チャネル群は、こちら。


Physiol Rev 2018 98 1493を元に作成


 アルドステロンやBartterなどと聴けば、デント病も今までより身近に感じられるのではないだろうか。さらに、CLC-2には分子標的阻害薬まである。上皮調節便秘改善薬、Lubiprostoneだ(アミティーザ®、こちらも参照)。

 つぎに、小胞体やリソソームの機能に関わる2Cl-/H+交換輸送体群は、こちら。


Physiol Rev 2018 98 1493を元に作成


 こちらは細胞内にあることなどもあってか未解明な点も多い。しかし小胞内pHはさまざまな生理・病理現象に関連している(あの新型コロナウイルスも、小胞を通して細胞内に入る!)。

 未知領域への入口のようなデント病の解明がもたらす恩恵は、想像以上に大きいのかもしれない。
 

4. CLC-0


 CLCファミリー発見のきっかけとなったプロトタイプ、CLC-0。こういう場合にはよくあることだが、CLC-0は動物で見つかった。となると、動物ネタで知られる?本ブログで紹介しないわけには行かない。

 なんと、CLC-0が発見されたのは、シビレエイ(Torpedo marmorata)の電気器官(electric organ)だった!
 

出典はこちら


 電気器官の存在自体は太古から知られており、18世紀には英国で解剖的に考察されている(Philosophical Transaction 1773 63 489、こちらも参照)。上図のように、極めて太い神経束が電気器官にのび、その終末が六角柱に積み上げられた電気細胞(electrocyte)一枚一枚に張り巡らされている。


Sci Rep 2016 6 Article# 25899より


 六角柱をくわしくみると、神経終末は下図のように電気細胞の片面にのみ分布し、同側の電気細胞膜にあるアセチルコリン受容体(青丸)を刺激してNa+の流入を起こす。いっぽうのClC-0(赤丸)は細胞の裏側に分布し、電位依存にCl-を流入させる。

 




 これにより、細胞の表と裏のあいだに90mV程度の電位が発生する。さらに電位は積み重なり、全体では50Vにも100Vにもなる・・。ピカチュウもびっくりの、何ともシビれる話ではないか!

 なお、CLC-0はホモダイマーで極めて大きなCl-コンダクタンスを持ち、それをCl-イオンじたいが調節しているなど、その道の方々にはとても興味深いチャネルだ。興味がある読者は、パイオニアが回想がてら書いたレビュー(J Physiol 2015 593 4085)も参照されたい。


★ ☆ ★


 いかがであろうか?他にもLubiprostoneがその名の通りプロスタグランジンの派生物であること(プロスタグランジン系がCl-輸送に深く関わっていること)など、さまざまな学びが派生していく、デント病。本疾患とそれが関わる未知領域への注目を集めるのに、少しでも役立てば幸いである。