2020/05/29

電解質異常は好きですか? 代謝性アルカローシス+低カリウム血症

今回も電解質・酸塩基平衡異常について考えてみたいと思う。

症例:
34歳男性(マリファナ常習者)
嘔気と嘔吐で来院。嘔吐は5回/日で4日間持続。吐物に血清のものはなし。
食事はこの2日間取れてない。下痢はなく悪心を伴う腹痛のため入院。
マリファナは入院2日前に使用したのが最後で、それまでは2−3日ごとに使用していた。

身体所見
血圧:131/87mmHg、心拍数:142回/分、呼吸数:20回/分、体温:36.5℃、SpO2:97%
体重:58kg
倦怠感、質問は答えられるが無気力、軽度意識混濁、病院に居ることは言えるが、名前や曜日をいうことは困難、年は答えられる。
咽頭は問題なく、粘膜は湿潤、皮膚のツルゴールは正常、下肢浮腫を認める。

救急外来で1L補液投与

採血検査:(来院時補液投与前)
BUN 46mg/dL、血清Cr:4.3mg/dL、Na 121mmol/L、K 2.3mmol/L、 Cl <50mmol/L、CO2 43.6mmHg、血糖 88mg/dL、白血球 3400/μl、Hb 15.3g/dl、Ht 45.2%、血小板 41万/μl

採血検査:(3ヶ月前)
BUN 7mg/dL、血清Cr:0.91mg/dL、Na 137mmol/L、K 3.2mmol/L、 Cl 105mmol/L、CO2 26mmHg、血糖 81mg/dL

ここまでである異常所見としては
急性腎不全、低カリウム血症、低ナトリウム血症

心電図:

心電図は前のと比較することが最も大切であるが、この心電図では比較対象はない。所見としては、
・U波出現(T波の後に出現する陽性波で、基本的にT波を超えることはない。T波の半分を超えて高くなる場合は低K血症を考える。)
・T波の陰性化
が認められる。

低カリウム血症でみられる心電図としては、
U波(胸部誘導で見られる、血清K 3mEq/L未満ではU波の方が高くなる)、QT延長、T波の平坦化/陰転化 、ST-T低下、異所性心室興奮(VT、VF、PVC。AVブロックに関してはまれ)
がある。

その他の検査所見(補液投与後)
血液ガス(静脈):pH 7.61 HCO3 56 CO2 7.1
乳酸 >15mmol/L、血清浸透圧 263mOsm/kg、尿中浸透圧 211mOsm/kg、尿Na 37mEq/L、尿K 36mEq/L、尿Cl <20mEq/L、Uurea 150mg/dL、Ucr 71.4mg/dL
FeNa 1.8%、FeUrea 19.6%、FeK 9.4%、Urine K/Cr比 5.7mmol/mmol

*FeNa<1%は腎前性を示唆、しかし前提として乏尿を呈するAKIの場合。FeNaはGFRに反比例して基準値が増加する。なので、GFRが仮に100であれば、純粋に腎前性の場合には0.1%未満が腎前性を示唆する。また、利尿剤使用下では影響を受けにくいFeUreaを用いる。FeUrea(FeUN)<35%で示唆する。
*UK/Cr <1.5mmol/mmol(13mEq/g)は正常値である。FEKの基準値は4~16%であるが、腎機能低下すると反比例にFEKの基準値は上昇する。

話が脱線したが、症例の現時点でのものを分析してみる。
・代謝性アルカローシス
・AG開大性代謝性アシドーシス(乳酸アシドーシス )
・低カリウム血症
・低ナトリウム血症
・急性腎不全

では、この患者の病態に関して少し解説:
①:嘔吐によってなぜ代謝性アルカローシス?の理由
通常は胃酸のH+を十二指腸でHCO3が産生され、中和をしている。
嘔吐では、
嘔吐によるH+喪失→緩衝作用のあるHCO3が増加し代謝性アルカローシスが生じる。

②:この症例では、なぜ低カリウム血症になったのか?
嘔吐によって失われたのか?と思うかもしれない。
下記の図を見ていただきたい。腸管液に含まれている電解質は、NaClとHClがほとんどで、Kの含有はわずか5-20mEq/L程度である。
この患者は血清Kが2.4mEq/Lなので、200~400mEqのKを失う必要があり、これには仮に消化管液のKが20mEqだとしても10~20Lも嘔吐をしないといけない。これは現実的には考えられない。

ではどこからと言うと、この症例では、カリウムは尿から失われている。尿でのカリウム喪失は遠位尿細管や集合管で行われる。その中心となるのはアルドステロンである。高アルドステロンによって、ENacやNa/K ATPaseが働き、Kの排泄が促進される。また、アルドステロンはPendrinやH/K ATPaseも活性化させる。
Roy et al, CJASN 2015.
この症例で低カリウム症例を引き起こした原因としては、下記が考えられる。
・代謝性アルカローシスで、多くの重炭酸が濾過され近位尿細管での最大再吸収量を上回るとNaHCO3として遠位尿細管にいき、Na流入量増加で尿にK排泄が増加する(フロセミドなどで低カリウムになる原理と同じ。)
・低クロール血症もvoltage gated Kチャネルによって、電位平衡を保つためにK排泄を惹起する。



③:代謝性アルカローシスと低カリウム血症の関連性は?
両者とも密接に関連している。
これは、代謝性アルカローシスの原因と維持する機構を再認識する必要がある(詳細な解説は聖書を参考にしていただきたい)。
原因としては、
・消化管からのH+喪失
・尿からのH+喪失
・細胞内へのH+移行
・アルカリの投与

維持としては、
・有効循環血液量減少
・低カリウム血症
・低クロール血症
・急性腎不全
・高アルドステロン血症
がある。

非常に関連が強いことがわかる。

④:代謝性アルカローシスの治療目標と症状
重度代謝性アルカローシスで生じうる症状の痙攣、意識混濁、心血管拍出量低下や血管狭窄などがある。これらの症状が、代謝性アルカローシスよりも低Cl血症によって惹起されていると考えている人もいる。代謝性アルカローシスに関しては、治療目標として早期にpH7.55未満、血清HCO3 40-50未満にすることを推奨している。


⑤:この症例の治療に関してはどうすればいいか?
→安易にNaCL+KCLの補液と選択してしまっていないか?

この場合に注意なのは、低ナトリウム血症の存在である。
低ナトリウム血症の補正の際にカリウム補正はナトリウム過剰補正のリスクになる。つまり、この症例でカリウムも補正しつつ、NaCLでNaの補正もすれば、ODSのリスクが増してしまう。なので、この症例ではKCLのみを治療選択して用いる必要がある。

□この症例の診断は?
カンナビノイド過多症候群(日本国内でもカンナビノイドは大麻やマリファナ、脱法ハーブとしても使用されている。)に伴うCl喪失性代謝性アルカローシス、低カリウム血症、低ナトリウム血症、急性腎不全である。

カンナビノイド過多症候群は朝方の嘔吐が7割を占める。暖かいシャワーを浴びることで90%の患者が症状改善すると言う特徴がある。

代謝性アルカローシスのこと、低カリウム血症のことナトリウム過補正のことを含め盛り沢山に学べるケースであった。