2020/05/21

SIADHの診断、6つの質問

 79歳男性、高血圧と高脂血症にサイアザイド・ACE阻害薬・スタチンを内服中。数週つづく倦怠感と左上肢・顔面の不随意運動あり、精査目的に入院。発熱なし、血圧156/76mmHg、脈拍56/min。体重74.8kg(2.2kg増)、浮腫なし。検査所見は以下のようであった。

Na 123mEq/l
Cr 0.89mg/dl
BUN 14mg/dl
血糖 103mg/dl
尿酸 3.1mg/dl
血清浸透圧 256mOsm/kgH2O
尿浸透圧 720mOsm/kgH2O 
尿Na 124mEq/l

Q:診断は?


 本例はマサチューセッツ総合病院のケースカンファ症例(NEJM 2020 382 1943、バイタル・身体所見は入院前のもの)だが、腎臓内科医なら「SIADHっぽい、不随意運動もあるから脳疾患か?」と診断すること自体は難しくないだろう。

 しかしこのカンファで学ぶべきは、症例提示の後に登壇したシンシア・クーパー先生の明快で美しい診断過程にある。腎臓内科医として、思考過程を(研修医や他科の先生方に)分かりやすく伝えていますか?と問われているかのようだ。

 それもそのはず、クーパー先生は腎臓内科医だが、マサチューセッツ総合病院の総合内科でinpatient clinician educatorとして研修医を教え、ハーバード大学医学部の臨床教育も司る、教育のプロだ(賞も多数受賞している、こちらも参照)。

 そんな先生は、どんな低ナトリウム血症であっても、原因を調べ鑑別を絞るときには、系統的にいくつかの質問に答えていくことにしているという。まずそれらを紹介すると:


1. 高血糖はあるか? 尿素と違ってグルコースには張力(tonicity)があるので、著明な高血糖があれば細胞内液から水を引き込み低ナトリウム血症になる。本例は血糖は100台mg/dlであり、除外できる。

2. 血清浸透圧はどうか? グルコースだけでなく、マニトールやIVIGも張力があるので、細胞内液から水を引き込む。こうした物質があれば血清浸透圧は高くなるが、本例は256mOsm/kgH2Oと低く、除外できる。

3. 腎に異常はあるか? 上記を除外した低浸透圧性低ナトリウム血症では、細胞内外を問わず水・ナトリウムのバランスが崩れている。腎臓は水分摂取量に応じて尿を希釈(濃縮)するが、それには十分な糸球体ろ過量と希釈(濃縮)能が必要だ。

 本例は腎機能正常で、サイアザイド中止後もナトリウム値は不変なことから、除外できる。

4. ADHはでているか? 尿浸透圧が血清浸透圧より高いので、ADHがでている。ADHは通常血清浸透圧が高くないと出ない(センサーがある)が、本例のように血清浸透圧が低くても出ているのは異常だ。その原因としてまず、体液減少(volume depletion)がないか確認しなければならない。

5. 体液量はどうか? 本例では、バイタル・体重・身体所見に明らかな体液減少はみられない。微妙な体液減少と適切体液量(euvolemia)を見分けるのは難しいが、もし体液減少があればRAA系が亢進して尿Naは低くなり(本例は100mEq/l以上)、尿酸値も高くなるはずだ(本例は4mg/dl未満)。また、入院後の輸液でもナトリウム値は上がらなかった。

6. 副腎不全・甲状腺機能低下症はないか? 血清浸透圧が低く体液減少がないにもかかわらずADHが出ているのだから、不適切ADH分泌症候群(SIADH)に矛盾しない。ただし、ここに挙げた2疾患は同様の所見を呈することがある。本例でも検索され、除外された。


 このあと先生はSIADHの原因を①悪性疾患、②肺疾患、③脳疾患、④薬剤、⑤その他(痛み・嘔吐・激しい運動など)に大別した。本症例では③が疑われたが、脳MRI所見は非特異的で、不随意運動はナトリウム値でも説明がつかなかった。

 そこで、"face"、"arm"、"dystonic"、"hyponatremia"の4語でPubMed検索し、こちらの診断に至ったことは、すでによく知られている通りだ(日本腎臓学会のメーリングリストでも、先週紹介された)。




 
 いかがであろうか?よく目にするアルゴリズムを正統的に解説してくれる安心感、そしてPubMed検索というクライマックスで迎える衝撃の結末。筆者のように「キラキラ星変奏曲がじつはどれだけ凄い曲か」をプロのピアニストに解説されたかのような感銘を受けたかはともかく、こう思った方は多いだろう。


 クリニシャン・エデュケーターって、かっこいい!



Lang Langさんによる解説
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