トルエンといえば揮発した蒸気に曝露されて、脂溶性のため脳血管バリアを越えて中枢神経系に達し、さまざまな神経伝達物質受容体に作用して精神神経症状がでる(J Drug Alcohol Res 2014 3 235840)。それから心毒性、それから胎盤を通過して胎児にfetal solvent syndrome(fetal alcohol spectrum disorderのような)を起こすことも知られている。
しかしそれだけではなく、トルエンといえば遠位尿細管アシドーシスと低カリウム血症を起こす。ここで注意すべきは、トルエンは馬尿酸(hippuric acid←hippoって馬じゃなくてカバだと思うけど…ギリシャ語で「馬」らしい;ラテン語はequus)になって、酸を放出すると共に馬尿酸イオン(hippurate)がunmeasured anionになって残るのでAG開大アシドーシスをきたすことと、尿中に大量のunmeasured anionがあるため尿AG(UAG)が当てにならないことだ。
尿AGは[尿Na+] + [尿K+] + [尿unmeasured cation] = [尿Cl-] + [尿unmeasured anion]をひっくり返して[尿Na+] + [尿K+] - [尿Cl-] = [unmeasured anion] - [unmeasured cation]にしたものだから、RTAの場合unmeasured cationであるNH4+が減って尿AGはプラスになる。しかし、トルエン中毒ではunmeasured anionであるhippurateが多いので尿AGが当てにならないこともある。
だから尿浸透圧ギャップを測定する。尿浸透圧ギャップは、実測尿浸透圧から計算浸透圧を引いたもので、計算浸透圧は2 x ([尿Na+] + [尿K+]) + [尿UN] / 2.8 + [尿糖] / 18だ(尿糖はなければ無視してよいが)。しかしちょっと考えれば、こうして得られたギャップはNH4+の浸透圧とそれが引き連れる陰イオン(例えばhippurate)どちらも測っていることが分かる。だからギャップの半分がNH4+だと考えることが出来る(CJASN 2014 9 1132)。
なお、トルエン曝露時の救急対応についてはCDCのATSDR(Agency for toxic substance and disease registry)が詳細なウェブサイトを公開しているので参照されたい。