2015/05/12

エビデンスと慣習

 総合診療科に在籍していると、非腎臓科医からの視点で質問を受けるので楽しい。先日は「内シャントの成長に手でゴムボールを握る運動は有効だというエビデンスはあるんですか?」と質問された。それは研修医の宿題になっていたのだが、研修医の先生から「先生、探したけど見つかりません」と相談された(これは正しい、わからないときは人に聞くのが一番だと以前に書いた)。
 こういう時が、上級医・専門医の腕の見せ所だ。それでGoogle Scholarに「AV fistula maturation hand exercise evidence」と入力していろいろ調べた。まずKIのレビュー(KI 2002 62 1109)がヒットして、こんな風に書いてある;
Patients are frequently encouraged to perform regular hand exercise to promote maturation of a new fistula. There is no published research confirming the efficacy of this maneuver. The only study addressing this question failed to demonstrate a significant increase in A-V fistula flow during hand exercise in 40 patients with renal failure.
 この参考文献(Angiology 1984 35 641)によれば運動をすると橈骨動脈の流量は上がるがシャントの流量に変化はなかったという。この論文は、患者さんがゴムボールに取り憑かれてしまうからやめたほうがよいと締めくくっている;
Therefore, we conclude that there is no benefit in advising uraemic patients to squeeze a rubber ball which, otherwise, supposes an unnecessary preoccupation for these patients.
 しかしやったほうがよいというスタディもいくつか出てきた。但し、いずれもシャントの流量ではなく静脈径の拡大をアウトカムにしている。一つ目(Am J Med Sci 2003 325 115)は「静脈のサイズが拡大したということは、おそらく血流量も増えており、内シャントの成長を早めるかもしれない」と控えめな結論、二つ目(ASAIO J 2003 49 554)は「運動すると静脈が開くので運動は引き続き推奨されるべきである」と強気の結論だ。
 それを受けてか、JASNのレビュー(JASN 2003 14 1669)は以下のようにやわらかにコメントしている;
Similarly, the widely recommended practice of hand exercises, such as squeezing a rubber ball at frequent intervals, confers no documented benefit. It will increase venous blood flow, however, and thus appears to be at least sound on physiologic grounds.
 運動でシャントの血流量が増えると断言しているが、根拠の参考文献はついていなかった。Google Scholarに「AV fistula blood flow hand exercise」と入れても見つからなかったし、教科書(Comprehensive Clinical Nephrology、Rector)にも載っていなかった。Handbook of dialysisには載ってるかもしれない。私はこの4版を買って失くしてそのままにしていたが、昨年12月に5版がでたので丁度良いから注文した。犬も当たれば棒に当たる。