ワクチンは希望を感じさせる。打てば病気に罹らないなんて、そんなによい話はない。Jonas Salk先生がピッツバーグ大学時代(おお…なつかしのピッツバーグ…)にポリオワクチンの開発に成功して、大統領まで罹ったポリオはほぼ撲滅された。そして彼はこのワクチンに特許を取らなかった(特許をなぜ取らないのかと聞かれて"There is no patent. Could you patent the sun?"と答えた)のは余りにも有名だ。そして21世紀には高血圧や高脂血症など感染症以外の疾患に対する疾患のJonas Salkが生まれるかもしれない。まず高血圧の論文にであった(doi: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.114.04534)。
ワクチン技術も現在は進化して、第三世代のDNAワクチンというのがあるそうだ。標的タンパクのDNAをプラスミドに組み込んで細胞にtransfectさせ増殖させ精製したもので、WNVワクチンなどに応用されているそうだが、DNAワクチンを打つとプラスミドが宿主細胞に取り込まれ、細胞内のmachinaryを用いて標的タンパクが転写→翻訳される。タンパクワクチンは分解されるのに対し、DNAワクチンは細胞内に取り込まれるので効果が持続すると考えられている。
このグループは、高血圧をワクチンで治せれば降圧薬を飲まなくても良くなるし、発展途上国など医療にかけるお金のない国にとっても救いになると考えた。こういう視野で研究する人たちもいるんだなあと、その思いつきに感心する。そして、試行錯誤のバイオエンジニアリングの末にアンジオテンシンII(humanかratかmouseかは分からないが;そもそもこれらの種間でアミノ酸配列は違うのかな)とB型肝炎抗原の融合タンパクをコードするDNAワクチンを精製した。
B型肝炎抗原が強い免疫反応を惹起するため、このワクチンを打たれた高血圧ラット(しかも注射針を使わないneedless jet injectorという技術でプシュっとするだけなので痛くないそうだ。ワクチン業界では常識なのかもしれないが、こんな些細な技術にもちょっと感心する)のなかではアンジオテンシンIIとB型肝炎抗原の融合タンパクに対する抗体が作られ、その間(6ヶ月;ラットの寿命は2-3年だそうだ)は降圧と血管ダメージの緩和がみられた。
ただRAA系は神が与えた体液保存の最重要軸なので、それを不可逆的にブロックしてしまうのは心配だ(pseudohypoaldosteronism type 1みたいになってしまうかもしれない)。血圧が下がりすぎたら塩を飲んだり昇圧剤を使ったりするのだろうか…等、よくよく考えると実臨床で高血圧をワクチンで治療するというのは想像ができない。敢えて言うなら利尿剤を含む三種類の降圧剤をmax doseで使ってもコントロールできないような難治高血圧に使えるのだろうか…でもそのなかにRAA系ブロッカーがすでに入っていたらワクチンは追加の効果はないかもしれないし、そういうケースにしか使えないのでは「お金のない人が薬を飲まなくても良くなるかもしれない」という希望から遠ざかってしまう…。でもnever say never、未来は明るく誰にも開かれている。これからの進展を注視したい。
というのも、高脂血症のほうはすでに実用化に向けた治験ODYSSEY LONG TERM studyが行われているからだ(NEJM 2015 372 1489;筆頭著者はなつかしのアイオワ大学…)←なんて偉そうに書いているが米国のお友達が送ってくれて今日知った;やっぱり研究をされた先生は何でもよく知っていて論文も批判的に読んで凄いなあと感心する、持つべきものは優秀なお友達だ。さて、ここで試されているalirocumabはワクチンではなくproporotein convertase subtilisin-kexin type 9(PCSK9)に対するモノクローナル抗体で、PCSK9をブロックするとLDL受容体の破壊が防がれ細胞表面にLDL受容体が溢れLDLが血中から細胞に入るのでLDL値が下がるらしい。
で、その効果をlarge RCTで見たところ、まあNEJMに載るくらいだから結果は明らかでコレステロールが下がり心血管系イベントが減った。なわけだが、モノクローナル抗体なので打ちまくらなければならない(薬屋は大喜びだが)ことと、LDLは「いいのか?」と言うくらい激下がりすることと、神経認知機能障害とか眼障害とか気味の悪い副作用が有意に多いことなど注意も必要だ。ただ家族性高脂血症が被験者の2割程度おり、こういう人たちはしっかり下げてあげないと心血管系イベントは必発だし、スタチンも肝障害とか筋障害とかいろいろ使いにくい薬ではあるので、そういう人たちには適応があるのかもしれない。
ワクチンだのモノクローナル抗体だの、主にリウマチ内科や感染症科や腫瘍内科領域のお話かと思っていた(もちろんそこと腎臓内科はoverlapしているけど)が、高血圧だの高脂血症だのにまで応用されているなんて、本当にすごい時代が来たなと思う。医学は日進月歩だからそれについていかなければならないが、正直ついていけるか不安になる。まあたぶん独りでは無理で、幅広く仲間を頼っていくことが一層重要になるのだろう。腎臓内科というcerebralな科(手技は余りしない代わりに、膨大な知識と臨床的な慧眼と卓越したデータ解析能力によって問題解決を図る科)を選んだから、この道を自信を持って一歩一歩歩いていこう。