2015/05/25

Psychonephrology 1

 渡米前の短い腎臓内科経験で得た教訓のひとつは、治せない慢性疾患の多い腎臓内科においては患者さんの心理精神面のケアが大事だということだ、と2007年に書いてからはや8年が過ぎた。その間、末期腎不全患者さんのうつ病スクリーニングを一回でもしたかと言われると、してこなかった。幸い私が担当した患者さんが自殺することはなかったが、運が良かっただけである。
 末期腎不全患者さんは多彩な心理精神的なストレッサーにさらされる。疾患そのもの、治療によるもの、機能の低下、性機能不全、食事制限、死の恐怖、結婚問題、家族や医療者とのしがらみ、治療費の心配、雇用の不安など、あげれば切りがない。今日届いたHandbook of Dialysis 5th edition(2014年刊)によれば末期腎不全の入院患者の約10%に基礎精神疾患があるといわれているが、実際はもっと多いだろう。
 まず話をうつ病から始めるが、うつ病が有病率が高いのにその一部しか治療を受けていない、そしてうつ病で自殺する患者さんの多くがその前1ヶ月以内に医療機関を受診している、というのはgeneral populationでも同じである(Ann Intern Med 2010 152 ITC5-1)。うつ病について尋ねることを「パンドラの箱を開ける」ように感じる医療者がまだ多い。
 末期腎不全患者さんがうつ病になると透析に来なくなったり薬を飲まなくなったり自殺リスクが上がったりする。免疫能が低下したり、食事を取らなくなり栄養状態が悪化したりもする。末期腎不全患者さんにおける自殺率はgeneral populationより当然高い。リスク因子は精神疾患の既往、75歳以上、男性、白人、アジア系、アルコール・薬物依存などだ。
 そもそも末期腎不全患者さんは、透析をやめたら一週間程度で死んでしまう(以前どこかで、数日から数週間まで幅があるがmeanは8日と読んだが、その文献を忘れてしまった…米国腎臓財団、米国大手透析クリニックDaVitaなどが患者さん向けにだしている「透析をやめることについて」という良心的なパンフレットには1-2週間とかいてある;ICUでRRTのみが生命維持治療の場合は止めると数日で死んでしまうとは、NEJM 2014 370 2506で読んだが)。
 透析を自分の意志でやめたいならそれの意思は尊重されるべきだが、うつ病でやめたい人がやめたらそれはpreventable deathだ。スクリーニングしなければならない。しかし、血液透析なら週3回(米国は週1回)、腹膜透析なら月1回も濃密にフォローしているものの、透析室にはプライバシーがないことなどもあり話しにくい。
 Handbook of DialysisはBeck Depression Inventoryというツールで14点以上をカットオフにすべきと言っているが、これは21個もの質問からなる…透析回診でできることじゃない。臨床心理士さんに何ヶ月かに1回、介入してもらうのが現実的だろう。その場合、透析につながれた状態ではなく(それだけでもdepressingだから)、できれば非透析日に個室でするのがいいと思う。
 さて末期腎不全患者さんのうつをどう治療するか。TCAは不整脈死と過量服薬死のリスクがあるのでできれば避けたい。SSRIは肝代謝だが蛋白結合率が高く、通常量の2/3で開始することが一般に推奨されている。4-6週間たって効果がなければ他の薬に変えるのがよいとある。SNRI(venlafaxineなど)、DNRI(bupropione)は腎排泄なので蓄積しないよう注意が必要だ。Bupropioneは代謝産物の蓄積でけいれんを起こすことがある。
 精神療法(認知行動療法、対面の対話、傾聴、グループの治療など)も効果があるとされる。透析患者であるということからくる感情や、その他の不快な感情をシャットアウトするためにdenialになる患者さんも少なくなく、それが透析拒否などにつながっていることもある。Denialに対して精神療法がきくこともあるし、きかないこともある。ストレスマネジメント療法、サポート療法+薬物療法、グループ治療などさまざまに試され一定の効果を挙げている。ECTは最後の手段だ。