一方、「Kt/V」といえば透析における小分子除去の指標であるが、こちらはとっつきにくい読者もおられるのではないだろうか。そこで今回、腹膜透析のKt/Vについて、式の説明と意義をまとめる。
1. 式の説明
まず「Kt/V」とは、「K×t÷V」のことである(tは、Kの添え字などではない)。Kはクリアランス、PDではtはタイム(時間)、Vはボリューム(分布容積)。そしてPDでは尿素の1週間あたりのKt/Vを測り(Weekly Kt/V urea)、尿素は体内の水分すべてに分布するので、式は:
尿素クリアランス(L/日)×7(日)÷体内水分量(L)
となる。体内水分量は「体重×0.58」が簡便であるが、肥満例などでは複雑なWatsonの式なども用いられる。そして、ここがポイントなのだが、尿素クリアランスは残腎機能によるものとPDによるものを足し合わせる。
前者は、蓄尿して「1日の尿中尿素排泄量(U×V)÷血中尿素濃度(P)」を測る(クレアチニンクリアランスよりは低く見積もられる、こちらも参照)。そして後者は、PD排液を溜めて「1日の総PD排液中の尿素量(PD液中尿素濃度×1日PD排液量)÷血中尿素濃度(P)」を測る。
式の要素はわかったとして、実際の演算はどうだろうか。こちらの例をみてみよう。
体内水分量 40L(体重70kg)
BUN 50mg/dl
尿UN 150mg/dl
尿量 1L/日
PD排液尿素濃度 40mg/dl
PD排液量 9L/日
では、どうだろうか。冒頭のピケティの式ほどではないが、わりと単純な演算ではないだろうか(Steven Guest著"Handbook of Peritoneal Dialysis"に拠る)。
注1:濃度どうしを先に割って、単位を相殺しています 注2:体表面積で補正していません |
2. 意義
Kt/Vはどれくらいがよいかについては、紆余曲折を経て以下が言われている。
①低すぎてはいけない
②PDによるKt/Vは、高いほどよいわけではない(1.7以上にしても生命予後はかわらない)
③残腎機能のKt/Vは、高いほうがよい
まず、1996年のCANUSAスタディ(JASN 1996 7 198)により「総Kt/Vが0.1上がるごと総死亡の相対リスクが5%下がる」ことが示された。しかし、2001年に同スタディを再検証(JASN 2001 12 2158)したところ、相関は残腎機能のGFRにのみ見られ、PDによるクリアランスには見られなかった。
さらに2002年にはADEMEXスタディ(JASN 2002 13 1307)により、PD液の量と交換回数を増やしてKt/Vを約1.6から2.1にしても、死亡リスクに有意差はみられなかった。また2003年には香港のスタディ(KI 2003 64 649)がでて、PD処方によりKt/Vを1.5-1.7、1.7-2.0、2.0以上にしても死亡リスクに有意差は見られなかった。
これらを受けて、Kt/Vのマジックナンバーは「1.7」である。しかしその位置づけは下がり、現在国際PD学会の推奨は以下のようになっている(doi:10.1177/0896860819895364、ただしエビデンスレベルは2Cないし2D)。
- Weekly Kt/V(やweekly CCr)を目標以上に保つ必要性やメリットについて、質の高いエビデンスはない。
- Weekly Kt/Vを1.7以上に増やすことで尿毒症症状が改善することはあるだろうが、QOLやPD予後(technique survival)、生命予後についてはエビデンスレベルは低い。
- Weekly Kt/Vを1.7以上にしても症状が改善しないなら、他の原因を考慮すべきだ。
日本も、そうでないという日本発の高いエビデンスがあるわけではないので、これをほぼ踏襲している(日本透析学会編『腹膜透析ガイドライン2019』):
PDの透析量は、総weekly Kt/Vを1.7以上が現実的な値として推奨されているが、この値だけを変化させても、生命予後は変わらない。
こうしてみると、血液透析も腹膜透析も「透析の限界」にぶつかっている感は否めない。患者さんの残腎機能を守りながらQOLと生存改善に努めるのはもちろんだが、より腎臓に近い腎代替療法の進歩が待たれる。そしてそれは、再生腎だけとは限らないだろう。