2011/08/07

ある夜の出来事1/3

 移植月間の二日目、まだ慣れず夜になっても大量の仕事とカルテに追いまくられていると、ピーピーポケベルが鳴る。そういえば今夜は当直だった。だから移植患者だけでなく、腎臓内科すべてのコンサルトを受ける。ポケベルをみると、丁寧にtext page(メッセージ)で「MICUからコンサルトです、劇的な急性膵炎からアシドーシスになって、pHは6.9、Kは6.7です」と書いてある。

 どうして欲しいのかなあ、と思った。山田ズーニー著『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(2003年)にある、お母さんから保育園への「今日の太郎君は、病院にいくほどではないのですが、少し熱があります」というメッセージと同じだ。透析をお願いしているの?していないの?ただ診てほしいの?何なの?でももちろん私はそんなことは言わない。電話で朗らかに「オッケー☆、じゃあ診察するね☆、see you soon☆」と言い残しMICUへ。これでMICUでの人気もばっちりだ。

 さて、pHとKと無尿、緊急透析の適応はある。でもそれが何か意味のある利益を患者さんにもたらすだろうか…。診察して、私の見立てでは答えは否だった。乳酸も7-8mg/dlと高い。MICUの考えは?と聞くとMICUアテンディングは「私は夜間のカバーだから患者さんのこと良く知らないし」とか言う…。はっきり回復の見込みがないことを伝え治療方針を転換させる気はないようだ。

 まあこういうことは初めてではない。どれだけ見込みがなくても、挿管して昇圧剤を使ってmaximal level of careを提供して、家族が一縷の望みで必死な間には、治療のfutilityを知りつつ「一か八かやってみましょう」ということになる。私はコンサルタントだし、MICUの方針に沿う診療をすることが求められる。また家族が状況を受け入れるのに時間が掛かるのは当然だし、後で「あれをしておけば良かった」と後悔するほど悪いことはない。それで持続透析をすることにした。続く。