免疫抑制について話そう。免疫は奥が深すぎて学べば学ぶほど魅せられる分野であるが、ここでは実践的な(仕事で学んだ)ことを紹介したい。免疫細胞をまず根絶やしに(完全ではないけどかなり)するわけで、原理としては化学療法と同じだ。術直前、術後、そして暫くしてからの三つの段階がある。
術直前が最もharshで、うちの病院ではATG(抗胸腺細胞抗体)またはbaciliximab、MMF(mycofenolate mofetil)、そしてmethylprednisoloneを使う。たいていATGだが、近親living donorのように免疫反応が寛恕な場合にはbaciliximabが用いられる。baciliximabは抗CD25(IL-2受容体のα鎖)モノクローナル抗体で、これはCD3、CD28(co-stimulation)とはまた別のT細胞増殖シグナルを抑制する。
MMFは血中レベルのモニターも要らないし、たいていの患者さんは1000mg BID(2x/d)で退院してもそのまま変わることはあまりない便利な薬だ。身体が小さい人には少なくする。Purine synthesisの抑制に関わるのでazithiopurineなどと同様に血球減少や胃腸障害が起きることがある。
CNI(calcineurin inhibitor)はたいていtacrolimus(日本の土から生まれた我らが誇る免疫抑制剤だ)を用いる。afferent arteriolar constrictionが起こることがあり、使用後は腎機能に注意する必要がある。この薬の代謝速度は人種により異なり、黒人が最も早く、アジア人は中間、白人は遅い。高用量では(血中濃度に関わらず)手の震えがでることがある。
ATGは術前術後あわせて計5mg/kg投与するが、CD3(TCR)をターゲットにするだけあって一撃で血中からリンパ球を一掃するので、リンパ球数が上がって来るまで二度目は打てない。投与速度をゆっくりにしないと、壊れた細胞からサイトカインが一気にでてSIRSを起こす。ヒトの胸腺細胞に対するウサギの抗体なので血清病が起こってもおかしくないのだが、まだ見ていない。他の免疫抑制剤によって抑制されているのだろうか。
高齢者ではしばしばステロイドの副作用が免疫抑制の利益を上回るので、steroid-sparing protocolをもちいる。ただしそれに当たってはPRA(panel reactive antibody)が低いことを確認することだ。PRAは、「100人の細胞に患者さんの血清を振りかけたら何人が反応を起こすか」という古くからある試験で、これが低ければallo-immunization(他者への免疫反応)は寛容と言える。
逆に若い患者さんでは、CNI-sparing protocolといってtacrolimusの代わりにsirolimus(mTOR inhibitor)を用いる。CNIは素晴らしい薬だが、10年、20年…、と長期にわたり使用すると不可逆な腎機能障害を起こすからだ。ただしsirolimusはwound healingを遅らせるので、CNIからsirolimusへの変更は術後三か月まで待ってからにする。