2011/07/26

APOL1

 今日はAPOL1遺伝子のことを学んだ。この遺伝子はAfrican Americanの腎疾患発症に重要で、G1(S342GとI384Mの置換)とG2(del388N389Yの欠失)という二つの変異両方がある人はFSGSを発症するOdds Ratio(OR)が10倍、高血圧による腎疾患を起こすORが3倍という。さらに今日のjournal clubで取り上げられていた論文は、これらの変異がある移植腎はない移植腎に比べて生着予後が悪いというものだった。

 APOL1遺伝子が腎臓で何をしているかは、まだ誰も知らない。この変異は黒人にしか見られない(アジア人やヨーロッパ人には見られない)が、この変異があるとアフリカにいるTripanosoma bruceiという寄生虫のsub-species(T. brucei rhodensienseT. brucei gambiense)に耐性ができると考えられている。それはこの遺伝子産物の末端にpore forming activityがあるためだとされている。

 そもそもAPOL1が腎疾患に関連していると判ったのはつい昨年のことだ。それまでは、APOL1遺伝子座の近くにあるMYH(myosin heavy chain)が悪いと言われていたし、実際私が行った2010年のNKF meetingでもそのように説明されていたほどだ。イオンチャネルの専門の先生は、「この遺伝子産物がpore forming proteinというのは興味深い事実だ(何かのチャネルかもしれない、という意味)」と言っていた。


[2019年9月29日追記]じつは、以前から変異型APOL1はトリパノソーマ原虫のミトコンドリアやリソソームに孔をあけ、細胞を破裂させたりアポトーシス様の変化を起こしたりすることがわかっていた(図はJASN 2017 28 1008)。

 


 そして今回、変異型APOL1を強制発現させたヒト尿細管細胞で、変異型APOL1は細胞質からミトコンドリアの内膜まで取り込まれ、そこで異常に重合していることがわかり、JASN電子版に載った(doi:10.1681/ASN.2019020114)。

 しかし、結果はそれだけではない。

 さらに異常APOL1は、ミトコンドリア内でmPTP(mitochondrial permeability transition pore)という複合体に取り込まれ、この「死の孔」を開くことがわかったのだ(図は前掲JASN電子版記事より)。


(RVはリスク・バリアントの略)


 mPTPが開くと、ミトコンドリアから細胞質へカルシウムイオンが流出し、さまざまな細胞死スイッチがオンになるのだという。つまり、上述のイオンチャンネル専門家の先生(筆者が人間としても師と仰ぐ、故・John B. Stokes先生)の予言は、当たっていたわけだ。

 今回の論文は、「なぜ腎臓だけミトコンドリアが破裂するの?」、「じっさいのAPOL1変異患者さんでも、本当に同じことが起きているの?」といった質問には答えない。しかし、mPTPにたどり着いたことは、病態理解と治療の可能性につながる重要な成果だ。

 というのも、、mPTPは(興味深いことに!)アルツハイマー病やパーキンソン氏病などの神経変性疾患でも、ニューロン死の責任分子とされているのだ。mPTPを開くサイクロフィリンDという分子が治療標的として研究されてもいる(CNS Neurol Disord Drug Targets 2015 14 654)。

 それでか、著者もまた「足細胞もニューロンのように高度に分化しているので、異常に重合した高分子には弱いのかもしれない」などと自由に推論している(彼らが用いたのは尿細管細胞だが)。これまた、分化→統合→融合の一例であり、近い将来届くであろう吉報が楽しみだ。