私が症例について話す全てのことは、①病態生理的にかなっており、②エビデンスに裏打ちされているように努めている。最近は、③経験に裏打ちされている、も加えたいと思っているのと、①から③の全てが揃っても、患者さんに検査や治療を提案するにはもう一つ、④信じること、が必要なのかなと思う。
anti-phospholipid syndrome(APS)の患者さんが重度の深部静脈塞栓症で入院し、さらに腎不全になった。Up/Ucr 1.6のタンパク尿もある。SLEではなく(抗核抗体の他に症状も所見もない)、腎動静脈に血栓はない。Thrombotic microangiopathyは否定できないが、血液検査上は溶血の所見がない。
UpToDateを調べると、primary antiphospholipid syndromeは様々な糸球体腎炎をきたすことが分かっている。だがこの人はAPSの他にもpro-thromboticな病気を抱えているうえ、heparinでは物足りないとdirect thrombin inhibitorのargatrobanが持続静注されているので腎生検というoptionはない(出血と塞栓症のリスクが高すぎる)。
日一日と腎機能は悪くなる。透析導入は時間の問題だ。病勢を変えることはできないものか。論文を調べて、血漿交換が有効かもしれないというのがでてきた(QJM 1988 68 795)。生理学的にはanti-phospholipid antibodiesを除くわけだから話は通っている。この論文、SLEではないprimary APSによる腎不全が対象なところは患者さんと共通だ。
ただし全例が20-30代と若く、かつ分娩後の腎不全、そして腎生検でthrombotic microangiopathyが確認されている点は患者さんと関係ない。多くの例で血漿交換後に速やかに腎機能が回復しているのはencouragingだが、実際血漿交換をするには透析カテーテルを挿入せねばならず、抗凝固剤argatrobanを切ったり、絶対にミスできなかったりとリスクが高い。
それでスタッフはanti-phospholipid syndromeの経験が豊富な別のスタッフに相談した。すると彼はcatastrophic anti-phospholipid syndrome(三つ以上の臓器が冒されている状態)でないと適応にならないだろうと言う。エビデンスはない、あくまで彼の経験だ。それでさしあたっては血漿交換を控えていたが、そうこうしているうちに別の2臓器が血栓・虚血によって冒されてしまった。
それで血漿交換を始めることになった。上手くいけばいいと思う。①生理学的にかなっており、②エビデンスは乏しいが一応encouragingな論文があり、③経験に裏打ちされ、④信じている。これが私たちにできるベストだ。専門家になるとこういう難局に追いつめられるから、①から④の基本原理を持つのが大事になるだろう。
たとえば、この患者さんは血漿交換の前にIVIGを投与された。これは私からすると①生理学的な正当性に乏しく、②エビデンスはなく、③経験もなく、④信じていたかは知らないが「他に手がないからする」という感じがした。これにより患者さんは低ナトリウム血症(IVIGはほぼelectrolyte-freeなので)、TRALI(IVIGでも報告されている)、塞栓症(副作用の一つだ)すべてを合併することになった。