2012/06/29

Prophylactic dialysis before cardiac surgery


 以前からちょこちょこ話題になっている、心臓手術前の透析についてレジデントがまとめて発表した。まず問題の重大さについてだが、データの質にはばらつきがあるが術後のAKIと術前のGFRが死亡率のリスク因子であることは確かだ(Am J Nephrology 2010 31 408)。その原因の一つは、人工心肺による腎の灌流障害とされている(Perfusion 2006 21 209)。腎臓は脈打つ血流が好きで、laminar flowは嫌いなのだ。
 それなら術前に透析してクレアチニンを下げたって術中術後の腎障害は防げないのでは(off pump CABGにすれば?)?と思える。しかしOff-pump手術とon-pump手術の成績を比べた大規模randomizedスタディがついこないだNEJMに載ったが(NEJM 2012 366 1489)、術後30日で透析を要する新しい腎不全を発症する率は両者で差がなかった(1.2%、1.1%)。
 それは30日を待たずにより多くの患者さんがon-pump群で亡くなったから?とも考えられるが、死亡率にも両者で差がなかった(2.5%、2.5%)。クレアチニンが0.3mg/dl以上あがる急性腎不全(AKIN stage 1以上)の率は、off-pump群のほうが少なかった(28%、32%、HR 0.87)も関わらず、死亡率は変わらなかったのだ。
 なので、透析をする→急性腎不全を予防する→術後死亡率を下げる、という方程式の中にある二つの矢印は、どちらも定かではない。しかし、慢性腎不全に透析する→術後死亡率が下がる、と信じている心臓外科医はいる。上述のデータでは、術前に透析を要する腎不全のある人の(死亡、脳梗塞、心筋梗塞、腎不全のco-primary outcomeに対する)HRは0.38だが、患者数が少ないので95%CIは0.11-1.36と、統計的に有意な差は示せなかった。
 他にも質は低いがsingle center studyのデータはある。国外では、トルコが三本似たような論文をだした。文章も方法もほとんど同じな位かぶっているので一つ紹介するが(Ann Thorac Surg 2003 75 859)、これはrandomized prospective studyで、治療群21例は術前72時間以内に2回の透析を行い、術後もクレアチニンが10%あがれば透析した。
 コントロール群23例は術前に透析せず、術後はクレアチニンが50%上がらないと透析しなかった(そもそも我々はクレアチニンに基づいて透析はしないわけだが…)。年齢、既往、手術の種類や時間はどれもマッチしたと彼らは主張し、結果は治療群で急性腎不全(乏尿またはクレアチニンがbaselineから50%以上あがる)が有意に低く(4%、34%、p=0.02)、入院死亡率が有意に低かった(4%、30%、p=0.04)。
 しかしちょっと待ってほしい。術前に透析すればクレアチニンが下がるのは当たり前で、術後に腎不全があってもクレアチニンは低いままかもしれない。死亡率についても、如何せん患者数が少ないので説得力には乏しい。
 米国ではWest Virginia大学の心臓外科医グループが術前透析をしていて、彼らのretrospective case-control studyが紹介された(Ann Thorac Surg 2009 87 1085)。GFRが30以下の患者さんで彼らが必要と判断した場合には1-2回の術前透析をおこなっているらしい。また、術前の透析有無にかかわらず、一部の患者さんには術中UFを行っている。
 結果は、入院死亡率に有意な差はなかったが(10%、25%、p=0.29)、脳梗塞と主要な合併症(死亡、脳梗塞、多臓器不全、敗血症、心筋梗塞、重症術創感染のどれか)の率は有意に低かった(p=0.004、p=0.013)。スタディの質の低さはさておき、脳梗塞とその他合併症が低かったのはなぜか?volumeなのか、clearanceなのか?それは誰も知らない。
 「透析はミラクルで、良く分からないけれど術前にすると患者さんが助かる」というのは結構だ。「透析をして害になる」というのでなければ、無下に断る理由もない(無駄な治療かもしれないし、透析カテーテルに関する合併症などはあるけど)。それでうちの施設でもたまに、心臓外科医から求めがあれば透析する。ごくたまになので何とも言えないが、あまり効いてる感じはしない。
 そもそも、前の段落で書いたように、何を目標に透析しているのかわからない。volume statusを正したいのか?クレアチニンを下げたいのか?アシドーシスを直したいのか?もっとデータがあれば良いが。なければECMOのように、治療の有効性を検証せぬまま使いたい人が使うようになってしまうだろう。