2018/10/03

あるICUの症例から

 昨日からICUに入室している66歳男性。人工呼吸管理をうけ、P/F比220。昇圧薬を使用中で、SOFAスコアは10点。今朝の血液ガスは下記であった。

pH 7.15
pCO2 38Torr
HCO3 13mEq/l
Lactate 6mmol/l




Q:どうしますか?

(なお、慢性腎臓病、DKA、消化管からのHCO3喪失はないものとします)
 
1.人工呼吸器の分時換気量を増やす
2.1.26%(150mEq/l)のNaHCO3輸液
3.8.4%(1000mEq/l)のNaHCO3輸液
4.4.2%(500mEq/l)のNaHCO3輸液
5.重曹はもちいず、アシドーシスが悪化すれば透析

 
 血液ガスをみるとHCO3がさがって代謝性アシドーシスがある。正常値からの差、ΔHCO3が9で、代償で期待されるpCO2の下がり幅は11程度とみこまれる。しかし正常の40Torrから3しかさがっていないので、本例は呼吸性アシドーシスもある。また、乳酸が高値なことからはAG開大アシドーシスがあると思われる。

 選択肢1は、呼吸性アシドーシスを改善させてpHをあげようという選択だ。人工呼吸器管理なのだから、分時換気量は1回換気量と呼吸回数で私達が設定できる。肺傷害を懸念して1回換気量を低く保つのなら、呼吸回数を高くするのがよいかもしれない。

 上記の点は、選択肢2-5を選んだとしても重要になる。結局、輸液や透析液から入る重曹はCO2になって、呼気から排泄しなければならないからだ。

 選択肢2-4はいずれも重曹で、ICUの代謝性アシドーシスで広く用いられる。選択肢2は等張で、筆者は米国腎臓内科フェロー時代よく使ったが、わが国ではあまりみかけない(ので混ぜて作る)。体液量が減っているときは使いやすいが、多いときにはむしろ容量負荷になってしまうのが難点だ。

 選択肢3-4は、高張だ。選択肢4は日本にないが、3は250mlバッグとして救急カートなどに入っている(メイロン®)。あまりにも高張なので高Na血症(低Na血症で注意深く使われる3%NaClの何倍もNa濃度が濃い!)、代謝性アルカローシスなどが心配だ。重曹必要量などを計算して、血液ガスでpHやNa値をモニターしながら最低限の使用にとどめたいところだ。

 選択肢5は、重曹輸液による細胞内アシドーシス増悪などを嫌う場合の選択肢といえる。0.9%NaClは高Cl輸液でアシドーシスを悪化させるが、アシドーシスの原因(ショックなど)を治療する戦略になるのだろう。

 ただし、「アシドーシスが悪化したら透析」というのはアバウトすぎる。呼吸性アシドーシスの悪化を透析で治療するわけにも行かない(選択肢1はやはり重要だ)。また、いくら早期介入といっても腎臓が働いているのに透析するのはどうか。HCO3、pHなど数字は目に見えてよくなるだろうが、透析で血圧や臓器血流がさがったり(すでに昇圧薬が流れているので、CRRTか)、害も心配される。


 この問題に答えはないが、選択肢4と5を比較したBICAR-ICUスタディが今夏でた(Lancet 2018 392 31)。お気づきの方も多いだろうが、上述の症例は本スタディのpatient characteristicsを元にしている(但し書きは、除外基準)。スタディ結果で目立つのは、以下の点だ。


1. 28日死亡率・臓器障害をあわせたプライマリ・アウトカムに有意差はなかった。
2. 介入開始時にAKIN2-3の群では、選択肢4のほうがすぐれていた。
3. 選択肢5群では、より多くより早期にRRTが必要となり、透析依存になった。
(透析開始理由はおおくがアシドーシスと高K血症で、もうひとつの開始基準だった無尿は少なかった)
4. 選択肢4群でみられた高Na血症と代謝性アルカローシスは、生命を脅かすほどではなかった。
5. 選択肢1については、情報を集めなかったのでどのようにされたか分からない。

  
 さまざまな考察があるだろうが、私の印象ではこのスタディは、「重曹の害よりも、避けられる透析の害のほうが重かった」ことを示したように思える。輸液量を最小限にして頻回に血液ガスをとり(pHが7.3を越えたらやめるなど)、重曹の害を「生命を脅かさない」レベルにとどめることができた、ともいえる。


 どの治療にもリスクとベネフィットがある。最初から「RRTは早期がよい」とか「重曹は害だ」と決めずに、その程度を状況ごとに勘案して最善のアウトカムをみつけるのが、臨床医の腕の見せ所と思う。だからこの論文も、重曹を押し付けるものではなくて、どちらを選ぶにしても臨床判断の後押しをしてくれる、そういう位置づけに使いたい。


[2019年11月29日追記]報道でもご存知の通り、上記選択肢2の1.26%炭酸水素ナトリウム液1Lのかわりに、選択肢3の8.4%炭酸水素ナトリウム液1L(250mlバッグ×4本)が投与された患者が、心停止をきたし、残念ながら救命できなかった。

 医療事故調査委員会の報告によりさまざまな問題点が検証・分析されているが、ここで強調したいのは、①1.26%炭酸水素ナトリウム液のマイナーさ、②8.4%炭酸水素ナトリウム液の危険さ、の二点だ。

 ①については、以前「そんな輸液が日本にもあるらしい」と知ってから、筆者はいまだ実物を見たことがない。「そんなのあるんだ」という腎臓内科医さえいるくらいだから、他科医師ならなおさらだろう。

 また②については、濃すぎる。「用法用量を守って使えば安全」な薬ではあっても、「100mlだけ入れてください」と指示したのに誤って250mlバッグ一本が投与されてしまう可能性と危険性は極めて高い。上記BICAR-ICUスタディだって、8.4%NaHCO3液を使っていたら、過補正による害はもっと増えていただろう。

 そもそも、どうしてこんなに濃いNaHCO3液があるのか?

 それは、心肺蘇生時に8.4%NaHCO3液の1ml/kgボーラス(1mEq/kgになる)が慣習的に使用されてきたからだ。たしかに心静止・PEAの原因疾患(H's and T's)にはアシドーシスや高カリウム血症が含まれるし、「生きるか死ぬか」の状況なら、失うものは余りないかもしれない。

 しかし、エビデンスが少ないとして、2010年版のACLSプロトコルからこの慣習はルーチンには推奨されなくなり(クラスIII、LOEはB)、「高カリウム血症または三環系抗うつ薬中毒による重症心毒性または心停止における、血行動態安定化とQRS狭小化」に限られた(クラスIIb、LOEはC)。

 もちろん、この薬がこの世にあるだけで事故が起こるわけではない。追記冒頭の件も、実にさまざまな要因が重なって起きた。ただ、8.4%はあまりにも濃いので、心肺蘇生時以外では薄いのを使ったほうが安全だと筆者は考える(筆者は、そうしている)。

 また、事故後に追記冒頭の施設は1.26%炭酸水素ナトリウム液に【造影用】と明記することしたが、むしろ1.26%のほうは造影時だけでなくアシドーシス治療などに幅広く用いられてよいように思われる。


 このような事故がいつかおきないかと心配していたので、他人事ではないし、心が痛い。みずからも他山の石とするのはもちろんだが、輸液・酸塩基平衡に関わる者として、敢えて少し踏み込んで書かせていただいた。何らかのお役に立てば幸いである。