私がフェローのとき、今は亡き恩師が患者さんの家族に「全ての患者さんが透析を受けなければならないというわけではない」と説明していた。透析をしないという選択肢もあるのだということを端的に、かつ色をつけずに示すやり方だなと、横で感心した覚えがある。では、透析をしない・やめるというのはどういうことなのか(もっともこの二つは状況が大きくことなるので一括りにできないのだが)。
ここでは透析をやめるということについて。じつは透析をやめるというのに、はっきりした定義がない。だから研究しようにもそこから始めなければならない。医学的な理由でできなくなったのか、ご本人の意向でしないのか、必要なくなったのか、必要になってもしないという方針で(もちろん変わってもいいわけだが)やめたのか。
透析をやめてどれくらい生きられるのか?数多くのスタディがあるそうだが(NEJM 1986 314 14、NDT 1996 11 133、AJKD 1998 31 464、Arch Int Med 2000 160 2513、NDT 2004 19 686)、だいたい8日間だそうだ。短い場合も長い場合もあり、残腎機能によるのだろう。
透析をやめるケースはどれくらいあるのか?USRDSは死因の報告を義務付けているのでデータがあるが、約20%。英国のRenal Registryによれば、14-15%だった(ただしこちらのレジストリは死因報告の義務がない)。
いずれにせよ、これだけでは数字なので詳しいことが分からない。しかし今日いろいろ聴いて分かったのは、透析は始めるよりも始めない・そしてやめるほうがずっと難しいということだ。やめたほうがいいとかそういうことではないが、医療側が「しない」という選択肢を提示しないことによる苦痛もあるわけだから、透析に関わる者として説明できるようになるべきだと思っている。
クマさんがおしっこしないで冬眠できるのも、じん臓が一日に体液の何十倍もろ過してから不要なものを残して再吸収するのも、じん臓の替わりをしてくれる治療があるのも、すごいことです。でも一番のキセキは、こうして腎臓内科をつうじてみなさまとお会いできたこと。その感謝の気持ちをもって、日々の学びを共有できればと思います。投稿・追記など、Xアカウント(@Kiseki_jinzo)でもアナウンスしています。
2013/11/06
Geriatric Nephrology 12(aka NURSE)
感情をうまく受け止め力になってあげる技法に、NURSEがある。NはName、感情を名指しして口に出すこと。「これについて話すのは怖いことだろうと思います」。UはUnderstand、理解を示すこと。「今起こっていることについてご心配なさっておられることとお察しします」。RはRespect、相手のしていることや考えていることを尊重すること。「ご自分でいろいろ努力していらっしゃるのを知っていますし、それを尊敬しています」。SはSupport、「困難なときですが、一緒に乗り越えていきましょう」。EはExplore、「もう少しご心配について教えていただきたいのですが」。
こういうのは、役立つように思われるし、実際役立つのだろうけれども、使わないとモノにならないだろう。モデルケースをビデオを観たり本を読んだりすれば、もっと身につくかもしれない。米国腎臓内科医会(学会ではなく、ロビー)と米国腎臓内科学会が一緒に出した"Shared Decision-Making in the Appropriate Initiation of and Withdrawal from Dialysis"(2010)や、英国政府が出したESRDにおけるEOLC(end-of-life care)についてのガイドラインもあるという。こらから経験を積んでいかねばと思っている。
こういうのは、役立つように思われるし、実際役立つのだろうけれども、使わないとモノにならないだろう。モデルケースをビデオを観たり本を読んだりすれば、もっと身につくかもしれない。米国腎臓内科医会(学会ではなく、ロビー)と米国腎臓内科学会が一緒に出した"Shared Decision-Making in the Appropriate Initiation of and Withdrawal from Dialysis"(2010)や、英国政府が出したESRDにおけるEOLC(end-of-life care)についてのガイドラインもあるという。こらから経験を積んでいかねばと思っている。
Geriatric Nehrology 11(aka Ask-Tell-Ask)
いろんなスキルを学んだ。一つはAsk-Tell-Ask。まず、透析になったらどうなるかを知ることが助けになるかを患者さんに尋ねる。先が分からないこと、知識がないことは不安の元であり、おおくの患者さんは自分の状況と予後を知りたいと思っている。しかし、どのように聴きたいかは人によって異なり、数字が良い人もいれば、最悪の場合と最善の場合をシナリオのように知りたい人もいれば、生活の質が具体的に変わるのかを知りたい人もいるだろう。
ここで、知っていることを短時間で詰め込むのは効果的でない。ゆっくりと、一回に少しの内容を伝えるほうが伝わる。すべては、患者さん中心の医療のためであり、私達が話して楽になるためではない。不確定なときには、「もっとはっきりコレと確定的なことがいえたらいいのですが」とその気持ちを共有してもいい、あくまで目標は患者さんと一緒にやっていくという姿勢を示し不安を除くことにある。
そして、再び尋ねる。ここで本当は「いま聴いたことをもう一度言ってください」といいたいところだが、これはテストみたいであまり気持ちよくないので「私はぜんぶを説明しきれないことがよくあるので、私がちゃんと言うべきことを言ったか確認するために、あなたの理解をあなたの言葉で教えてくれませんか?」とか「今日の内容をおうちに帰ってご家族に何と説明しますか?」とか聴くといいようだ。
ここで、知っていることを短時間で詰め込むのは効果的でない。ゆっくりと、一回に少しの内容を伝えるほうが伝わる。すべては、患者さん中心の医療のためであり、私達が話して楽になるためではない。不確定なときには、「もっとはっきりコレと確定的なことがいえたらいいのですが」とその気持ちを共有してもいい、あくまで目標は患者さんと一緒にやっていくという姿勢を示し不安を除くことにある。
そして、再び尋ねる。ここで本当は「いま聴いたことをもう一度言ってください」といいたいところだが、これはテストみたいであまり気持ちよくないので「私はぜんぶを説明しきれないことがよくあるので、私がちゃんと言うべきことを言ったか確認するために、あなたの理解をあなたの言葉で教えてくれませんか?」とか「今日の内容をおうちに帰ってご家族に何と説明しますか?」とか聴くといいようだ。
Geriatric Nephrology 10
患者さんに治療のゴールを聴くのは、時間とエネルギーを要することだ。ある施設では一回に90分かけるという。医師ひとりではできない。患者さん、家族、看護師、ソーシャルワーカー、場合によっては栄養師やリハ療法士など他業種が責任を分け合って行うチームワークだ。
1.まず病気についての信念、目標、価値観を聴く。そして、well-beingについての考えを聞く。そして、将来の希望についてじっくり聴く。たとえば透析中の希望は移植を受けて透析から離脱することかもしれない。なるほど、それはよい希望ですね。では、移植が受けられなかったらどうありたいですか?透析しながら今の生活を維持したい。なるほど、それはよい希望ですね、では、透析が無理になったらどうありたいですか…?
聴きながら、痛みがないことだったり、家族がそばにいることだったり、孫の結婚式に行くことだったり、本を書き上げることだったり、いろいろな人生の目標や希望が見えてくるだろう。それをじっくり聴くことが大事だ。そのうえで、いつか来る死を前に、身体的にも精神的にもスピリチュアルにも安らかな「大往生」をどうしたら迎えられるか考えていく。
2.しかしいきなり「どんな死に方」についてなんて、聴くのも聴かれるのも苦痛だ。だから、いままで誰か親しい方の最期を経験なさいましたか?そしてそれはどうでしたか?と聴く。人のことならいくらか話しやすい。すると、たいていは「あれは大往生だった、私もあのようでありたい」か「あれは可哀相だった、ああはなりたくない」というどちらかの例が挙がるものだ。
3.そのうえで、生命維持治療について話をする。1.と2.がなければ、3.は空虚だ。もっとも、おおくの場合時間がないから急性期にいきなり3.をしなければならない(から医療者も家族の感情的にとても疲れてしまうわけだが…)。4.話をまとめる、5.ニーズをどう満たすか、ギャップをどう埋めるかについて考え、フォローアップ計画をたてる。
私は、この話を透析室で患者さんが透析を受けているときに周りの患者さんもいる前でするのに抵抗を感じた。しかし、壇上の(米国、カナダの)演者たちに質問したら、意外にも透析室でやっているらしい。透析日でない日に来てもらい個室でやることもあるが、そのオプションを示しても患者さんが「透析中でよい」と言う場合が多いそうだ。「その話、今度わたしにもしてほしい」となることもあるという。
(注:後日フロアの人達とこの話をしたら、やっぱりプライバシーのない透析室でこの話をするのはawkwardという方が多かった。)
1.まず病気についての信念、目標、価値観を聴く。そして、well-beingについての考えを聞く。そして、将来の希望についてじっくり聴く。たとえば透析中の希望は移植を受けて透析から離脱することかもしれない。なるほど、それはよい希望ですね。では、移植が受けられなかったらどうありたいですか?透析しながら今の生活を維持したい。なるほど、それはよい希望ですね、では、透析が無理になったらどうありたいですか…?
聴きながら、痛みがないことだったり、家族がそばにいることだったり、孫の結婚式に行くことだったり、本を書き上げることだったり、いろいろな人生の目標や希望が見えてくるだろう。それをじっくり聴くことが大事だ。そのうえで、いつか来る死を前に、身体的にも精神的にもスピリチュアルにも安らかな「大往生」をどうしたら迎えられるか考えていく。
2.しかしいきなり「どんな死に方」についてなんて、聴くのも聴かれるのも苦痛だ。だから、いままで誰か親しい方の最期を経験なさいましたか?そしてそれはどうでしたか?と聴く。人のことならいくらか話しやすい。すると、たいていは「あれは大往生だった、私もあのようでありたい」か「あれは可哀相だった、ああはなりたくない」というどちらかの例が挙がるものだ。
3.そのうえで、生命維持治療について話をする。1.と2.がなければ、3.は空虚だ。もっとも、おおくの場合時間がないから急性期にいきなり3.をしなければならない(から医療者も家族の感情的にとても疲れてしまうわけだが…)。4.話をまとめる、5.ニーズをどう満たすか、ギャップをどう埋めるかについて考え、フォローアップ計画をたてる。
私は、この話を透析室で患者さんが透析を受けているときに周りの患者さんもいる前でするのに抵抗を感じた。しかし、壇上の(米国、カナダの)演者たちに質問したら、意外にも透析室でやっているらしい。透析日でない日に来てもらい個室でやることもあるが、そのオプションを示しても患者さんが「透析中でよい」と言う場合が多いそうだ。「その話、今度わたしにもしてほしい」となることもあるという。
(注:後日フロアの人達とこの話をしたら、やっぱりプライバシーのない透析室でこの話をするのはawkwardという方が多かった。)
Geriatric Nephrology 9
Advanced care planning(ACP)とは何だろうか?それは一回で決まるものではない、熟慮と話し合いで生まれる。一人だけのものではない、本人・家族・医療者・社会のなかで生まれる。死の話というより、いかに最期を送るかにフォーカスする。その結果、絆を深め、希望と与え、平安をもたらすことができる。
ACPとは、どのようにsettingすればよいのだろうか。まずACPがとくに必要な患者をみつけ、ACPの準備が出来ているかを見分け、ACPを始めていく。すべてのCKD患者、もっといえばすべての人間にACPは必要だが、とくに必要な方から始めるのが現実的だろう。年齢、栄養状態、Charlson Comborbidity Indexの高い(50% 1-year mortality)、所謂Surprise QuestionがYes(CJASN 2008 3 1379)の方から。
誰に話せばいいだろうか?患者さん本人であるべきだが、実際には患者さんに意識も理解力もあるときにこのような質問を始めることはあまりないのが現状だろう。だから、どうして突然にこのような会話を始めるのかを説明する必要がある。そうでなければ後で「話しにくいことでも悩んで答えを出しておけばよかった」と後悔することになるかもしれない。
(注:Surprise Questionとは、この患者さんが透析を始めて一年以内に亡くなったとして驚くだろうか、透析前に自問する質問のことを言う。上記引用を参照のこと)
ACPとは、どのようにsettingすればよいのだろうか。まずACPがとくに必要な患者をみつけ、ACPの準備が出来ているかを見分け、ACPを始めていく。すべてのCKD患者、もっといえばすべての人間にACPは必要だが、とくに必要な方から始めるのが現実的だろう。年齢、栄養状態、Charlson Comborbidity Indexの高い(50% 1-year mortality)、所謂Surprise QuestionがYes(CJASN 2008 3 1379)の方から。
誰に話せばいいだろうか?患者さん本人であるべきだが、実際には患者さんに意識も理解力もあるときにこのような質問を始めることはあまりないのが現状だろう。だから、どうして突然にこのような会話を始めるのかを説明する必要がある。そうでなければ後で「話しにくいことでも悩んで答えを出しておけばよかった」と後悔することになるかもしれない。
(注:Surprise Questionとは、この患者さんが透析を始めて一年以内に亡くなったとして驚くだろうか、透析前に自問する質問のことを言う。上記引用を参照のこと)
Geriatric Nephrology 8
透析によって高齢(75歳以上)の慢性腎臓病患者が長生きするだろうか?海外データでは、しない(NDT 2011 26 1608)。では、透析をしないとは、どういうことなのだろうか?あなたはそれを説明できるだろうか?
Supportive care、それは緩和ケアの専門家だけがすべきことではない。医師は検査を解釈するだけのためにいるのではない。痛みと症状を和らげ、悲しみと恐れをのぞき、苦しみを助けるためにいる。
あなたは、患者さんと死について話すことが出来るだろうか?死に向かう人に、人生の最期を患者さんの望みに可能な限り沿って診療することが出来るだろうか?Mortalな存在である私達なのに、死は多くの場合「予想外の出来事」だ。前もって話すことは、ほとんどない(NDT 2012 27 1548)。
「よき死」とは何だろうか?昔は、これは聖職者の仕事であり、家族や親しい者が関わってきた。しかしこの領域に必要な基本のスキルセットは、緩和科だけでなくすべての医師がもつべきだという主張が最近NEJMにあった(NEJM 2013 368 1173)。しかし、どんなスキルだろう?
Supportive care、それは緩和ケアの専門家だけがすべきことではない。医師は検査を解釈するだけのためにいるのではない。痛みと症状を和らげ、悲しみと恐れをのぞき、苦しみを助けるためにいる。
あなたは、患者さんと死について話すことが出来るだろうか?死に向かう人に、人生の最期を患者さんの望みに可能な限り沿って診療することが出来るだろうか?Mortalな存在である私達なのに、死は多くの場合「予想外の出来事」だ。前もって話すことは、ほとんどない(NDT 2012 27 1548)。
「よき死」とは何だろうか?昔は、これは聖職者の仕事であり、家族や親しい者が関わってきた。しかしこの領域に必要な基本のスキルセットは、緩和科だけでなくすべての医師がもつべきだという主張が最近NEJMにあった(NEJM 2013 368 1173)。しかし、どんなスキルだろう?
Geriatric Nephrology 7
DKD(diabetic kidney disease)で顕性アルブミン尿が出たら死亡率が倍になるし、GFRが下がったら10年死亡率は60%近い(JASN 2013 24 302)。それって、まずい。しかし、intensive controlは、usual careに比べてベネフィットがないにもかかわらず際だって低血糖が多かったので以前ほど薦められない。
実際、CKD3-4期のコホートを観察研究したらHgbA1c7-8%を底にした生存曲線が得られ、GFR 35ml/min/1.73m2を切ると血糖コントロールによるESRD予防が薄れていた(Arch Int Med 2011 171 1920)。
DKD患者さんで浮腫が出たら、TZDクラスが入っていないか確認したほうがいい。Metforminの乳酸アシドーシスについては別に書きたいが、起こるし、FDAもCr 1.5mg/dl以上の人に禁忌としている。
新規secretogogue(GLP1、DPP4)はどうか?Exenatideは長期フォローで腎不全患者にも使えるようだった(AJKD 2013 62 396)。DPP4は、それぞれGFR低下時の処方注意がある。SGLT2については前に書いた。
むしろ、昨年はKDIGOとADAが一緒に話し合い、「DKD患者のCKD進行予防にはHgbA1cを7%くらいにしよう」ということになった(AJKD 2012 60 850)。ADAはさらに、低血糖の心配があったりアグレッシブに治療する益が少ない場合にはHgbA1cを8%以下くらいでどうかといっている。
実際、CKD3-4期のコホートを観察研究したらHgbA1c7-8%を底にした生存曲線が得られ、GFR 35ml/min/1.73m2を切ると血糖コントロールによるESRD予防が薄れていた(Arch Int Med 2011 171 1920)。
DKD患者さんで浮腫が出たら、TZDクラスが入っていないか確認したほうがいい。Metforminの乳酸アシドーシスについては別に書きたいが、起こるし、FDAもCr 1.5mg/dl以上の人に禁忌としている。
新規secretogogue(GLP1、DPP4)はどうか?Exenatideは長期フォローで腎不全患者にも使えるようだった(AJKD 2013 62 396)。DPP4は、それぞれGFR低下時の処方注意がある。SGLT2については前に書いた。
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