低ナトリウム血症の相談を受けると、いつでも心が引き締まる。その理由のひとつは、「プロ」としてみっともない真似はできない、という思い。自意識過剰かもしれないが、「腎臓内科のお手並みを拝見しましょう」と周囲から注目されているような気になる。
もうひとつは、過補正のリアルな「リスク」だ。高ナトリウム血症のほうは、従来の0.5mEq/l/h(10mEq/l/d)未満より急速な群でも合併症に有意差が見られなかったという報告がCJASNにでた(doi.org/10.2215/CJN.10640918)が、低ナトリウム血症は別だ。
しかし、そうはいっても鑑別疾患はだいたい決まっているので、順を追って診断していけばそう滅多なことは起きないと思っていたら、びっくりするような低ナトリウム血症の原因があることを発見した。
それは、「尿閉」である。
別に、びっくりしなかった読者もおられるかもしれない。たしかに、尿閉で尿が出なければ水が出せないのだから、低ナトリウム血症になるのは当たり前かもしれない。しかし、ここでいう低ナトリウム血症は、水腎症や腎後性の腎障害を伴わない。
報告は(Saudi J Kidney Dis Transpl 2017 28 392、JAGS 2014 62 1199、Gerontology 2007 53 121)いずれも、①膀胱が過伸展しており、②尿浸透圧は血清浸透圧より高くSIADHが示唆され、③尿道カテーテルの挿入で軽快し、④カテーテルの抜去で増悪する、といった特徴を持っている。
膀胱の過伸展は心因性多飲における低ナトリウム血症の増悪因子としても知られている(J Urol 1992 147 1611)。機序は不明だが、これら論文はいずれも「膀胱の過伸展による(交感神経刺激を介するかもしれない)ADH分泌」と推察している。
筆者も経験したことがあるが、尿閉による低ナトリウム血症は、知らないと驚きの連続になる。
尿検しようにも「尿がでない」というのでCTを撮ると信じられないほど拡張し壁の薄い(下写真の紙風船のような)膀胱が写っていたり、尿カテーテルを挿入すると尿崩症かと思うような希釈尿が出て急激なナトリウム濃度上昇が心配されたり、抜去するとストンとナトリウム濃度が下がったりする(そして、再挿入するとまた上がる・・!)。
それは、結局のところカテーテルでなおってしまうことで、低ナトリウム血症の「高尚な病態生理を操って頭を使う、レベルの高い疾患」、というイメージが崩れる驚きでもある。
筆者は研修医時代に「低ナトリウム血症だけは永遠に理解できないだろう」と思った。難解なことを例えるのに「それは低ナトリウム血症のようなものだ」と言っていたこともある。
しかしそのうち(それなら飽きないかも)と思い始め、気づけば腎臓内科医になっていた。
やはり、これだから低ナトリウム血症はやめられない。