2015/11/22

Xenograft

 ブタのゲノムに混入するレトロウイルス(porcine endogenous retrovirus, PERV…英語でpervといったらpervertつまり変質者の略だが)をCRISPR/Cas9というゲノム編集技術で除去することができるようになったそうだ(私はEconomist誌2015年10月17日付で知ったが、論文はDOI:10.1126/science.aad1191)。

 これは、ブタの腎臓をヒトに移植するうえでの障壁のひとつを乗り越える一歩になるかもしれない。あと大きな障壁は、拒絶と凝固異常と倫理。前の二つはトランスジェニックな臓器を使う研究がされていて、後のひとつは話し合いがされているらしい。




[2019年4月追加]異種移植についての論文がCJASNに掲載された(CJASN 2019 14 620)。課題はやはり上記のようにPERV、拒絶、凝固異常、倫理であるが、それぞれがアップデートされていた。

 まずPERVについては、すでに行われているブタの膵島移植で、いまのところPERVによる感染が問題になったことはないようだ。

 拒絶については、いままで行われたほとんどの異種移植実験が、CD40/CD154(CD40リガンドとも)軸の抑制を拒絶抑制に用いており、そのヒトへの安全性を確認する必要がある。

 CD154はヘルパーT細胞がB細胞を成熟させるためにTCRと共に表出する共刺激経路のひとつで、これがB細胞のCD40と結合することでB細胞が成熟し、濾胞が形成され、免疫グロブリンのクラススイッチがおこる(これが欠損しているのがX-linked hyper-IgM syndromeで、濾胞ができずIgM以外の免疫グロブリンが作られず免疫不全になる)。

 他にも、抗原提示細胞にサイトカイン産生のスイッチをいれたり、さまざまな働きがある(下図は、Immunotherapy 2015 7 399)。リウマチ科疾患や移植領域はすでにこれを治療ターゲットにし始めており、後者ではAMR(antibody-mediated rejection)の予防に応用が試みられている。




 いっぽう、抗CD154抗体の使用は凝固異常と強い相関があり、異種移植で凝固異常がおきる原因はこの抗体のせいではないかと言われるようになった。CD154と血小板にあるαIIbβ3インテグリンの結合を阻害するとか、モノクローナル抗体のFc部分が内皮細胞のFc受容体(FcγRIIa)を刺激するとか、さまざまな機序が推測されているが、詳細はまだわからない。

 最後に倫理面では、治験対象を選ぶ必要がある。末期腎不全は移植以外にも腎代替療法がある(透析)。そこで、おそらく最初に試されるのは、利益とリスクの点で失うものの少ない(移植が困難でかつ透析も困難で予後の限られた)患者群になると考えられる。何をしてよいわけではないから、正式な倫理的手続きを踏まなければならないことは言うまでもないが。

 異種移植は、成功すればそのインパクトは大きい。スケールは違うが、たとえるなら、心臓の生体弁を献体ドナーから得ずに済み、「製品」としてゲットでき、機械弁とちがって抗凝固療法が不要になるようなものだ。今後、試行錯誤の応用をくりかえして洗練されていくことが期待される(写真は1990年に国内発表されてから進化を続けるYAMAHAのトランペットブランド、Xeno)。