2020/10/08

PHP関連疾患 後編

前回からの続き)


3. ゲノム・インプリンティング


 「DNAメチル化」や「エピ・ジネティクス」のほうが馴染みがある言葉かもしれない。要は、同じDNA配列でも、メチル化などの修飾の違いによって転写の向きやスプライシング・パターンが異なるということだ。

 GNAS遺伝子は、その上流に母方由来か父方由来かによって異なるメチル化を受けたプロモーター領域(differently methylated region、DMR)がある。


上段が母方、下段が父方、+++がDMR
(前掲J Mol Endocrinolより)


 そのため、ふたつのアレルからはそれぞれ異なる転写産物が得られる。


左段が父方、右段が母方
(前掲J Mol Endocrinolより)


 じつはGNAS遺伝子は、インプリンティングを受けた遺伝子の代表例として、その道では有名である(Genes 2020 11 355、もちろん筆者は知らなかったが!)。

 
4. 組織特異的なインプリンティング


 さらにGNAS遺伝子は、近位尿細管(・甲状腺・副甲状腺・卵巣など)では母方アレルしか転写されないという特徴がある。詳細は未解明であるが、こうした組織では、父方アレルの転写を抑制する因子(下図のR、repressor)があると考えられている。


左段が近位尿細管
(Endocrinology 2004 145 5459より)


 抑制因子は父方アレルのプロモーター領域に結合すると考えられ、こうした組織では(メチル化によってRの結合を受けない)母方アレルからしかGsα蛋白を作れない。

 したがって、母方アレルのGNAS遺伝子に異常があると、こうした組織ではGsα蛋白がまったく作れない(PTH抵抗性+)。骨などでも、父方アレルからの半分しか作れない(AHO徴候+)。これが、PHPIa型である。


(上述論文の図を元に作成)


 母方アレルのGNAS遺伝子プロモーターに異常があると、メチル化がないため近位尿細管では父方だけでなく母方アレルにも抑制因子が結合してしまう(PTH抵抗性+)。しかし、抑制因子のない骨などには関係ない(AHO徴候ー)。これが、PHPIb型である。


(上述論文より)


 父方アレルのGNAS遺伝子に異常があっても、そもそも腎には影響しない(PTH抵抗性ー)。しかし、骨などでは母方アレルのみが半分しかGsα蛋白を作れない。もうお分かりだろうが、これがPPHPである。


(上述論文をもとに作成)


5. 感想


 2020年のノーベル化学賞が遺伝子編集技術CRISPR/Cas9に(順当に)贈られ、エピ・ジネティクス分野も解明と応用が進む(全ゲノムのメチル化情報を調べるwhole genome bisulfite sequencing、WGBSはすでに実用化)。こうした話は、いずれ臨床にも関係してくるだろう。

 また、遺伝疾患といえば新生児や小児患者が対象と思いがちであるが、成人患者で、しかも内科疾患との関連が報告された例もある(60代PPHP患者の、動脈石灰化をともなう急性心筋梗塞;心臓 2007 39 918)。


 やはり、診察は手先・足先までしたいものである。



(ノーベル財団ウェブサイトより)