私が一般病棟で診ていた腎不全と肝不全がある人が、非特異的な消化器症状を訴えていたら乳酸値が2-3日の間に10mg/dlに達した。非常に不安な気持ちで腹部CT(とCT血管造影)を行ったが腸管壊死や虚血のサインは全くない。そもそもこの患者さんに腸管壊死があったら、残念な言い方だがすでにこの世にいないはずである。それで他の原因を考えなければならない。肝不全、腎不全とも乳酸値を上昇させうるのは無論だが、それだけでは説明できない何かがあるはずだと思っているうちに患者さんはICUに行ってしまったのだ。
それで、ICUにいって指導医とこの患者さんの話をしたら論文をくれた。Critical Care Clinicsというサイトにある"Lactic Acidosis: Recognition, Kinetics, and Associated Prognosis"という記事だ。読むと、1976年にCohenとWoodsが乳酸アシドーシスをType AとType Bに分類したとある。Type Aは虚血・壊死・低酸素によるもので、Type Bは肝不全・腎不全・薬物や中毒・酵素異常など解糖系・クエン酸回路・酸化的リン酸化のどこかに支障をきたしている状態だ。その中で、私の患者さんに当てはまりそうなものにThiamine deficiencyがあった。
Lactic acidといえば予後不良因子として有名である。ICU Bookなどを読んでも、「乳酸値(mg/dl)は死亡率(割)」、すなわち4mg/dlなら40%、8mg/dlなら80%という恐るべき線形的なグラフが載っている。しかし、乳酸血症は非常事態を意味するものの、虚血・壊死・低酸素を除けば乳酸そのものが必ずしも死をもたらす産物というわけではない。むしろ必死にATPを作ろうと非常電源が入っているようなものだ。
じつはこの患者さんは、私が月の初めに診て入院当日にprotein-losing gastroenteropathy(PLGE)を疑った患者さんなのだ。もはやアルブミンは1.0g/dl、肝不全の精査で消化器内科がめくら滅法オーダーした検査でもceluroplasminが低値、そしていま乳酸血症の原因にthiamin欠乏が浮上し、消化管の吸収障害を強く示唆している。大腸内視鏡は非特異的所見を示したのみで、生検は正常。これらはIBDを除外するのに十分で私からしたら疑いなくPLGEなのだが。
リウマチ内科も同意して、さあステロイド治療しようと思ったら消化器内科が「どうしても違う」と言い張って、それで(一般内科がそれに従い)何もできないまま患者さんが徐々に悪化してICUに行ってしまった。診たことのない疾患を診断するに勇気がいるのは分かる。確かに稀な疾患だ。しかし疫学・症状・所見・検査結果をもとに診断するという基本に従っておのずと導かれた診断を、消化器内科医が「そんなの診たことない」とか「沽券に関わる」というような詰まらない理由で否定することはできないはずだ。それにたとえ診断が誤っていたとしても、患者さんがステロイドを開始して失うものは何もない。
弱い、弱い、Hospitalistは弱い。専門内科に頭も上がらないし、患者さんを守る気概にも欠ける。アテンディングが平気な顔をして"She's a mess"とか言う。悲しくて腹が立って仕方がなかった。私はHospitalistが大嫌いだ。アルブミンシンチグラフィができれば診断を証明できてよかったのに、うちの病院では出来ない。彼女が入院した翌日に核医学の先生に相談したら「うちにはアルブミンのtracerなんかないし、作れる核医学専門の薬剤師もいない」と言われた。でもICUの指導医は私と同じ考えで、しかもちゃんとCritical Careの専門だがら外野を黙らせて正しい治療をしてくれそうで嬉しかった。まだ間に合えばいいけど…。