2024/09/28

もう一つのシュウ酸腎症

  高シュウ酸尿症(hyperoxaluria)の原因には、遺伝的な代謝異常によって肝臓で異常にシュウ酸が産生される原発性と、Roux-en-Yバイパス手術後などで吸収されない脂肪酸が腸管内のカルシウムと吸着するぶんシュウ酸が遊離して吸収される腸性(enteric oxaluria)がよく知られている。

 他にはエチレングリコール、ビタミンC大量内服やチアミン欠乏などがあるが、2023年に縮毛矯正剤(hair straightening products)によるシュウ酸腎症の報告が立て続けに出ていたことを、先日知った。

 縮毛矯正薬による急性腎障害は2019年にエジプトのグループが最初に報告した(Iran J Kidney Dis 2019 13 129)が、2023年1月にイスラエルのグループが26症例を報告し話題になった(AJKD 2023 82 43)。患者はいずれも女性で、曝露から数日後に発症し、平均のクレアチニン値は5.3mg/dlで、多くは回復したが3例は透析を要した。

 そして、腎生検を受けた7例のうち5例の尿細管内に、多数のシュウ酸カルシウム結晶が観察された。

(出典は後述のKI Reports、偏光顕微鏡でpositive bifringent)

 縮毛矯正薬は、以前はホルムアルデヒドが用いられていたが、刺激が強く発がん性の懸念があることなどから、グリコール酸を主成分とする製品に切り替わっているという。

 ただ、グリコール酸はエチレングリコールと同様シュウ酸に代謝されるが、経皮的にそこまで吸収されるかには疑問もあった(38%に頭皮の皮疹があったので、吸収が高まったのかもしれないと推察された)。

 また、使用者の全員が発症するわけではないことから、使用時のpHが低すぎた可能性や、シュウ酸代謝に関わるHOGA1、輸送に関わるSLC26A1、SLC26A6などの遺伝子多型との関連も推察された。

 続く2023年3月には、フランスのグループが縮毛矯正剤を背部に塗布したマウスとワセリンを塗布したマウスを比較した報告が、NEJMのcorespondenceに投稿された(NEJM 2023 2024 390 1147)。

 それによれば、縮毛矯正剤を塗布されたマウスでは尿にシュウ酸カルシウム1水和物の結晶が検出され、28時間後のクレアチニン値が有意に上昇し、腎の3次元CTでシュウ酸カルシウム結晶が広汎に沈着していた。

 そして、この縮毛矯正剤にはグリコール酸は含まれておらず、代わりにグリオキシル酸が含まれていたことから、グリオキシル酸が原因の可能性が高まった(同じ矯正剤を使われた女性が治療のたびにAKIを3度発症したことから、上記の動物実験に至った。なお彼女も頭皮に潰瘍ができており、遺伝子検査は陰性だった)。

 続く2023年6月には、スイスのグループがKI Reportに同様の報告を発表し(KI Report 2024 9 2571)、まとめとして、エチレングリコール・ビタミンCと縮毛矯正薬を統合する下図のような病態生理が提唱された。

(出典は前掲KI Reports論文)

  縮毛矯正やグリオキシル酸を鑑別診断として頭の片隅に置いておくことが大切だ(報告は南米、中東などで施術されたケースがほとんどで、濃度やpHなども関係しているのだろう)。ただ、もっと大事なことは、いつどこで発生するかわらない未知の物質による腎障害に備えておくことだろう。

 2022年には小児用せき止めシロップにエチレングリコールが混入し、ガンビアで急性腎障害が多発した(のちにインドネシア、ウズベキスタンなどでも多発した)。そして、最近日本でペブルル酸によるとほぼ確定されたサプリメントによる腎障害が多発したのは周知のとおりである。

 診断のカギは、曝露歴の聴取と病態生理の理解である。


2024/09/22

IVRならではのアプローチ

 血液透析のバスキュラー・アクセスといえば、自己血管内シャント、人工血管内シャント、表在化動脈、そして中心静脈カテーテルである。中心静脈カテーテルは急性期に用いられるカテーテルと、外来透析で長期使用できる皮下トンネルとカフのあるカテーテルに分かれる。

 なお、以前は前者をtemp cath、後者をperm cathと呼んでいたが、残念ながら感染や閉塞などの問題が起きうるため、永久(permanent)には使えない。そのため、最近はトンネル透析カテーテル(tunnelled dialysis catheter, TDC)と呼ばれる。

 カテーテルが使えなくなったら、他の静脈に新しいカテーテルを挿入すればよいのだが、体表からアクセスできる中心静脈は左右の内頚・鎖骨下・大腿静脈の6つしかない(鎖骨下静脈は、上肢腫脹のおそれや同じ側に内シャントが作れなくなるおそれがあり、避けられる)。

 これらの静脈がどれも使えなくなると、非常にまずい。しかし、問題あるところに解決策あり(必要は発明の母である、とも言うが)。そこで、私の知る限り3つの方法が提案されている。それぞれ、Surfacer® Inside-Out Access Cather System、経腰部カテーテル、経肝臓カテーテルである。

・Surfacer® Inside-Out

 2016年に欧州で基準適合となり、2020年に米国で承認された。上大静脈や腕頭静脈が血栓閉塞している場合の解決策で、大腿静脈から挿入したカテーテルを血栓閉塞の右心房側まで進め、デバイスを透視下に透析カテーテルを挿入したい皮膚の位置まで貫通させる。そして、needle wireで体表に出てくる。

(出典はこちら

(出典はこちら

・経腰部(translumbar)カテーテル

 腰部から下大静脈にアプローチする方法である。一例は:腹臥位で腸骨稜の少し頭側(L3レベル)から透視下に脊柱起立筋や腸腰筋を貫通し、腎静脈合流部よりすこし尾側の下大静脈を穿刺してガイドワイヤーを挿入する。出口部は、ベルトの位置より頭側でできるだけ前側(中腋窩線)にする(J Bras Nefrol 2019 41 89)。

(出典は前掲論文)

・経肝臓(transhepatic)カテーテル

 腹臥位になれないなどの理由で経腰部アプローチができない場合の選択肢とされ、右・正中・左肝静脈などを通じて下大静脈に至る。どの静脈を穿刺するかはエコーなどで決定され、安全性を考慮し細い支流の静脈が選択される。

(出典はDiagn Interv Radiol 2016 22 560)

 経腰部・肝臓とも第3、第4選択肢であり、血栓閉塞・感染・迷入・屈曲などの合併症は避けられない。経腰部の開存・使用可能率は12か月で45%、経肝臓は挿入後136日で50%にすぎなかった(それぞれ、前掲論文)。

 いずれも、IVRならではの発想であり、インターベンショナル・ネフロロジーを専門にしている経験豊富な施設・医師に任せるべきだと思うが、選択肢を知っておくことは、例によって「いまのアクセスがだめでも、次があります」と言えるので医師と患者の心の支えになるだろう。
 
 それにしても、この世にpermanentなものは、なかなか見つからないものである。しかし、2019年のディズニー映画『アナと雪の女王2』でオラフはアナに"I thought of one thing that's permanent. Love."といった※。

 諦めずに可能性を探ることもまた、変わらない愛なのだろう。

 ※5年前なのでネタバレでも許してほしい。なお先日、アナ雪1と2の監督Jeniffer Leeが、アナ雪3と4(二つでセットの物語になる予定)の制作に集中するためDisney AnimationのChief Creation Officerを退任した。

2024/09/18

膜性腎症とオビヌツズマブ

  膜性腎症に対するリツキシマブの有効性を示すMENTOR試験が発表されたのは、2019年。その2年後には、2021年版KDIGO腎炎・ネフローゼガイドラインで膜性腎症の第一選択薬の一つになった。

 ということはそろそろ、先を行く薬が登場しているころかな・・と思ったら、オビヌツズマブとリツキシマブを比較する中国の一施設試験がCJASNに発表されていた(DOI: 10.2215/CJN.0000000000000555)。

 ヒト化タイプII抗CD20モノクローナル抗体オビヌツズマブ(商品名ガザイバ®)は、タイプI抗CD20モノクローナル抗体のリツキシマブと異なるエピトープを認識して、より効率にB細胞をアポトーシスに至らせる。

 そして、Fc部分についた糖鎖(フコース)を極力減らすことで、Fc受容体を介したナチュラルキラー細胞による細胞傷害やマクロファージによる貪食が起きやすくなっている。

(出典はDrug Design Development and Therapy 2017 11 295)

 もちろんリンパ腫に対して開発された薬だが(日本でも2018年に承認された)、リツキシマブと同様に免疫疾患にも試されている。

 腎臓内科領域では、ループス腎炎に対するプラセボ対照の第2相試験NOBILITYが2022年に発表され(Ann Rheum Dis 2022 81 100)、ステロイド+MMFに追加した介入群は対照群にくらべて104週の完全腎寛解(蛋白尿<0.5g/gCr、正常腎機能、尿RBC 10/hpf未満)の割合が有意に高かった。

 膜性腎症についてはRTX不応・不耐例に試された一施設試験が2020年に発表され(KI Reports 2020 5 1510)、蛋白尿の改善を認めた。

出典は前掲KI Reports

 そして今回の試験では、ACEI/ARBにかかわらず蛋白尿が3.5g/gCr以上(平均約8g/d)でeGFR 30ml/min/1.73m2以上(平均約100ml/min/1.73m2)の原発性膜性腎症患者をオビヌツズマブ群21例、リツキシマブ群42例にランダム化した。

 リツキシマブは375mg/m2を週1回×4(非寛解例は6ヵ月後に再投与:約80%が再投与された)、オビヌツズマブは1gを2週間あけて2回(再投与はなし)のレジメンだった。どちらも初回投与時のみソルメドロール40mgが、そしてすべての投与時にクロルフェニラミン10mgとアセトアミノフェン500mgが前投薬された。

 結果、12か月後の完全寛解(蛋白尿<0.3g/gCrかつ腎機能低下なし)はオビヌツズマブ群の38%、リツキシマブ群の14%にみられた(p=0.04)。不完全寛解を含むプライマリ・アウトカムはオビヌツズマブ群の95%、リツキシマブの67%にみられた(p=0.03)。

 また、PLA2R関連原発性膜性腎症に限ると、PLA2R<2RU/mlの免疫学的寛解はオビヌツズマブの93%、リツキシマブの73%にみられ(p=0.11)、寛解例ではほとんどが6ヵ月後の時点でCD19陽性B細胞が血中からdepleteされていた。

 安全性については、重度の有害事象は両群とも報告されず、感染症(約20%)、infusion-related reactions(約6%)は両群でほぼ同じ割合で、いずれも軽症だった。

 

 「どうせやるならとことん」という感じである。B型肝炎の活性化とPMLがFDAのblack box warningになっているが、これらはリツキシマブにおいても懸念されていたことであり、少なくとも前掲試験では有害事象に差は見られなかった(ただし、両群ともHBV抗体陽性のキャリア例はエンテカビル、潜在結核例はイソニアジドが投与されていた)。

 身近なところでも、移植後FSGS再発など、少しずつリツキシマブ不応例に試されて始めている。臨床現場にいると「今の薬がだめでも次の薬があります」と言えることは医師と患者両方にとって心の支えになる。リツキシマブの次世代薬として、今後オビヌツズマブ(筆者はオビと略しているが)を目や耳にする機会は増えていくと思われる。


ACORNスタディ

  2018年にバンダービルト大学病院が発表したSMART、SALT-ED試験を覚えているだろうか?0.9%NaCl液(生理食塩水)が腎予後に与える害を生理的輸液と比較した、プラグマティック・スタディである。

 大学病院の電子カルテを利用して日常的に行われ、個々の患者に同意をとる必要はなく、臨床上の質問を電子カルテ(Epic®)に「ぽい」と入れれば、何千人という患者を対象にした試験が行える。いやはや、すごいやり方である(もちろん、専門スタッフの助けがあってのことであるが)。

(米国最大手の電子カルテ、Epicのロゴ)

 あれから5年、同じ施設からACORN試験が発表されていた(JAMA 2023 330 1557)!・・今度は、PIPC/TAZ(ゾシン)とCFPM(セフェピム)の腎障害と神経・意識障害を比較した試験である。筆頭著者は当時集中治療科のフェロー(とApplied Clinical Informaticsのマスター)だった。

 PIPC/TAZとVCM(バンコ)の組み合わせでAKIが起りやすいことが多くの後方視観察で示され(メタアナリシスはClin Infect Diss 2017 64 666)、以後少なくとも米国では初期治療の広域スペクトラム抗菌薬がだいたいCFPMになった。

 しかし、動物実験で再現性がないことや、PIPC/TAZはOAT1・OAT3によるクレアチニンの尿細管排泄を抑制することなどから、真の急性腎障害がどれくらいあるかには疑問もあった。いっぽう、CFPMには脳症(神経・意識障害)の心配もある。腎機能低下例でリスクが高いので、経験ある方もいるかもしれない。

 そこで、ACORN試験が行われた。PICOで説明すると:

 P:来院後12時間以内にPIPC/TAZまたはCFPMを処方された救急外来・内科ICUの成人患者。オーダーすると、eligibleな患者は自動的に電子カルテ上でスタディに登録される。

 I:CFPM 2g(5分で静注)8時間ごと※

 ※セフェピムの意識障害はゆっくり点滴した方が起りにくいとされる。

 C:PIPC/TAZ 3.375g(4時間で点滴)8時間ごと※

 ※標準とされる3.375g-4.5g 6時間ごとより少なめである。

 O:14日以内のAKI(レベル1、2、3)または死亡は、CFPM群でPIPC/TAZ群に対してオッズ比0.95(信頼区間0.8-1.1)。腎予後と神経予後については下記(%)で、せん妄または昏睡はCFPM群で有意に多かった。

 ※両群とも約80%の患者がVCMを併用された。

                                CFPM群 PIPC/TAZ群

    死亡                        7.6        6.0

    新規腎代替療法         3.3        2.3

    Crの倍加                  1.3        2.4

    せん妄または昏睡       20.8     17.3

 問題:オープン・レーベルであったこと、約半数が感染症ではなかったこと、両群とも3日程度しか抗菌薬を投与されていないこと(よいことではあるが!)、クロスオーバーが約20%あること、尿細管排泄の影響を受けないシスタチンCを用いていないこと、CFPM群はベースから数字上せん妄・昏睡患者が少し多かったこと、などがあげられる。

 また、感染症雑誌のエディトリアル(doi.org/10.1093/ofid/ofad645)が注目したsupplement結果によれば、投与期間が72時間以上、96時間以上に限ったdeath-censored(死亡例を除外した)AKIステージ2は、PIPC/TAZ群でCFPM群の2倍近くみられた。ただし、サブ解析でありランダム化などが保たれているかは保証できない。

 いわゆる「セフェピム脳症」で困ったことのある筆者としては、このスタディで少しでもCFPM一辺倒の傾向が変わるといいなと思ってしまうが、試験名の通り「どんぐり(acorn)の背比べ」の感は否めない。大事なことは、どちらを使うにしても適切なde-escalationを行って曝露を必要最小限にすることだろう。


(出典はこちら


2024/09/14

FGF23アップデート

 FGF23が心肥大を起こす機序が発表されて、はや13年。また、FGF23に対するモノクローナル抗体ブロスマブのX-linked hypophosphatemic ricketsに対する効果が発表されて、はや6年。いま私たちはFGF23についてどれくらい知っているのだろうか。

◇FGF23の作用

 心肥大を起こす機序については、FGF23がFGFR4という心筋細胞の受容体を利用してカルシニューリン/NFATシグナリングを活性化することがわかり、FGFR4をノックアウトするとCKDモデルのラットに心肥大が起らないことが分かった(Cell Metabolism 2015 22 1020)。

 FGF23のモノクローナル抗体をCKDラットに注射すると、FGF23のリン利尿作用まで抑制してしまうため、激しい石灰化と高リン血症が起きて死亡率が増悪する(JCI 2012 122 2543)。しかしFGFR4をターゲットにすれば、選択的に心肥大を抑制できるかもしれない。

 FGF23は心肥大だけでなく炎症も惹起することが分かっている。たとえば、肝細胞のFGFR4を介してIL-6やCRPの産生を(KI 2016 90 985)、マクロファージのFGFR1を介してTNFαの産生を(FEBS Letters 2016 590 53)高める。

 また貧血とも関連することがCRICコホートの解析で分かっている(CJASN 2017 12 1795)。相関はカルシウム、リン、腎機能、炎症などと独立して有意にみられた。鉄欠乏との関連については、後述する。

 FGF23産生元である骨への影響を直接調べることは困難であったが、FGFR1を介して骨前駆細胞(osteoprogenitor cells)の前骨芽細胞(pre-osteoblasts)への分化を抑制することが昨年示された(JCI Insight 2023 8 e156850)。

◇FGF23の調節

 CKDにおいては、FGF23(またはその受容体)を直接ブロックする選択肢がまだないので、間接的にアプローチするしかない。

(出典はJASN 2010 21 1427)

 CaSRアゴニストについては、シナカルセトが血液透析患者においてFGF23濃度を低下させ、心血管系イベント・心不全・心血管系死亡の低下と相関していた(Circulation 2015 132 27)ほか、エテルカルセチドも血液透析患者においてアルファカルシドールに比較してFGF23と左室重量の低下に相関していた(Circ Res 2021 128 1616)。

 リンについては、メタアナリシスでリン吸着薬がおおむねFGF23を低下させることが示された(Ann Palliat Med 2022 1264)が、heterogeneityが大きい。たとえば、炭酸タンランは厳格なリン制限を併用しなければCKD3-4期のFGF23を下げることができない(CJASN 2013 8 1009、IMPROVE-CKDスタディを思い出した方もいるかもしれない)。

 また、鉄含有リン吸着薬は非含有リン吸着薬よりもFGF23を低下させやすい。

 近年、鉄欠乏・炎症・HIFなど、CKD-MBDによらないFGF23の亢進要素が明らかになっている。リン吸着と鉄補充の一石二鳥が狙えるため、鉄含有リン吸着薬、とくにクエン酸第II鉄は2019年にパイロットスタディ(JASN 2019 30 1495)が話題になったほか、日本でも多数の試験が行われている。

◇FGF23の切断

 おおくのホルモンがそうであるように、FGF23は251アミノ残基からなるペプチドであり、決定的に重要なことに、生理活性を持つインタクトFGF23(iFGF23)は179-180アミノ残基で切断される。そして、切断されたC末端のFGF23(cFGF23)は生理活性を持たず、多量にあるとiFGF23の作用を阻害する。

(出典はE & BP 2008 6 68)

 鉄欠乏・炎症・HIFなど、CKD以外のFGF23亢進においては、転写発現と同時に切断も亢進するため、生理活性のあるiFGF23のレベルは低く保たれる。しかし、CKDにおいては切断があまり行われない。

 その理由は・・現在解明中のようだ(Cells 2023 12 609)。転写量が多すぎて切断が間に合わないだけなのかもしれない。FGF23の切断ができないためiFGF23が亢進する遺伝疾患、autosomal dominant hypophosphatemic rickets(ADHR)が、参考になるかもしれない。


 CKD-MBD・鉄欠乏・炎症・HIFはいずれもCKD患者に併存しているため複雑であるが、せっかく同定されたのだから、FGF23(iFGF23、cFGF23)が診療にもっと活かされて、患者の役に立つ日がくるといいなと思う。まずは鉄含有リン吸着薬だろうが、個人的にはFGFR4に対する分子標的治療にも期待している。

(出典はFEBS Letters 2019 593 1879)

2024/09/13

TRANSFORMスタディ

  タクロリムス減量・代替レジメンの代表で、7月に(導入維持それぞれ)紹介したベラタセプトとともに忘れてはいけないのが、mTOR阻害薬である。第一世代のシロリムスはイースター島(現地語でRapa Nui)の土壌から発見されたためRapamycin(商品名Rapamune®)とも呼ばれ、第二世代のエベロリムスはその誘導体である。

出典はWikipedia ”Rapamycin"

 シロリムスが1999年に腎移植に認可された当初は、CNIに取って代わるのではという期待もあったらしい。

 しかし、免疫抑制の有効性においてCNIに劣ることや、蛋白尿(尿細管再吸収の抑制、足細胞傷害、VEGF産生による内皮細胞透過性の亢進などによるとされる)、創傷治癒の遅延(や腎グラフト周囲の液貯留)などの問題がみられたことから、現在その使用は限定的だ。

 とはいえ日本をはじめ地域・施設によってはCNI減量レジメンの第一選択薬であり、その代表的なエビデンスが2018・2019年に発表されたTRANSFORM試験である(それぞれ、JASN 2018 29 1979、Am J Transplant 2019 19 3018)。日本の試験も参加している。PICOは、以下の通りだ。


 P:18歳以上で新規腎移植(生体腎ないし脳死献腎)を受けた42か国の患者2037人。主な除外基準はHLA完全マッチ(双子)、CIT 30時間以上、高拒絶リスク(既知のDSAや高率のHLA抗体)、ドナー・レシピエントのHCV感染※など。

 ※DAAの普及により、現在では問題にならなくなっている。代表的なスタディはTHINKER試験(NEJM 2017 376 2394)。

 I:エベロリムス1.5mg1日2回(目標トラフ3-8ng/ml)+低用量タクロリムス※(目標トラフは移植後0-2か月で4-7、3-6ヵ月で2-5、6か月以降で2-4ng/ml)。

 ※シクロスポリン用のレジメンもあるが、全体の10%程度であったため省略。

 C:MPA/MMF※(0-2週で1440/2000mg分2、それ以降で1080/1500mg分2)+標準タクロリムス(目標トラフは移植後0-2か月で8-12、3-6ヵ月で6-10、6か月以降で5-8ng/ml)。

 ※720/1000mg分2にすることが多いと思われ、少し多い。

 なお、両群ともステロイドを併用し(最低維持量はプレドニゾン5mg/d)、導入免疫抑制は約80%でバシリキシマブ、約15%で抗胸腺免疫グロブリンであった。

 O:主要アウトカムは①生検で証明され治療も要した拒絶、または②eGFR 50ml/min/1.73m2未満。12/24か月の観察期間で、いずれもエベロリムス+低用量タクロリムス群はMPA/MMF+標準タクロリムス群に対して非劣性であった。

 安全性においては、介入群でCMV感染とBK感染が有意に少なかったほか、振戦・不眠(タクロリムス関連)、嘔吐・下痢・白血球減少(MPA/MMF関連)なども少なかった。

 いっぽう、介入群で多かった有害事象は蛋白尿(3.1%の患者が12か月時点で3g/gCr以上)、創傷治癒の遅延、口腔内潰瘍、浮腫など。薬の中断は介入群のほうが多かった。


 というわけで、残念ながらTRANSFORMというほど移植診療を変えるまでには至っていない。

 ただ、創傷治癒の遅延がそこまで多くなかった(リスク比1.22、信頼区間1.01-1.47)ことは移植外科医達への後押しになり、この試験を行った施設(UCSFなど)ではCNI減量レジメンに用いられているようだ。また、CMV・BK感染例においても、目にすることがある。

 筆者はmTOR阻害薬をほぼ使わない施設にいるので、今はBela(ベラタセプト)派であるが、施設が移ったら「エベロリムスを使いましょう、ウイルスに対しては効果があるかもしません。ただし、蛋白尿に注意が必要です」などと説明しているかもしれない。


 それにしても、タクロリムスが筑波の土壌、シロリムスがイースター島の土壌から見つかったというのは興味深い。この二つの土地が特別なのかもしれないし、あなたの地域の土壌にも未知の菌と化合物が眠っているのかもしれない・・?


2024/09/12

輸血とHLA感作

  HLA抗原に感作される機会の代表は、移植、妊娠、輸血である。そして、HLA抗原への感作は移植の障害になる。

 たとえば、家族があなたに移植したくても、あなたが家族のもつHLA抗原に感作されていたら、血漿交換やリツキシマブなどで脱感作しなければならない。あるいは、あなたと適合する別のドナーを探すか、他の患者に対するドナーとのスワップを計画するかだ。

 さらに、献腎移植を待っている場合には、感作されているほど適合ドナーは見つかりにくい。もし感作されたHLA抗原が国民の99%にあるなら、適合ドナーが見つかる確率は100人に1人である。99.99%なら、1万人に1人の確率で、ただ待っていてはとても見つからないので脱感作を行う(99%以下になることはまずないが、それでも確率は何倍以上になる)。

 上にあげた三つのうち、避けられるものなら避けたいのが輸血である。しかし、そもそも輸血にはどれくらい感作への影響があるのか?製剤ごとの違いはあるのか?移植や妊娠に比べてどれくらいリスクがあるのか?輸血時の感作を減らす工夫はないか?・・など、わからずにいた。

 そこへ来て、先日Kidney Internationalにレビューが出た(doi:org/10.1016/j.kint.2024.07.030)。ニッチな領域ではあるが、移植前=保存期CKD+透析医療においても大切な内容であるため、要約して紹介したい。

 1.輸血によるHLA感作のメカニズム

 細胞なのか細胞ではないのか微妙な赤血球だが、HLAクラスI抗原は低レベルながら表面に存在する。また、白血球除去や放射線照射を行った赤血球輸血であっても抗原提示細胞が100%除けるわけではないので、HLAクラスII抗原が含まれる可能性はある。また、白血球には赤血球よりも多くのHLAクラスI抗原が含まれる。

(出典は前掲KIレビュー)

 2.HLAセレクション

 輸血が避けられないなら、HLAを適合させた製剤を選ぶのはどうか?というわけで、輸血製剤のHLAクラスI(腎移植で問題になるA、B)、HLAクラスII(腎移植で問題になるDRと、グラフト予後に影響するとされるDQ)を調べる方法がある。

 国民に多く共有されているHLA抗原ほど感作されたくないので、そうしたHLA抗原ほど避けたい。フルマッチの製剤を見つけるのは難しいが、それでもHLA抗原への感作を減らすことができたという報告がある(NDT 2009 24 2559※)。

 ※移植前にさかんに輸血をおこなっていた時代に、それを戒める目的で行われたスタディである。なお、腎移植ドナーとHLAを合わせたdonor-specific transfusionを行った群では、25%でクロスマッチが陽性になり、移植ができなくなった・・。

 コストとロジスティクスが問題だが、そもそも輸血を行う人たちというのはHLAのプロであり(日本でも、移植施設の多くは赤十字病院である)、high throughputなどのゲノム解析を統一して行うことは可能になってきているという(Blood Adv 2020 4 3495)。

 3.赤血球以外の血液製剤

 ①血小板 

 HLAクラスI抗原を赤血球よりも効率に表出し(12万 v. 550個/細胞)、HLAクラスII抗原を持つ細胞が混入している可能性があるのは赤血球製剤と同じである。血小板輸血を繰り返すことで産生された抗HLAクラスI抗体が血小板を破壊するようになる現象(血小板輸血不応)は血液内科でよく知られているが、腎移植患者に関するデータはない。

 ②血漿

 脱感作の血漿交換時に投与するくらいだし、細胞がないのだからHLA抗原もないのでは?と思われるが、都合の悪いことに可溶性HLA抗原は血漿や血漿由来の血液製剤にも含まれる。その意義はあまり分かっていないが、フロー・クロス・マッチを行った際にはHLA抗体が検出用のビーズ抗原に結合するのを阻害するため、判定量的な抗体値(MFI)が低くなるらしい(Bloos Res 2020 55 91-98)。

 ③免疫グロブリン

 IVIGの抗体のなかには、抗HLA抗体(抗原ではなく)が含まれる可能性がある。しかし、IVIGを脱感作目的に使用したNIH IG02試験(JASN 2004 15 3256)では、IVIG使用による新規抗HLA抗体の報告はなかった。安心してよいだろう。

 4.輸血によるHLA感作の臨床的インパクト

 UNOSの解析によれば(NDT 2016 31 1746)、98%以上感作された患者7145人のうち輸血だけが原因だったのは5%だけだった。前回移植や妊娠の方が影響が大きいのは納得だが、「輸血だけで移植ができなくなる(かなりできにくくなる)」患者がそれだけいるのは大変なことである。

(出典はNDT 2016 31 1746)

  そこまでいかなくても、輸血によるHLA感作は約20%に起きるとされ、そのリスクは経産女性で高く、HLA抗体が陰性の男性で低い(以前は感作されないとすら言われていたがそんなことはないらしい)。

 また、感作後しばらくすれば抗体は検出されなくなるだろうが、記憶に残るので、移植後に出現するドナー特異抗体(DSA)の対象が、じつは何年も前の輸血で感作されたHLA抗原と同じだった・・などということもあり得る。

 5.移植後の輸血

 移植後1年で40%の患者が輸血を受けるというデータもあり(Front Transplant 2023 21215130)、歴史的には、術直後は免疫抑制をしっかり効かせるので、移植腎由来であれ輸血由来であれHLA感作は起きにくいと考えられてきた。しかし、近年そうではないとするエビデンスが蓄積している。

 たとえば、86人の英国移植患者が受けた輸血を提供したドナー244人のHLAを調べたところ、レシピエントの50%に輸血ドナー特異抗体がみつかり、その61%は臓器ドナー特異抗体と共有されていた。

 そして、臓器ドナー特異抗体と輸血ドナー特異抗体が共有された群は、抗体関連拒絶の発症が有意に高く腎予後も不良であった(Am J Transplant 2019 19 1720)。同じ抗原に二度感作されれば、それだけ抗体もできやすいだろう。

出典はAm J transplant 2019 19 1720
(青:共有された群、緑:共有されない群)

 6.解決策

 まず肝心なことは、輸血の必要性を減らすことである。外科領域ではPatient Blood Management(PBM)というイニシアチブが2000年代から提唱され、それは①貧血を見つけて治療する、②失血を最低限にする、③貧血に耐えられるよう患者の生理機能を高める、の3本柱からなる。
 
 腎移植においては、①術前に貧血治療を最適化し、周術期にもしっかり鉄・ESA(HIF-PH阻害薬)を使用する、②セルセーバーを考慮し、抗凝固のバランスを取り、漫然とした採血検査を避ける、③血液希釈を避ける体液管理を行う、などが考えられる。
 
 そのうえで、輸血をするなら必要最小限にとどめ、白血球除去や放射線照射を行い、できればHLAをマッチする。そして、HLAを追跡し、輸血ドナー特異抗体を臓器ドナー特異抗体のように把握できるようにする。


 「輸血も移植」とよく言われるが、ふだんそれをあまり意識することはない。しかし、血液製剤は誰かの献血から作られ、「ドナー」の細胞や体液を受け取っている(IVIGに至っては、海外の誰かであることがほとんどだ)。それを改めて認識した。


2024/09/07

BKウイルス

 つい先日、BKウイルスの診断と治療についての国際コンセンサスが19年ぶりに改訂された(Transplantation 2024 108 1834)!・・と言われても、「何のことやら?」と思う方も多いかもしれない。しかし、腎移植においては一大テーマであるから、少し紹介したい。

 BKウイルスは、JCウイルスなどと同じポリオ―マ・ウイルスの仲間である。なおJCもBKも最初にウイルスが分離された患者のイニシャルで、JCはJohn Cunningham氏であるが、BKの素性はいまだに伏せられている(腎移植患者であったことは分かっている)。

出典はViruses 2017 9 327

 BKウイルスは小児期に不顕性に感染したのち、泌尿器系臓器に潜伏する。しかし、免疫抑制下では再活性化し、出血性膀胱炎、尿管狭窄、BKウイルス関連腎症(BKVAN)などを起こす。ひどい場合、グラフト廃絶に至る。

 BKウイルスの再活性化は、BKウイルス尿症(viuria)→BKウイルス血症(viremiaまたはDNAemia)→腎症の順に起きるとされ、とくにウイルス量が多い(1万copies/ml以上)と腎症のリスクが高い。

出典はCJASN 2007 2(S1) S36

 ウイルス尿症のほうが感度は高いが、特異度は低い。よって極論すれば血液PCR検査で十分である。ただし、PCR検査が困難な場合は、尿中のウイルス感染上皮細胞(decoy cells)を指標にして、それが診られた場合に限りPCR検査を行う方法もある。

出典はWikipedia
 
 BKウイルスについては分かったとして、何が問題なのか?
 
 まずは、診断の困難さである。まず、腎生検でBKVANと拒絶の見分けがつきにくい。ウイルス感染細胞を染色するSV-40抗原はあるが、陽性率は高くない。そのため、染色が陰性でもBKVANを除外できない。逆に、染色が陽性でも拒絶が混在している可能性を否定できない。

 次に、治療の困難さである。BKウイルス感染は免疫抑制の過剰を意味するため、本来ならば免疫抑制を減らさなければならない。しかし、拒絶が混在している(あるいはBKVANではなく拒絶である)場合、治療は免疫抑制薬の増量である!

 減量の方法は施設によって異なるが、antimetablolites(MMFやAZA)を減量する戦略と、CNI(cyclosporineやtacrolimus)を減量する戦略の二つに分かれる。より新しいmTOR阻害薬とbelataceptのレジメンについては、対応は手探りで、十分なデータはない。

 ウイルスは抗ウイルス薬で治療しつつ、拒絶は免疫抑制薬で治療する・・が理想であるが、残念ながらBKウイルスに対する有効性が確立された薬はない。Leflunomide、Cidofovir、Fluoroquinoloneなどは今回の改訂で使わないよう推奨された。

 ただし、中和抗体であるIVIGについては、ないよりはましということで使われることが多く(拒絶にも少し効くかもしれないので)、今回も考慮することが提案された(推奨度はweak、エビデンスレベルはD)。

 他には、新規のposoleucelという細胞薬が開発されている。これはBKV・JCV・アデノウイルス・CMV・EBV・HHV6に免疫を持つ複数ドナーから集めたT細胞をウイルスに感作させて戦う力を高めたものだ。

AlloVirウェブサイトより

 骨髄移植など血液内科領域で開発されたが、腎移植患者にも試され(JASN 2024 35 618)、第2相ではBKVANの発症を予防し、他人のT細胞ながらDSA(ドナー特異抗体)の発症は1例だけであった。第3相でがっかりする可能性もあるが、結果が待たれる。

 今回の改訂はコンセンサスというだけあって、現状の診療を肯定し、未解決な問題を認識し、将来の研究方向性を展望する内容になっている。19年ぶりの改訂のわりに未解決な問題が多いのは残念だが、次はもう少し早く新しい診断と治療のツールが確認されるといいなと思う。