2013/04/29

Secondary response

 日々「学ぶのを止めたら縮む」という恩師の言葉を思い出し戒めているが、最近は米国のみならず日本の先生方から学ぶ恵みもあり、ありがたい事だと一層盛り上がっている。それで先日は、代謝性アルカローシスの呼吸性代償について教わり、かつ二次的に自分でも少し調べる機会を得た。

 まず読んだのは健康な被験者に重曹とethacrynic acidを与えて代謝性アルカローシスを起こし、様々な血中HCO3-濃度における呼吸を調べた研究(Chest 1982 81 296)。被験者の一回換気量が下がりHCO3-が1mEq/lあがるごとにpCO2が0.7mmHgあがるプロットデータが示された。

 どうして一回換気量が下がるのか?諸説あるが呼吸生理のレビュー論文によれば延髄の中枢化学受容体が感知する組織[H+]、頚動脈洞の末梢化学受容体が感知する動脈[H+]が関連しているらしい(Am J Physiol Regul Integr Comp Physiol 2009 296 R1473)。[H+]が低下すれば呼吸ドライブが下がり、[H+]が閾値を越えて下がるとついには化学受容体による呼吸ドライブはなくなる。その閾値は中枢で28nmol/L(pH 7.55)、末梢で34mmol/L(pH 7.46)という。

 末梢化学受容体は酸素分圧も感知しているし、正常pHであれば低酸素は言うまでもなく大変強力な呼吸ドライブだ。しかしこの論文によれば、閾値以下の動脈[H+]は低酸素による呼吸ドライブ刺激をoverrideすると言う。信じがたいが、実際に重度の代謝性アルカローシスに低酸素を合併することはままある(見つけたのはAnn Int Med 1972 77 405、いただいた第一人者によるレビューはAJKD 2011 58 144)。

 それにしても、代謝性アルカローシスが低酸素による呼吸ドライブをoverrideするなんて話を読むと代償のイメージが変わる。もはや「代償」ではなく「アルカローシスの毒が回る」という印象だ。いただいたレビューで「代償」の代わりに「二次性応答(secondary response)」と書いてあったのにも納得した。


2013/04/26

ESRDと認知機能

 先日はTufts大学から先生が来て『慢性腎疾患と認知機能』という講演をした。認知機能低下は、腎に限らず慢性疾患が進行すれば付随するだろう。だからESRDに認知機能低下が潜在していると聞いても驚くことではない。ある透析施設でMMSEを行ったところ、17点以下が8%、18-23点が22%にみられた(AJKD 1997 30 41)。更年期ホルモン療法スタディの再分析で、GFRは年齢や人種をadjustしても認知低下のindependent risk factorだった(AJKD 2005 45 66)。

 どんなメカニズムなのか?詳しくは分からないが、脳血管障害は一つだろう。慢性腎疾患が血管障害をきたす以上、その影響は心血管だけでなく脳血管にも及んでいるはず。あるESRD患者さんを対象にしたcross-sectionalな研究(Neurology 2013 80 471)では、ESRD患者群のexecutive function 低下が見られ(記憶機能は比較的保たれていた)、それにはvascular risk factor(高血圧、糖尿病、心不全など)が強く相関していた。

 透析に関係したリスク因子もあるかもしれない。透析中に血行動態の変化によりmyocardial stunningが起こるように、脳も(auto-regulationがあるとはいえ)影響を受けているかもしれない。ESRD患者群には脳MRIに白質異常や脳萎縮が有意に多く見られたというスタディもある(AJKD 2013 61 271、ただしcross-sectionalで透析導入前との比較がない)。うつ病の影響もあろう(AJKD 2010 56 704)。25-OH Vitamin D欠乏の影響(doi: 10.2215/CJN.10651012)も推察されている。


2013/04/24

A2型

 A抗原のある腎(A型、AB型)を抗A抗体のある患者さん(B型、O型)に移植する、あるいはB抗原のある腎(B型、AB型)を抗B抗体のある患者さん(A型、O型)に移植することをABO不適合移植という。ただしこれにはいくつか付帯事項があり、ひとつはA2型(とA2B型)の腎だ。

 A2型は、H抗原をA抗原に変換する(先っぽのL-fucoseにN-acetylgalactosamineを付ける)A2 transferase活性が弱く、A抗原をあまり細胞膜上に表出できない。だからA2型の腎はBまたはO型で抗A抗体価のひくい患者さんに、A2B型の腎はB型で抗A抗体価のひくい患者さんに、血漿交換もrituximabもなく移植できる。

 それ自体はずっと前から知られており、成績はABO適合移植とそれほど変わらないらしい(Transplantation 1998 65 256)。しかしUNOSはA2型とA2B型腎の取り扱いを各移植施設に任せているのでまだまだこの組み合わせは少なく(Transplantation 2010 89 1396)、O型とB型の移植待ち時間を短縮させるためにも全国レベルで実施すべきと言う人もいる(Clin Transplant 2012 26 489)。

 ただし、A2型はアジア系に大変稀だ。A2型は0%という論文もある(AJT 2007 7 1181の表3、ただし出典がない)し、A型の1/500-1/1000という話もある。B型の患者さん(B型はAfrican AmericanとAsianに多い)が欧米で他ethnicityのドナーから腎移植を受ける時には関係あるだろう。


[2020年6月16日追記]A2型・A2B型の腎グラフトを生体移植されたO型・B型レシピエントを追跡したところ、グラフト生存率は思っているより低かったという報告が、アメリカ移植会議(American Transplant Congress、ATC)で発表された。




 報告は、米国の移植レジストリーSRTRに登録された、2000年から2018年までに304年のA2不適合生体腎移植について、A2適合群とグラフト生存率を比べたところ、原因を問わないグラフト生存率は不適合群よりも低かった(HR 1.30、患者死亡例を除外するとHR 1.60。pはそれぞれ0.04と0.004)。




 ではどうするか?グラフト生存率は低かったが患者生存率は遜色なかった(1・5・10年生存率は不適合群で99・93・79%なのに対して、適合群では98・92・79%)ので、「やむなし」と考える方もいるかもしれない。




 しかしPKD(paired kidney donation、こちらも参照)をすれば、A2型もA型のように適合させられるかもしれない。報告したジョンス・ホプキンス大学のチームはそれを推奨している。

 あるいは、A2型もA型のように免疫抑制や血漿交換の前処置をするかどうか。グラフト機能低下がA2不適合による免疫的機序なのだとすれば、現状の「前処置なしで安全に移植できる(Kidney Res Clin Pract 2015 34 170)」から「少しはやってもよい」に変わっていくかもしれない。


 なお、この発表は本来ならば、5月31日ののポスター・セッションC、「Kidney Living Donor: Selection」53番目の予定だったが(こちらも参照)、完全バーチャルとなった。今年は米国腎臓学会もバーチャルで、8月延期の日本腎臓学会も大半がバーチャル。残念ではあるが、貴重な学びの機会と前向きにとらえたい。



ジャミロクワイ『ヴァーチュアル・インサニティ』
(出典はこちら




2013/04/22

Ctrl and (+ or =)

 腎臓内科は他科より化学式を書く機会がずっと多いから、文章にsuperscript(上付き、たとえばNa+の「+」)とsubscript(下付き、たとえばCO2の「2」)を多用する。書式を変更したい箇所を選択して右クリックし、フォントウィンドウを開け「上付き」「下付き」のチェックボックスをクリックするのが手間だったが、新しい方法を発見した。
 もう多くの人に知られているかもしれないが、Ctrlと「+」で上付き、Ctrlと「=」で下付きだ。日本語キーボードは「+」も「=」もキー上段にあるからShiftを押す。英語キーボードは「+」と「=」が右上端キー(Backspaceの隣)に同居しているから、「+」はShiftを押すが「=」は押さなくてよい。

2013/04/19

Shakespeareと膜性腎症

 膜性腎症には感染症・自己免疫疾患・悪性腫瘍・薬剤などさまざまな要因があるが、syphilisのことは知らなかった。Syphilisは第二病期、発熱や発疹などと共に腎疾患を起こす。それは一過性の蛋白尿から、MCD(minimal change disease)、MN(膜性腎症)、MPGN、RPGNまで様々らしい(JASN 1993 3 1351)。

 Shypilis関連の糸球体腎症では膜性腎症がもっとも多い(膜性腎症のなかでのsyphilis関連は稀だが)。RPRを調べてみたら陽性で、抗生剤を始めたらすぐ寛解したという例も多く、「稀だけど覚えておこう」と各種雑誌にいくつも教育記事(KI 2011 79 924、AJKD 2010 55 386)が載っている。

 という内容を、内科レジデントがこないだRenal Grand Roundで発表してくれた。それで、少し文献を調べてみると、Shakespeareとsyphilis、さらに膜性腎症についての論文に出会った(CID 2005 40 399)。この話、感染症関係者にはすでに常識かもしれないが、私は初めて読んだので書く。

 SyphilisはColombusの航海により旧世界にもたらされ、15世紀末から16世紀初頭にかけ一気に伝播した。ShakespeareはStratfordで18歳のときに26歳の妻Anneと結婚しているが、単身Londonに来るまでには結婚は有名無実化し女性関係は派手だったらしい。さらに彼の文章にはsyphilisの症状を思わせる描写が同時代作家に比べ格段に多く、彼自身がsyphilisに罹っていたのではないかと考えられている。

 Syphilis治療は抗生剤が発見されるまで砒素とかマラリア重感染とか怪しいのが散々試されたが、Shakespeareの時代は水銀と高温療法だった。それで、Shakespeareが晩年持った神経・精神症状は水銀中毒も関係しているといわれる(アルコールもあるが)。さらに、晩年のShakespeareは顔が腫れていたらしく、水銀による膜性腎症を疑う人もいる。 

2013/04/17

mg/dLの由来

 ヨーロッパがSI単位系を採用したので、医学雑誌でもmg/dLとmmol/Lの併記をよく見る。しかし今までなぜmg/dLだったのか?その謎にふと気づいた。要するに、mg/dLは水溶液の%にゆるく依拠した単位なのだ。100gの水に1g溶質がはいった水溶液は、1%(厳密には1/101で0.99%)。100gの水は、だいたい100mL(1dL)。だからアルブミンが4g/dLといえばそれは約4%というわけ。だから人によってはmg/dLの代わりにmg%と書く人もいる(ドイツが伝統的にそうだったらしい)。

2013/04/15

CRRTと抗凝固

 ある日ICUで回診しているとトントンと肩をたたかれ、振り向くと深刻な表情のpharmacist。またか…これだけで何のことだか分かる。CVVHDFを回すのに必要な静注薬の不足だ。静注薬は儲けが少ないため製薬会社が生産をどんどんやめ、需要と供給のミスマッチがすぐ起こる。既にリンと重炭酸が不足し、持続透析液と置換液バッグにこれらを添加できない(重炭酸はdefaultで入っているが)。
 今度はcalcium chlorideがないという、これは困った。というのもうちはcalcium freeの透析・置換液を用いてフィルター後にカルシウムを流すシステムだからだ。緊急追加オーダーしたけれど全国的な不足のため来る保証がないという。院内にある全てのをcalcium chlorideをかき集め、regional citrate(フィルター前にクエン酸を流しCa2+をキレートする抗凝固、そのぶんフィルター後に多くのカルシウムが要る)を止めても数日…。
 幸いどこからかcalcium chlorideが届いたが、その後も不足が頻回起こり、calcium gluconateに変えても同じことになった。それで、安定して治療できるようにcalciumを含む透析・置換液を使うことにした。足りないのはカルシウム元素ではなく静注カルシウム製剤だからこれで不足に悩まされまい(たぶん)。しかしそれではregional citrateが使えない、systemic heparinを避けたい人はどうするのか?
 CRRTの抗凝固はさまざまあるが(Semin Dial 2006 19 311)、ここではsystemic heparin、regional citrateとpre-dilutionを併用している。だから、systemic heparinもregional citrateも使えなければpre-dilution、置換液を増やす。Nafamostatはここにはない。Regional heparin(フィルタ前にヘパリン、フィルタ後にプロタミンを流してフィルタ後と患者さんのaPTTをモニタする)は、やったことないが理論上有効かと思う。

2013/04/13

Acute phosphate nephropathy

 大腸カメラ前のbowel prepに用いられるOSP(oral sodium phosphate)は、内服直後に血中リン濃度が8-10mg/dlに達するほど急激に上がることがあり(Gastrointest Endosc 1996 43 467)、高齢者や心不全、腎不全のある場合などで特にAKIを起こすと言われている。FDAはすでに高リスク群に使用を控えるよう勧告しているし、これはもう広く受け入れられた事実と思っていた。だから、ポジティブ(JASN 2007 18 3192)、ネガティブ(JASN 2007 18 3199)など様々なスタディあり、systematic reviewで相関がそれほど強くなかった(AJKD 2009 53 448)のは知らなかった。

2013/04/12

AVF and HOHF

 AV fistula(以下AVF)はシャントだから、理論上SVRが下がってhigh-output heart failureになりうる。HHT(hereditary hemorrhagic telangiectasia、別名Osler-Weber-Rendu病)でAVMから毛細血管レベルまで幅広くシャントが起こり心不全に至ることがあるのと同じ病態だ。SVRが下がればeffective arterial blood volumeが下がり、交感神経系の亢進や腎血流低下によるRAA系の亢進などによって心臓が疲れてしまう(QJM 2009 102 235)。

 「理論上」とあるようにAVFの患者さんが皆心不全になるわけではなく、シャント流量が多い例やもともと心不全がある例がハイリスクとされている(Semin Nephrol 2012 32 551)。あるスタディではシャント流量とCOは比例し、2L/minを越える例はほとんどが症候性の心不全だったという(NDT 2008 23 282)。

 流量を下げたら心不全が良くなったという報告もある(Semin Dial 2007 20 68)。高流量のAVFはたいてい上腕にあるので、彼らは元ある吻合を解いて上腕の静脈をPTFEで延長してより遠位の橈骨動脈につないだわけ。いい話だが、実際にはAVFを閉じてカテーテルかPDに移行しなけれないこともあるし、症候性の心不全患者にははじめからHDより治療中の血行動態変化が少ないPDを薦める向きもある(前掲Semin Nephrol 2012 32 551)。

2013/04/08

IgAN

 IgA腎症は米国でどう教えられているか。ここでは誰をいつどのように治療するかについて書く。IgA腎症は非常にheterogeneityがあって、ほとんど何も起こらない群から腎廃絶に至る群まで幅広いのは周知の事実だ。それでrisk stratificationが様々に試みられている。

 日本のグループが発表した多変数解析によるスコアリングも紹介され、一定の評価を受けている(NDT 2009 24 3068)。数あるリスク因子のなかでも、こちらの臨床では蛋白尿とGFR低下と高血圧が重要と考えられ(AJKD 2012 59 865)、KDIGOもそう言う。

 蛋白尿は、1g/dを越えるとリスクが増悪するというデータ(JASN 2007 18 3177)がありKDIGOにも採用されている。この論文では、治療に反応して蛋白尿が減少する限り、たとえ治療後の蛋白尿が3g/d以上であっても腎予後は良いというencouragingな結果がでた。

 もう一つのrisk stratificationはOxford criteriaと呼ばれる病理分類で、MEST(mesangial proliferation、endocapillary proliferation、glomerular sclerosis、tubular atrophy)の四項目からなる。しかしこれは今ひとつvalidateされておらず(KI 2011 80 310)、KDIGOも薦めていない。

 治療方針は低リスク、中等度リスク、RPGNないしcrescenticによって異なる(アルゴリズムはJASN 2011 22 1785)。しかしよいエビデンスがないので、KDIGOガイドラインでもレベル1の治療はACEI/ARBだけだ。

 CorticosteroidはACEI/ARB等支持療法の不応例(で、かつRPGNやcresenticでない)に推奨される(エビデンスレベル2C…)。Pozzi(Lancet 1999 353 883、パルスとprednisone)とManno(NDT 2009 24 3694、prednisone 1mg/kg/dを漸減)、二つのレジメンがよく用いられる。

 Cyclophosphamideとステロイドの併用はRPGN、cresentic例に推奨される。進行性のIgA腎症(Crが1.5-2.8mg/dl)について腎機能を驚異的に保存した小さなスタディのレジメンが用いられる(JASN 2002 13 142Ballardie protocolとも呼ばれる)。ループス腎炎と違い、MMFは成績が良くなくてKDIGOもsuggest not using MMFという。

 その他の治療としてfish oil(KDIGOはレベル2Dで不応例にsuggest using)、抗血小板薬(レベル2Cでsuggest not using)、扁摘(レベル2Cでsuggest not using)などがある。Rituximabの治験もある(NCT00498368)が、リクルートがうまく行っていないという噂だ。

2013/04/06

Canagliflozin 2/2

 今のところSGLT2阻害薬が認可されている(SGLT1阻害薬も開発されているが)。SGLT2は腎が主な発現場所(脳や肝臓にもあるが)で、これに異常があると腎性尿糖になるが、患者さんに大したことは起こらない(子供のおねしょという話もあるが)。一方SGLT1は腸管での発現がメインで、これが異常だと吸収不良で下痢になる。

 SGLT2阻害剤の良い点は、血糖が下がり、体重も減ること(カロリーを捨てているから)。多量の尿糖により血糖が下がれば尿中に捨てられる糖も減るので、低血糖が起こりにくいかもしれない。さらに尿糖により浸透圧利尿がかかり、尿細管流量の増加を感知したmacula densaがTGフィードバックによりGFRを下げて早期糖尿病性腎症のhyperfiltrationを緩和するかもしれない。

 心配な点は、尿路感染症、カンジダ症、体液量減少による低血圧、腎機能がよくないと効かないかもしれない、膀胱上皮が長期グルコースに曝され続けることによるがん化リスクなど。Systematic reviewによれば感染症は有意に多かったが軽度だった(BMJ Open 2012 2 e001)。血圧低下は、むしろ効能と考えられているようだ。

 がん化リスクは先行薬dapagliflozinのFDA認可が見送られた主な理由だが、detection biasと言われている。腎機能についてはGFR 30-50のCKD 患者に半年試したデータがあり、効いていた(doi:10.1111/dom.12090)。GFRが最初の三週間で3-4ml/min/1.73m2下がったが、以後はそのままで経過した。


[2020年10月6日追記]上述のSGLT2遺伝子異常は、原発性腎性尿糖(primary renal glucosuria、OMIM 233100)と呼ばれる。表現型によってグルコース再吸収障害には差があるが、1987年には再吸収がまったくない症例が「0型」として報告された(Clin Nephrol 1987 27 157)。

 11歳男児だった症例は、1歳からの湿疹、持続する夜尿・頻尿・多飲などあり、調べると1日109-141gのグルコース排泄がみられた。さらに調べると、SGLT2遺伝子に5塩基欠損(973-977、ATGTT、エキソン8内)をホモで持っていた(両親ともヘテロ;遠い親戚にあたる)。

 尿糖のほかには蛋白尿やアミノ酸尿もなく、腎機能や電解質も正常であった。ただし、身長はひくく、性的成熟(pubertal development)は遅れていたという。

 その後、どうなったか?

 20年後の報告(NDT 2004 19 2394)によれば、身長は175cmにのびた(ドイツ人男性の平均からすれば25パーセンタイル)が、性的成熟については記載がなかった。湿疹は、変わらずみられた。尿糖は持続し、日々3-5Lの水分を飲んでいたが、血糖は正常で、体重は74kg(BMIは24)。血圧は125/85mmHgであった。

 また尿糖以外の腎機能については、血清クレアチニンが0.6mg/dlで、血清電解質異常はなかった。なお、蛋白尿は陰性であったが尿電解質のなかでは尿Ca/Cr比がたかかった(1.07mmol/mmol、正常は0.57未満)。

 
ところで、〇〇阻害薬がでると、「〇〇遺伝子がまったくなかったら、どうなるの?」と考えたくなるものである(たとえばPCSK9遺伝子など)。

Canagliflozin 1/2

 腎臓内科の教科書Brennerを読んで有機溶質の再吸収/分泌について勉強していた矢先、FDAがcanagliflozin(Invokana®)を認可した。これは近位尿細管にあるNa+とグルコースのco-transporter、SGLT2を阻害する腎臓生理学をうまく利用した薬だ。製薬業界と糖尿病関係者にはすでによく知られており、他でも上手に説明されているが、私なりに書く。

 糸球体ろ過によってグルコースがサケの遡上のごとく大量に流れてきて、近位尿細管はこれを一匹残らず回収するよう命じられている。それは古代より生命にとってグルコースが貴重なエネルギー源で、グルコースを捨てなければならない状況(高血糖)など滅多になかったからだ。

 そのために、近位尿細管細胞の内腔側には二種類のトランスポーターが用意されている。SGLT2は最初にグルコースをごっそり回収するのが役目で、いわば網。SGLT1は残りを拾い集めるのが役目で、いわば釣り。どちらもNa+-K+-ATPaseによってうまれた細胞内の陰性電位を利用している。間質側へはGLUT1とGLUT2から運ばれる。

 このシステムのおかげで、尿細管に届くグルコース量が400mg/min/1.73m2近くにならない限り、尿中に貴重な燃料である糖が捨てられることはない(CJASN 2010 5 133)。しかし血糖を下げたい場合、このシステムは邪魔だ。だからブロックしてはどうかと言うわけ。さてSGLT1、SGLT2、どちらをブロックしよう?つづく。


2013/04/04

尿細管分泌 2/2

 1970年代初頭、米国カンザスにあるJJ Granthamの実験室では利尿剤がいかに尿細管の再吸収を阻害するかを調べていた。そのnegative controlにPAHを用いると、それまで再吸収していたウサギの近位尿細管が再吸収をやめ、なんと内腔側に体液を分泌し始めた。

 近位尿細管が体液分泌なんて誰も信じるわけがない、と再検を繰り返すが結果は同じ。1mmol/LのPAHを添加された尿細管はそれを39mmol/Lに濃縮し、内腔に0.1ナノリットル/min/尿細管mmの体液を分泌した。これは腎全体にして一日1リットルに相当するという(JCI 1973 52 2441)。

 近位尿細管だけではない。水と塩を再吸収するために授けられたはずの遠位ネフロンも、cAMPを添加するとNa+Cl-が豊富な体液を排泄する(Am J Physiol Renal Physiol 2001 280 1019)。これは腎臓にあるが役割は謎とされるCl-チャネル、CFTRを介しているかもしれない(Am J Physiol 1995 269 C683)。これらは何を意味するのだろうか。

 一日数リットルの尿細管分泌は、一日180リットルの糸球体ろ過に比べればごく微量だ。しかし、GFRが低下した時には尿細管分泌の相対的な役割が大きくなるのではないか?これを、糸球体を捨てた海水魚の腎臓に喩えて「ネフロンの海帰り」と呼ぶ人もいる(Am J Physiol Renal Physial 2002 282 F1)。

 GFRがほとんどないのに尿のある透析患者さんが、ない患者さんに比べて予後が良いことはCANUSA(JASN 2001 12 2158)はじめさまざまなスタディで示されているが、その差はいくら透析の効率を上げても補えない(KI 2006 69 1726)。

 Volume、EPO、リン排泄など色々言われているが、尿細管による有機溶質の排泄も理由の一つかもしれない。Uremic toxinの多くは有機溶質だが、これらはタンパク結合率が高く透析でなかなか除去できない。残存尿細管機能のある患者さんは、これらの毒素がたまりにくいのかもしれない(FSEB J 2011 25 1781)。

 CKDモデルラットの腎臓に有機陰イオンのトランスポーターOATPを過剰発現させると血圧が下がり、心肥大が緩和し、腎炎症マーカーが低減したというデータもある(JASN 2009 20 2546)。原始腎から伝わる尿細管分泌能のさらなる研究が、CKD・ESRD患者さんを救うカギになるかもしれない。

2013/04/02

尿細管分泌 1/2

 20世紀前半にmicropunctureなどにより糸球体ろ過/尿細管再吸収を中心にネフロンの機能が解明されていった。糸球体ろ過/尿細管再吸収は進化の頂点にある驚異的に洗練されたデザインだ。それにしても世界中どこのエンジニアが、体液を浄化するのにそのすべてをいったん外に出して、必要なものを再吸収してからまた体内に戻すことで老廃物を除くなんてシステムを考えつくだろうか(Homer Smithの"From Fish to Philosopher"より)?

 そんな魅力的なシステム、糸球体ろ過/尿細管再吸収の研究が進むあいだに尿細管分泌の研究は脇におかれた。尿細管分泌の研究者は自分達を「異端者(heretics)」と呼んでいるほどだ。しかし今回はそんな彼らにスポットを当てて、腎の分泌メカニズム、そしてその今日的な意義について書いてみたい。

 毒物など身体から積極的に除去したい物質は、尿細管分泌が糸球体ろ過を補って毒物が血液が腎臓を一回通過するだけでほぼ100%除去できるようになっている。Homer Smithが1945年にPAHを用いて実験し(JCI 1945 24 388)、JJ Granthamにより有機溶質が近位尿細管で分泌され、その輸送はNa+-K+-ATPaseとリンクしていることがわかった(Physiol Rev 1976 56 248)。

 その後、有機陽イオン分泌については、OCT、MATE(陽イオン/H+ exchanger)などの輸送タンパクが見つかった。有機陰イオン分泌についてはNaDC(3Na+-R(COO-)2トランスポーター)、OAT、OATPなどが見つかった。こちらは、NaDCによってNa+-K+-ATPaseの電位差でα-ketoglutarateの勾配が生じ、それによりOATがα-ketoglutarateと有機陰イオンをexchangeしている。

 なお、抗体がDNA再構成によって無限の抗原に対応しているのと対照的に、尿細管分泌に関わるトランスポーターは特異性がものすごく広い。除去したい物質のリストなど無限だし、未知の有害物質(薬とか)もあるのに、腎臓は数種類のトランスポーターだけで除去物質を何でもかんでも認識している。この仕組みはまだ分かっていない。

 とまあ、ここまでは教科書にも載っている正統的な知識だ。さあここから、いまだ少数派にしか受け入れられていないことを書こう。その内容とは?つづく。