2019/12/27

印象派インターベンショナリスト

 ひだり前腕内シャントで血液透析を行う60歳女性が、シャント閉塞後に来院。マッサージで血流は再開するも、診察すると吻合部静脈側に狭窄がみられ、吻合部は瘤を形成していた。同部のシャント造影所見は、下記。





 PTAを試みるため、肘部のシャント本幹から逆行性に(末梢側に向かって)ガイドワイヤーを進めたが、下記のように末梢側の橈骨動脈にしか入らない。




Q:どうしますか?

 
 ガイドワイヤーの先端を指先において、吻合部静脈側の狭窄部を拡張する方法もあるが、作業の最中に抜けたり末梢の動脈を損傷したりするリスクを考えると、やはりガイドワイヤーは中枢側の橈骨動脈に通したい。

 しかし、ガイドワイヤーは(下図のように)急には曲がれない。




 そのため、下図のようなアウトコースを通って中枢側の橈骨動脈入口にアプローチせざるを得ない。




 ここから、下図赤マルの部分にガイドワイヤー先端を引っ掛けられればよいのだが・・。




 引っかからないと、物別れに終ってしまう。




 クルクル頑張ったが、引っ掛からない。いたずらに時間を費やして、患者負担と放射線被爆を増やすわけにもいかない。引っ掛けるための別の方法はないか?と考えて、「ワイヤーの先端にもっと角度があれば」と思いついた(下図)。 



 
 といっても、IVRやPCIにくらべて「質素な」シャントPTAでは、下記のように豊富なバリエーションのワイヤーがゴルフクラブのようにストックされているわけではない。


(出典はこちら

 
 それでもワイヤー棚を探すと、なんとか「先端のアングルを自分で変えられる」ものが見つかり、それを使って事なきを得た。




 「先端のアングルを変えられる」ワイヤーは、IVRやPCIをなさる方には常識だろうが、腎臓内科だと知らない方もおおいだろう(正直、筆者は知らなかった)。あると、時には役に立つし、使って引っ掛かると、嬉しい。


* * *


 米国家庭医・医学教育者のリチャード・コルガン著『医のアート ヒーラーへのアドバイス(邦訳は2019年、筆者による)』に、以下の一節がある。 


 印象的な出来事であっても、書き残しておかなければ、時が経つにつれて色褪せ、結局は忘れられてしまう。しかし心に残った経験を書き留めておけば、その後いつまででもその出来事を思い出せるだけでなく、当時の自分に再会してその頃あった人生の出来事までも回想できる。こうした思い出は、人生における真の宝物であり、落ち込んだ時やつらいときには元気づけてくれるし、押し流されそうな時には原点に引き戻してくれるだろう。 


 今年も残りわずかだが、来年も印象に残った出来事は書き残しておきたい。それがいつかどこかであなたの何かを豊かにしたならば、幸いである(写真は山梨・静岡県道71号線)。



(今年71件目の投稿!来年もよろしくおねがいします)

2019/12/25

僕たちのMGRS 4/6 (病理)

 前回の投稿から期間が空いてしまったが、今回はそれぞれの病理像について話していこうと思う。前回は分類について話したので再度参考にしていただきたい。

 まず、病理で大事なことは

MGRSの病理はパラプロテイン関連腎症の病理である

 という概念を認識しておく必要がある。つまり、パラプロテイン関連腎症の病理の復習ということになる。これに関しては順次詳細部分は各論をUPしていきたいと思う。

 そもそもパラプロテインとはクローン性のB細胞や形質細胞から産生された


  • 単クローン性免疫グロブリン
  • 不完全な単クローン性免疫グロブリン(軽鎖のみ、重鎖のみ(まれ)、免疫グロブリンの断片など)


 である。

 MGRSの分類で前述したように


  1. クローン性免疫グロブリンが沈着をするか否か。
  2. 沈着する場合にはOrganized(まとまって)かNon-organizedなのか。


 を考える。

 Organizedに沈着する場合に、細線維状構造に沈着するのをfibrillar deposit、微小管構造で沈着するのをmicrotubular deposit、結晶状に沈着するのをcrystal depositとわけている(下表参照)。


分類


 最初に、全体像を把握するために全体の病理像をまとめた表を提示する。時間がない方はコレを見てもらうだけでもいいかもしれない。




 また、全体像の病理の図も示す。病理の像に関しても時間がなければコレを見ていただくだけでいいかもしれない。


Nature review nephro 2018


 では、各論にうつろうと思う。まず、Organized depositの疾患から考えてみる。Organized depositの中で、fibrillar deposit、microtubular deposit、crystal depositの電顕所見は下図のようになる。沈着物によって大きさが違うことがわかっていただけると思う。


Up to date 「MGRSの診断と治療」より、Samih H Nasr, MDの提供
A:fibrillar deposit、B:tubular deposit、C:crystal deposit


 そして、その沈着物によって疾患が分類される。


  • Fibrillar deposit: Amyloidosis(AL,AH)・fibrillary GN
  • Microtubular deposit: Cryoglobulinemia・イムノタクトイド腎症
  • Crystal deposit: LCPT・CSH・クリスタログロブリン腎症


 ここからは、それぞれの病理像を簡単に解説をしていく。

■Organized depositに関しては

・ALアミロイドーシスはCongo red染色陽性で、


Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e43-e45より引用


 光顕でメサンギウムへの沈着によりメサンギウム肥厚、血管病変を認める。


メサンギウム領域や血管などにアミロイド沈着を認めている。
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e43-e45より引用


 免疫蛍光染色ではλ>κが優位


免疫蛍光染色でκ陰性、λ陽性
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e43-e45より引用


 電顕では8-10mmの分岐のない針状細線維の沈着
 沈着部位は糸球体、血管、尿細管すべて


メサンギウム領域や血管にアミロイド沈着を認める。直径10-12mm程度
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e43-e45より引用

上図沈着の拡大(10-12mm)
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e43-e45より引用


・Fibrillary GNはCongo red染色陰性で、光顕では様々なパターン(メサンギウム増殖性、膜性増殖性、膜性GN)


細胞性半月体を伴っている。
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e27-e28より引用

中等度のメサンギウム領域の拡張、一部基底膜の二重化
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e27-e28より引用


 免疫蛍光染色ではIgGが優位に沈着(IgG4が多い)、κ>λが優位


IgGが優位に沈着
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e27-e28より引用


 電顕では12-22mmの分岐のない針状細線維の沈着


メサンギウム領域や基底膜領域に細線維の沈着
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e27-e28より引用

12-22nmの細線維の沈着を認める。
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e27-e28より引用


・Immunotactoid GNは、Congo red染色陰性で、光顕では様々なパターン(メサンギウム増殖性、膜性増殖性、膜性のGN)


銀染色で、糸球体基底膜の分裂とメサンギウム基質の増加を伴う、膜性増殖性パターン
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e29-e30より引用


 免疫蛍光染色ではIgGかIgM優位に沈着(IgGではIgG1が多い)、κ>λが優位


IgG染色、メサンギウム領域や毛細血管係蹄に陽性
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e29-e30より引用


 電顕では、30-50mmの数本まとまった微細管状の沈着


直径35nm程度の沈着が認められる。
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e29-e30より引用


・CryoglobulonemiaはCongo red染色陰性で、光顕では膜性増殖性GNパターン、巣状硬化病変


PAS染色、膜性増殖性腎炎像、係蹄壁に濃いPAS陽性所見
Am J Kidney Dis. 2016;67(2):e5-e7より引用


 免疫蛍光染色ではIgM優位に沈着、κ>λが優位


IgM染色、メサンギウム領域や係蹄壁に染色を認める。
Am J Kidney Dis. 2016;67(2):e5-e7より引用


 電顕では、30-100mmの2本1対の湾曲した微細管状の沈着


虫のような短い沈着物を内皮下に認める。
Am J Kidney Dis. 2016;67(2):e5-e7より引用


・LCPTは、光顕では近位尿細管の萎縮、脱分化、細胞質の膨化


細胞質内の結晶沈着物を近位尿細管に認める。
Am J Kidney Dis. 2016;67(2):e9-e10より引用


 免疫蛍光染色では軽鎖のκかλが陽性


A:κ染色、B:λ染色 近位尿細管にκ陽性所見
Am J Kidney Dis. 2016;67(2):e9-e10より引用


 電顕では軽鎖のまとまりのない蓄積


近位尿細管上皮の細胞質内の結晶沈着を認める。
Am J Kidney Dis. 2016;67(2):e9-e10より引用


・Crystal Storing Histiocytosisは、光顕では係蹄壁に沿って結晶沈着所見


係蹄壁にそって結晶沈着所見を認める。
Ann Diagn Pathol.
 2019 Dec;43:151403より引用


 免疫蛍光染色では軽鎖 κが粒状に係蹄壁に沿って陽性


左がκ、中央がλ κ陽性
Ann Diagn Pathol.
 2019 Dec;43:151403より引用


 電顕では貪食細胞(foam cellやマクロファージ)による細胞液胞を認める


貪食細胞に伴う細胞液胞あり
Ann Diagn Pathol.
 2019 Dec;43:151403より引用


■Non-organized(沈着物が細顆粒状)に関しては

・MIDDは軽鎖沈着症(LCDD)、軽鎖重鎖沈着症(LHCDD)、重鎖沈着症(HCDD)の3病型がある。光顕では糖尿病性腎症に似る結節性糸球体硬化症所見、巣状硬化病変


LCDD:糖尿病性腎症様の結節性病変を認める(マッソン染色)
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e47-e48より引用


 免疫蛍光染色ではLCDDではκ>λが優位に沈着、LHCDDでは軽鎖と重鎖が沈着、HCDDでは重鎖が沈着


LCDD:κ鎖の沈着をメサンギウム、係蹄壁、尿細管基底膜に認める。
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e47-e48より引用


 電顕では、糸球体基底膜内から内皮下に連続性帯状に分布する微細顆粒状沈着


LCDD:糸球体内皮に粒状のまとまりのない沈着物を認める。
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e47-e48より引用

内皮に粒状のまとまりのない沈着物を認める。
Am J Kidney Dis. 2015;66(6):e47-e48より引用


・PGNMIDは、光顕では膜性増殖性GNパターン、メサンギウム増殖を伴った糸球体基底膜の二重化所見





 免疫蛍光染色ではびまん性の軽鎖沈着、IgG3陽性でκ鎖陽性である場合が多い。


メサンギウム領域や係蹄壁にIgG3に沈着する。
Am J Kidney Dis. 2016;67(3):e13-e15より引用 

軽鎖ではκ優位に沈着


 電顕では、主には内皮下沈着、まれだが上皮化沈着(微細顆粒状構造)


メサンギウム領域や内皮下に沈着物所見あり
Am J Kidney Dis. 2016;67(3):e13-e15より引用 


■MIg沈着がないタイプでは

 C3腎症+Monoclonal gammopathyがある。病理所見は、光顕ではメサンギウム増殖を認める膜性増殖性GNパターン


膜性増殖性パターンでメサンギウム細胞増加あり
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e25-e26より引用


 免疫蛍光染色では顆粒状のC3似の優位な沈着(糸球体基底膜内、メサンギウム領域)


メサンギウム領域や基底膜でのC3沈着所見あり。
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e25-e26より引用


 電顕では、糸球体基底膜内に連続性高電子密度病変を認めるが、DDDよりも密度は低い


内皮下への沈着所見を認める
Am J Kidney Dis. 2015;66(4):e25-e26より引用


 詳細な各論に関しては随時更新をしていこうと思う。まずは、簡単に概念を理解して頂ければと思う。

 次回はMGRSの診断について記載していく。


今日はクリスマス。僕たちからのプレゼント投稿です!

2019/12/05

片腎患者さんの診療を考えてみる(とくにRAA系阻害薬使用に関して)。

みなさんの外来にも片腎で腎機能のフォローを行いながら経過を見ている人はいるだろうか?
先日私の外来にもそんな患者さんがいらっしゃった。片腎で高血圧の患者さんである。
みなさんは、どのように考え血圧の管理をしていくだろうか?

■片腎について
まず、片腎になる理由として先天性のものと後天的に腎臓を取らざる負えない状況(悪性腫瘍、外傷、腎移植での腎提供、生検後の出血)がある。
先天性のものに関しては透析などの腎代替療法が必要になる割合として小児期に40%、成人後は0.6%と言われている。
CAKUT(以前ブログで説明)は様々な重症度にわけられるが、腎の無形成と膀胱尿管逆流症は小児期の腎不全の原因の最多である。

■代償に関して
片腎に伴い、残った腎臓の代償がはたらく。
下図に示したように、腎臓の糸球体や尿細管のサイズにかんしては変化は乏しくネフロンの数が倍増する。また、皮質の肥大化を生じる。

片腎になったあとは1ヶ月以内に残腎の血流量が増え腎肥大が生じる。
生体腎腎移植ドナーの場合を考えてみよう。ドナーは片腎をレシピエントに提供する。
生体腎移植ドナーでは残った腎臓に代償がはたらく。先に述べたような代償機構は特に腎臓にとってリスクがないのかというと、腎臓が突然なくなる場合に残った腎への過剰濾過が生じ、糸球体硬化前の病理像を示したり、腎組織の進行性のダメージをあたえる。そのため、CKDやESRDになるリスクが高くなる(JAMA2014KI2014)。

■RAA系は重要?
胎生期において腎の血管のコントロール、適切な塩分・水分のコントロール、腎臓の発達に非常に重要(Pediatr Nephrol 2014)。 また、RAA系は障害性サイトカインや成長因子など腎ダメージの進展との関連がある。
片腎においても腎機能維持のためにRAA系は非常に重要である。

■その点でRAA系阻害薬の使用は推奨されるのか?
RAA系の使用が先天性or後天性片腎の患者さんのGFR低下に有効に働くかに関して、一部で研究はされているが、はっきりとしてはいない。しかし、腎保護効果はあると考えられている。
・子供にとってAngiotensinⅡの濃度は腎臓の発達や成熟に必要なものである。その点でもRAA系阻害薬の使用は適切である。
・女性はRAA系の活性が低下している(AngiotensinⅡ産生低下と受容体の発現低下)。このことは高血圧や心血管疾患発症をおこしにくくするという点ではいいが、片腎の女性であればRAA系の低下は残った腎臓の機能低下につながる。その点では女性でもRAA系阻害薬の仕様は理にかなっている。
・片腎で高血圧や蛋白尿がでている症例:使用が推奨される。
・腎移植レシピエントへのRAA系阻害薬の使用は推奨されている。

もちろん、RAA系阻害薬使用での副作用には留意しなければならない(下表)
低血圧にも留意する必要があるし、片腎への腎動脈狭窄もどうなのか?にも留意する必要性はある。

■個人的には、片腎へのRAA系阻害薬の使用を女性や子供、蛋白尿の症例には考慮していくべきであると感じた。また、その際には投与後の腎機能のフォローはしていく必要がある(以前の記事)。