2019/06/21

刺して切る道しるべ

 読者に日本腎臓学会にお入りの方がおられたら、メールボックスにときどき、学会から腎生検ガイド改定についてのアンケートが届いているだろう。しかし、「改定」前のガイドブックがすでにあることは、意外と知られていないかもしれない(じつは、筆者は今まで知らなかった)。

 同学会の基幹紙である日腎会誌に2005年発表されたもので、会員のみ閲覧できる。改定まではこれがスタンダードということだから、印刷して手元においておくとよいかもしれない。筆者も目を通したが、「検体の切り出し」と「生検針と穿刺回数の選択」が興味深かった。

 まず「切り出し」であるが、採取した検体は通常、光学顕微鏡(LM)、免疫染色(IF)、電子顕微鏡(EM)用に組織を切り分ける。これについてガイドブックは:

・2本はまるまるLM用(黄色)
・1本は皮質側と髄質側から1-2mmずつ2個ずつEM用(水色)の検体を切り出し、残りの大部分をIF(蛍光緑)や特殊病理用

 としている。




 もし1本しか取れなかった場合には、皮質側から順に「EM(1.5mm)-IF(1.5mm)-LM(大部分)-EM(1.5mm)-IF(1.5mm)」で切り分けることも提唱している。



 なおいずれの場合も、十分な皮質が含まれていることを確認することが条件になっている。

 筆者がこれに興味を持ったのは、これ以外のやり方を知っているからである。自施設だけでも切り出す師匠によって「A流」「B流」などバリエーションがあるし、今年発表されたAJKDのコア・カリキュラムは下記の例をあげている(AJKD 2019 73 404)。




 図の矢印は輸入細動脈・輸出細動脈を表し、そこに糸球体があると見込んでIF用検体を切り出している。要は、ルーペなり実体顕微鏡なりでよく見て、LM・IF・EMのいずれにも確実に糸球体が入っているようにしなさい、ということだろう(写真は、ハズキルーペ)。


(出典はこちら


 つぎに「生検針・穿刺回数の選択」について。AJKDの図に2本しかコアがないように、このコア・カリキュラムは「コアは通常2本で十分」としている。その理由は、LM用の検体に十分な(15-20の)糸球体を含めるとしても、1.5~2cm分のコアがあれば十分だからだという。

 3本でなく2本のコアでよければ、腎臓を刺す回数も減り、患者さんに負担も少なくて、いいことばかりと思うかもしれない。ただ、ここで考慮すべきは針の太さと長さだ(図でコアが円柱で表示されているのも、それを強調するためである)。

 まず太さであるが、14ゲージ針の直径は、約1mm。16ゲージ針の直径は、0.7mm。そして18ゲージ針の直径は、0.35mm。AJKDは、糸球体の直径が0.25mmなことと、14ゲージ針と16ゲージ針ではとれる糸球体の数に有意差がなかった(14ゲージ針には合併症が多かった)ことから、16ゲージ針を推奨している。

 現行の腎生検ガイドは「通常症例は16ゲージで2~3回」「危険症例は18ゲージで2~3回」を推奨しているが、改定でどう変わるか注目したい。

 つづいて長さであるが、米国ではストローク長(「パチン」と発射して腎臓に刺さる深さ、英語ではthrowという)が22mmの生検針を用いることが圧倒的に多い。日本もそうかもしれないが、時にエコーで腎臓の内奥まで穿刺の軌跡がみえて「ひやり」とすることもある。

 これについて腎生検ガイドは、「欧米人に比べ体格が小柄な日本人の腎臓には、22ミリストローク針のみならず、腎臓の長径に合わせて15ミリ前後の生検針も選択すべき」としている。改定後に何ミリが推奨されるか、非常に楽しみである。


 合併症をおこすと、患者へのダメージはもちろんだが、「もう自分は一生(生検)針を持たない」と決心させるほどのショックを医師に与えることもある腎生検。刺す道をゆく以上リスクを取ることは免れないが、地道に「何を使って、何回刺すか」という工夫を続けていくしかない。





 

2019/06/13

僕たちのMGRS 3/6(分類)

 今回はMGRSの分類について話していく。MGRSの定義に関しては2章を参考にしていただきたい。また、今後各疾患に関しても一つ一つ記事にして、リンクをつけていく予定である。

 MGRSの分類に関しては、下記に注目して分類してみる。


①どこにMIgが沈着するのか?
②MIg沈着以外の例外はあるのか?


①どこにMIgが沈着するのか?

 →主に糸球体、尿細管間質、血管に沈着する。

 下記に沈着部位によって疾患を羅列し、沈着物を記載する。

・糸球体に沈着するもの、疾患を示す。

形のそろった繊維状物 (Organized Fibrillar)が沈着する、免疫グロブリンによるアミロイドーシス(AL, AH, AHL)

 形のそろった繊維状物 (Organized Fibrillar)が沈着する、Fibrillary GN

 形のそろった微小管物 (Organized Microtubule)が沈着する、イムノタクトイド腎症

 形のそろった微小管物 (Organized Microtubule)が沈着する、クリオグロブリン腎炎 (Type1 and Type2)

 形のそろわない沈着物 (Nonorganized)が沈着する、MIDD (Monoclonal Immunoglobulin Deposition Disease)

 形のそろわない沈着物 (Nonorganized)が沈着する、PGNMID (Proliferative GN with Monoclonal Immunoglobulin Deposit)

・尿細管間質に沈着するもの、疾患を示す。


 形のそろった封入物または結晶 (Organized Inclusion or Crystalline depositits)が沈着する、LCPT (Light Chain Proximal tubulopathy)

 形のそろった封入物または結晶 (Organized Inclusion or Crystalline depositits)が沈着する、CSH (Crystal Storing Histiocytosis)

 形のそろわない沈着物 (Nonorganized)が沈着する、MIDD

・血管に沈着するもの、疾患を示す。


 形のそろった微小管物 (Organized Microtubule)が沈着する、クリオグロブリン腎炎 (Type1 and Type2)

 形のそろわない沈着物 (Nonorganized)が沈着する、MIDD

 形のそろった封入物または結晶 (Organized Inclusion or Crystalline depositits)が沈着する、(クリオ)クリスタログロブリン腎症

 形のそろった繊維状物 (Organized Fibrillar)が沈着する、免疫グロブリンによるアミロイドーシス)


イムノタクトイド腎症、PGNMIDなどは糸球体のみの病変を起こす。
LCPTは近位尿細管に病変を起こす。
クリオグロブリン腎炎は糸球体に病変を生じるが、血管病変も起こしうる。
アミロイドーシスとMIDDは糸球体、尿細管間質、血管のどの部分にも病変を起こしうる。
Nat Rev 2018より引用


②MIg沈着以外の例外はあるか?

・ MIg沈着なしの病変を示す。

 C3腎症+Monoclonal Gammopathy

    TMA (Thrombotic MicroAngiopathy)


下表は上記の①と②をまとめたものになる。 


この分類では、MIgが沈着するか否かで分けてあり、MIgが沈着する場合には沈着物が何かで分けている。
Port J Nephrol 2018より引用


分類に関しては実際に病理像をみながらでないとイメージをしづらいかもしれない。

それに関しては次回説明する。 つづく。


☆おまけ:

上記の表で形の揃っていない(Non organized)MIg沈着物のところに「Miscellaneous」があるのはお気づきだろうか?
このサブカテゴリーは、典型的なMGRSに関連はない腎疾患が含まれている。

このカテゴリーに含まれるものが

・抗GBMモノクローナル抗体(monoclonal gammopathyに伴う2次性)
  -この場合通常の採血で抗GBM抗体検出が困難で、通常の抗GBM関連腎障害に比して
  移植後の疾患再発率が高い(KI 2016)

・抗PLA2Rモノクローナル抗体

・IgA腎症を伴うHSP (Henoch Schonlein Purpura)


これらの疾患は馴染みのある疾患であるが、自己抗体がモノクローナルであればMGRSの一部に入るということは非常に興味深い。






2019/06/11

先生、水を引いてください(透析で)!

この言葉は腎臓内科医ならば、よくコンサルトを受ける言葉の一つだろう。

この言葉を聞くコンサルトの場面として多いのは、何らかの影響でAKIになり、乏尿+輸液で体液過剰になるパターンだと思う。
ここでいつも困るのが、透析で水を引くのだが、コンサルト側としては尿も出ないし水をなるべくならたくさん引いてほしいと願っているが、我々としてはどこまでそれをしていいのかと悩んでしまう。


皆さんはその部分に対して明確な答えがあるのだろうか?


そもそも、水を引く(除水)量に関しては、量が少ない場合は組織浮腫から臓器障害をきたし、量が過剰になれば血行動態的に障害を受けるとされるため、適切な除水が求められる。


今回、JAMAからその疑問を多少解決する論文が出たので紹介する。また、Crit Careの論文も紹介する。

JAMAの論文では、
2005-2008年にオーストラリアとニュージーランドの35のICUで行われたRENAL trialのSecond analysisで行われている。
透析のmodarityに関しては、CRRTである。

詳細に関しては、各自で読んでもらいたいがNET Ultrafiltration(NUF) >1.75ml/kg/hr、1.01-1.75mg/kg/hr、<1.01mg/kg/hrで比較している。

結論としては、>1.75ml/kg/hrの除水が他のものに比べると生存率が最も低かった


調整(Adjusted)したもので、>1.75ml/kg/hrは他のに比して有意差を認めている。
JAMAより引用


しかし、この論文は観察研究であり様々な交絡因子が取り除かれていないこと、人種や治療中の血圧低下の有無、併存疾患の有無が測定できていないこと、CRRT開始前の体液量がはっきりとわかっていないことはLimitationであり、今後のRCTでの再評価が必要となる部分であろう。



もう一つ少し前になるが、Crit careでも似たような論文がある。

この論文も観察研究ではあるが、
透析開始前に体重の5%以上の体液貯留があるものを対象とし、NUFを>25ml/kg/day、20-25ml/kg/day、<20ml/kg/dayで比較している。
除水の方法は、前の論文と異なりこちらではCRRT以外にIHDでの透析も含まれている。

これも詳細は割愛するが、
結論としてはNUF>25ml/kg/dayが1年死亡率が最も低かった


上のグラフは死亡率を各徐水量によって比較している。
Crit Car2018より引用


これも観察研究であり、単施設であるといったLimitationはある。



これらから言える一つの推奨としては 、25 〜 42ml/kg/day(1.04 ~ 1.75ml/kg/hr)の除水量で患者の状態と相談して決定するのが一つなのではと考える(もちろん研究の透析方法も統一している訳ではないので注意)。ただ、あまりにも除水をしなさすぎるというのも患者の生命予後の点でも良くないなと痛感した。

これらは、一つの推奨ではあり、今後RCTなどが行われていくことで色々なことが判明していくと思われる。



2019/06/07

AVG閉塞のPTAという道

 読者のなかには、2年前に書かれたこちらの投稿をおぼえておられる方もおられるかもしれない。今回は、AVG閉塞をPTAで治療する様子を紹介したい。

 AVG閉塞を治療するときには、以下の3つを成し遂げなければならない。

1.ひろげる
2.血栓をなくす
3.合併症をおこさない

 まず1.であるが、こちらは閉塞していない場合のPTAと同じで、文字通り「経皮的に(percutanous)内腔側から(transluminal)血管形成(angioplasty)」を行う。とくに静脈側流出路に狭窄がある場合はよく拡張しておかないと、せっかく再開通させても人工血管内の血栓が狭窄部で詰まり、さらに血栓ができる・・という繰り返しになってしまう。

 つづいて2.であるが、こちらは血栓に居なくなるか消えてもらわなければならない。しかし本来バルーンはひろげる道具であり、血栓のあるところでひろげても圧排されるだけで動いてくれないことも多い。

 それで、拡張用のカテーテルバルーンを少しふくらませてからインフレーターのトリガーを抜いて拡張圧ゼロにして血栓を引きずってきたり、血栓除去用のFogarty embolectomy catheter(現場では単に「フォガティー」とも)を出したり、シース・イントロデューサーのポートから吸引したり、ウロキナーゼなどの血栓溶解薬を使ったりする。


 なお筆者はトロンボーン経験者なので、スライドの中を掃除する下記のような道具があればなあ・・といつも思う(写真は、ヤマハ フレキシブルクリーナー SL FCLSL4)。




 そして最後に3.。「平時」のAVG閉塞PTAは、「ヘアカット(こちらも参照)」に一手間加えた「ヘアカラー」くらいで済む。しかし、困難症例では「レスキュー」の様相を呈することもあり、二次災害にも気をつけなければならない(写真は2012年公開の映画『BRAVEHEARTS 海猿』より)。


(出典はこちら


 そんなとき、閉塞が解除できないのならそこでやめるしかない。むしろ危険なのは、頑張った末に静脈側が詰まったまま、静脈側の血管が破れ(血管造影ができないのでガイドワイヤーが迷入するおそれがあるし、狭窄がきつい場合はどうしても破るリスクが高くなる)、動脈側は開いているというケースだ。止血のため、緊急手術が必要なこともある。

 そして最後に、AVG閉塞は緊急に入ることも多く、手技・放射線使用時間も長い。だから、患者さんだけではなく、PTAチーム(看護師、臨床工学技師、放射線科技師、医師ら)の心身も守らなければならない。
 


 こうしたことを踏まえて毎回臨むのであるが、「開眼したか?」と思い上がるたびに「まだまだ・・!」と思い知らされるなど、またまだ道遠い筆者である(写真は1954年公開の映画『道』より)。






2019/06/03

僕たちのMGRS 2/6(定義)

 前章に続き、今回はMGRS(Monoclonal Gammopathy of Renal Significance)の定義について書いていく。

 まず、IKMGによる(Nat rev 2019)定義そのものを載せると、下記のようになっている。


MGRS applies specifically to
  • ① any B cell or plasma cell clonal lymphoproliferation with both of the following characteristics:
  • ② One or more kidney lesions that are related to the produced monoclonal immunoglobulin
  • ③ The underlying B cell or plasma cell clone does not cause tumour complications or meet any current haematological criteria for specific therapy

つまり、


①すべてのB・形質細胞のクローン増殖の中で 
②MIgによる腎病変が一つ以上あるが 
③その他の合併症が見られず血液内科的には治療を必要としないもの


 分かりやすくベン図にまとめると、MGRSは下図の黄色の部分ということになる。




しかし、これだけでは抽象的すぎるので具体的な疾患を例にみてみよう。

 まず、MGUSなどでMIgによる腎病変のないものはどうか?・・・これは、青の部分で、ほぼ従来のMGUSに近い。

 骨髄腫でCRABを認めるが、腎障害(R)がないものはどうだろう?・・・これは、迷わずピンクの部分だろう。

 しかし、CRABのRがあったら、どうか?・・・赤の部分になる。なかでも円柱腎症(cast nephropathy)は、「骨髄腫を定義する(myeloma-defining)」ものなので、これがあったらもはやMGUSでもMGRSでもない。

 さらにひねって、くすぶり型多発性骨髄腫(Smouldering multiple myeloma、SMM)、くすぶり型マクログロブリン血症(Smouldering Waldenstrom macroglobulinemia、SWM)、活動性の低いCLLなど、血液内科的には経過観察となるものはどうか?・・・これらはピンクの円には入らないが、MIgによる腎病変があれば黄色になる。

 どうであろうか、着いてきてくださっているであろうか(じつは筆者もここまでの理解には相当苦労した)?

 では、肝腎の黄色部分のところにはどんな腎病変が含まれるのだろうか?つづく。