2012/01/22

Dabigatran

 今月は働きながら将来のことを色々考えているが、それはさておきnephrology grand roundで発表したことをまとめておく。一日一日に出来ることをする、防日区画室(一日という区切られた時間)のなかで目の前にあることに集中する、そして信じること。ともかく始める。

 発表したのは、経口direct thrombin inhibitorのdabigatran(商品名pradaxa、日本ではプラザキサ)が透析可能かという話だ。この薬はnon-valvular atrial fibrillationの脳梗塞予防に用いられる新しい薬だ。結論から言うと、タンパク質結合35%、分子量は約400、distributionは50-70Lだから透析可能だ。製造者の行った実験によれば、透析二時間で約60%が除ける(Clin Pharmacokinet 2010 49 259)。

 この薬は80%が腎排泄で、腎機能が悪い人には注意が必要だ。米国ではCrClが15-30ml/minの患者にdose reduction(75mg 2x/d)、CrClが15ml/min以下の患者には"no recommendation provided due to insufficient evidence"となっている。カナダではCrClが30ml/min以下の患者には禁忌だ。というのも、この薬のnon-valvular atrial fibrillationにおける効果・副作用をwarfarinと比較したRE-LY trial(NEJM 2009 361 1139)で、CrClが30ml/min以下の患者は除外されているからだ。

 なぜ私がこんな話をするかと言えば、この薬がFDAに認可されて約一年(2010年10月)たったある日、"dabigatran内服患者がlife-threatening bleedingでやってきて、いま無尿の急性腎不全に陥って困っている"というコンサルトを外科ICUから受けたからだ。約10L輸血して、二回手術して、FFP・血小板・Factor VII・cryoprecipitate、etc、あげられるものは全てあげたが出血が止まらない。

 この薬は抗凝固剤だ。抗凝固剤には出血のリスクがある。当たり前のことだ。しかしこの薬には抗凝固作用をreverseする薬がない。だから認可される前から外科、消化器内科などがとくにこの薬に心配していた。循環器内科医は「RE-LY trialではlife-threatening bleedingはwarfarinのほうが多かった」と言うが、このスタディでdabigatran投与群はdrop out(経過フォロー中に飲むのをやめてしまった人)の率が高かった。それにGI bleedについてはdabigatranのほうがwarfarinより多かった。

 無尿になったらdabigatranは体内にとどまってしまい、出血も止まらない。それにドバドバ輸血していたら血中カリウム濃度も上がってしまうしvolume overloadにもなってしまうだろう。だから透析することにした。透析カテーテルを抗凝固の効いた患者さんに挿入するリスクはあったが、右内頚静脈にあった中心静脈カテーテルをガイドワイヤーで入れ換えただけで済んだ(その分外科ICUが左内頚静脈にラインを取ってくれたわけだが)。幸い出血もおさまり、なにより患者さんの腎機能が回復して、危機を脱することができた。

 この患者さんは幸い一命を取りとめたが、この薬が認可されてから世界で(製造者が把握しているだけでも)260の出血による死亡例が報告されており、FDAもついに先月からinvestigationを始めた。さらに今月この薬がMIリスクを上げるというmeta-analysisが出て(Arch Int Med, published online on Jan 9, 2012 doi:10.1001/archinternmed.2011.1666)、この薬がマーケットに残れるかどうかは分からない。

 いずれにせよ、①透析可能性(dialyzability)、②新規抗凝固薬、について学習する良い機会だった。なにより患者さんが助かってよかった。②については別に簡単にまとめる。