それはよいとして、速度はどうか?「急速に点滴すると、血清マグネシウム濃度が急激に上がり、マグネシウムの尿中喪失がふえてしまう」と習う方も多いのではないだろうか。実際、レビュー論文(Am J Health-Syst Pharm 2005 62 1663、JASN 2009 80 157、AJKD 2014 63 691)に「腎のMg閾値を越えると、点滴したMgの半分が尿中に失われる」とある。
そこで今回は、この神話について調べた結果を報告したい。
まず、神話の前半である「腎のMg閾値」については、1960年代に動物で示されたことがわかった。1966年の報告(Clin Sci 1966 31 353)では、ラットの尾静脈からさまざまなMg濃度の溶液を持続静注し、血清Mg濃度と尿中排泄とのあいだに以下のような関係が見られた。同様の関係は、ヒツジ(Vet Rev 1960 6 39)、ウシ(J Sci Fd Agric 1962 13 621)でも見られた。
(Ann N Y Acad Sci 1969 162 865より) |
しかしヒトに関しては、1969年のレビュー論文(Ann N Y Acad Sci 1969 162 865)に「腎のMg閾値は存在するか」という章もあり、未確定だったようだ。しかし、1986年には「健常人といくつかの病態生理におけるTmMgと腎のMg閾値」という決定的な論文(Magnesium 1986 5 273)がでている。
いっぽう、後半の「点滴の半分が失われうる」については、孫引きだけでは原典まで至らなかった。しかし、「点滴速度はゆっくりでなければならないか?」と検証する報告がいくつかみつかった。
たとえば、米国の入院施設でマグネシウム補充プロトコルの変更前後でカルテレビューしたところ、補充速度が0.5g/時でも1.8g/時でも補充に要する日数や低血圧などの有害事象に有意差はなかった(Hosp Pharm 2020 55 64)。
また、幹細胞移植後の低Mg血症(CNIなどによる)患者103人を対称にした後ろ向きの観察では、硫酸マグネシウム4gを1時間で点滴された群は、2時間で点滴された群にくらべて100日あたりの補充量が少なく済んだ(68g v. 85g, p=0.04)。
生理学的に考えれば、腎にMg閾値がある以上、補充中にその血清Mg濃度を上回ればMgは尿中に排泄されてしまうはずである。しかし、実臨床に「何時間、どれくらい点滴すれば喪失を最低限にできる」と、直訳はできないのかもしれない。
映画『ロスト・イン・トランスレーション』 (引用はこちらから) |