Edith Helmという女性を知っているだろうか。彼女は1956年に、22歳のときボストンで一卵性双生児の姉妹(Wonda Foster)から生体腎移植を受けた。執刀医はDr. Joseph Murray、その二年前に世界初の生体腎移植を行って、彼女は三例目だった(1990年にノーベル賞)。彼女は昨年に76歳で亡くなったが、もらった腎臓はまだまだ元気だったそうだ(AJT 11 1545 2011)。
米国初の腎臓移植は1950年だが、これは急性腎障害に対する腎“代替”療法だった。当時は免疫抑制剤もろくになかったし、移植腎が拒絶するのは必定だったが、自分の腎臓が回復するまでの“つなぎ”というわけだ。この目的ではロシアで1936年に行われたのが最初で、日本でも1956年に新潟大学で行われた(急性腎障害の原因は昇汞中毒という)。
さて、Edith Helmという人は長生きした他にもう一つのことでも有名である。それは、彼女が「腎移植患者で初めて妊娠・分娩し、元気な四児の母になった」ことだ。移植患者・移植腎が妊娠のストレスに耐えられるかは当時知られていなかった(それまでの生体腎移植患者はみな男性だった)。子宮に移植腎が押されて機能しなくなるのではないかという心配もあったが、彼女によってそれが正しくないことが証明された。
もっとも一卵性双生児間の生体腎移植は、免疫抑制剤も必要なく拒絶の心配もなく、現在の移植患者とはリスクが大分違う。移植患者の妊娠リスクに関するデータは意外と少ない(米国には1991年からNTPRというデータベースがあるが、患者さんの任意申告制で質は高くない)。それでも米、英、豪/NZのデータベース、それに世界各地の症例報告を集めて分析した論文(AJT 11 2388 2011)がでた。
これによれば、米国一般女性の平均にくらべてlive birthの率は高く、miscarriageは低く、pre-eclampsiaやgestational diabetesは(おそらくhypertensionも)高かった。ただこの「平均」というのがいわゆる「未妊検」を含んだものなのに対し、移植患者の妊婦はhigh-risk OBで慎重にフォローされるだろうから、一概に比較はできないが。
移植後の妊娠について知らないことはまだまだあるが、データは少しずつ集まり、それらに基づいてガイドラインも変化している。たとえばAST(米国移植学会)のwomen's health committeeは、「安定した腎機能・全身状態なら移植後一年で妊娠を考慮してよい」と、慣習的に行われていた「二年ルール」を引き下げた。