SMART、SALT-EDトライアルはそれぞれICU、非ICU患者を対象におこなわれた。バンダービルド大学病院ERに来て入院になった患者さんのうち、輸液を500mlでもされた人はすべてincludeした(ICUに行ったらSMART、行かなかったらSALT-EDに入れる、一粒で二度美味しい)プラグマティック・スタディだ。
プラグマティック・スタディなので、ランダム化はクラスター(ICUの種別ごと、月ごと)でおこない、ブラインドはされず、基本的にはICU全体のポリシーとしてすべての患者を含め、同意書も不要だった(これらについては中篇で紹介した)。
しかし、「脳ICUもあるけど、低張の生理的輸液は脳浮腫を悪くするってSAFEトライアルでわかったでしょ?」と思う人もいるかもしれない(このブログにも書いた)。だから、このスタディでも、脳傷害患者で生理的輸液が相対的禁忌と考えられる場合には医師判断で生理的輸液を避けることができた。
それと、もうひとつ生理的輸液の相対的禁忌として使用を止める権限が医師に与えられたのが、「高K血症」だ。数字の基準などはなく、完全に自己裁量だ。これについては、脱線(英語でdigress、図)しなければならない。
たしかに、高K血症でカリウム入りの輸液をいれると何かあったときに寝覚めが悪い。しかし、実際には生理的輸液のK濃度は4mEq/lで、1Lいれても4mEqのカリウムで高K血症になることはない(Anesth Analg 2005 100 1518)。むしろ、カリウムフリーの生理食塩水はCl濃度が高くてSID(AG非開大)アシドーシスを起こすので、カリウムはむしろ上がる傾向にある(Renal Fail 2008 30 535)。
脱線、終わり。
さて、SMARTのプライマリ・アウトカムはMAKE(Major Adverse Kidney Event)という、①死亡、②新規の腎代替療法、③持続的な腎機能低下(ベースライン比200%増、ベースラインが不明な場合は人種・性別・年齢から計算されるそれ相応の値)を複合したもの。
一方SALT-EDのプライマリ・アウトカムはホスピタル・フリー・デイ(来院して28日のうち、入院していなかった期間のこと;入院期間を逆にみたもの)だった。
で、どうなったか?
SMARTではMAKEで有意差、SALT-EDではホスピタル・フリー・デイには差がでなかったがMAKEには有意差がでた。
これは、ちょっとびっくりする結果だ。なぜなら患者が受けた輸液量はSMARTで平均約2L、SALT-EDでは約1L(毎日ではなく、通算!)だったからだ。これが本当なら、
「本当は怖い生理食塩水」
「生食は少しでも身体に悪い」
といいたくなるほどわずかな量だ。大変だ(写真)。
もちろん、ブラインドされていないのでバイアスが起こりうるとか、有意差と言ってもわずかだ、とかの検証は必要だ。より慎重な(プラグマティックでない)RCTのPLUSも進行中だし(こちらに紹介した)、それでは別の結果になるかもしれない。
とはいえ、どうしてこんなことになるのか?生食の何がいけないのか?は、考えなければならない(図)。
論文では高Cl血症になることと、HCO3-濃度が下がることを示して、塩素イオンの害を示唆している(塩素イオンの害については、こちらも参照)。
またSPLITのサブ解析では、敗血症患者で生理的輸液が好まれ、心ICUでは生食が好まれている。これらも、前者ではアシドーシスが命取りになる一方、心臓はアルカローシスが嫌い(心臓手術前後にアルカリ化してAKIを予防したら、かえって予後多悪かったという論文は、こちらに紹介)ということかもしれない。
で、どうしたらいい?生食とはもう、お別れだろうか(写真はT-BOLANの"Bye For Now"、1992年)?ほんとうに、救急外来で1本入れるだけでも、ダメなのだろうか?
「ダメ」とまではいいにくいけれど、リアルワールドではではどんどんこれから輸液シェアが「新規生理的輸液」に置き換わっていくだろうな、という予感がする。ワーファリンのシェアがDOACによって減っているように。メトフォルミンがGLP-1アナログ、DPP4阻害薬やSGLT2阻害薬に置き換わっていくように。
それ自体は、悪いことじゃないし、永く使われている独占的な薬に対して、もっとよい薬がないか探してチャレンジしなければ進歩はない。生理食塩水というのは(知りたい方はClin Nutr 2008 27 179を読むといいが)、どうしてこんな風に広まったかが謎な輸液でもあるから、そろそろみんなの魔法が解けても(英語でdisenchanted、写真は同名のブロードウェイミュージカル)いいのかもしれない。