2015/12/19

Blood Substitutes

 アメリカで内科レジデントをしていた時、指導医に「どうしてそうしたの?」ときかれて「フェローの先生に言われて…」と答えた研修医に指導医が「君はNuremberg裁判を知っているかね」と言った。第二次世界大戦中に捕虜や市民に対してナチの医師が生体実験や安楽死、大量殺人を行ったことを連合軍が裁判にかけたとき、医師たちが「上官や軍の命令でやりました」と言ったが結局刑を受けたことを指している。ただこの時にはまだ人体実験の害から被験者をまもるルールがなかったので、Nuremberg CodeとDeclaration of Helsinkiができた。
 日本における生体実験では731部隊やトラック島での海軍による生体実験が有名だが、1945年5月~6月に当時の九州帝国大学医学部第一外科教授のグループと陸軍が行った米兵捕虜への生体実験がある。どこまで臓器を摘出しても人は生きられるかとか、どれだけ出血したら人は死亡するかとか、あきらかに死亡する可能性の高い実験とも言えない実験だ。医学水準が違うとはいえ、理解に苦しむ。またいくら彼らがB29爆撃機で無差別空襲していたとはいえ、捕虜の扱いは当時から国際法があったので違反している。
 さてこの自殺した元教授の研究テーマの一つは海水から代替血液を作ることだった。現代でも、人類は一滴の血液も人工では作れない。晶質液は要は塩水、膠質液はデンプンだ(アルブミンは血液製剤だ)。ガス結合能のあるperfluorocarboneのエマルジョンが一時期試されたが結合曲線がヘモグロビンと異なり直線的なので効率が悪いのと、アメリカのIII相試験で脳梗塞が多く止めになった。Decafluoropentaneは酸素結合能は強い(Artif Cells Blood Substit Immobil Biotechnol 2009 37 156)そうだが。
 そのあと、やっぱり生体にあるものを使おうとヘモグロビン製剤がつくられた。期限切れ輸血製剤をもらっているので本当に血液型、感染リスクなど考慮しなくてよいのかわからないが、放射線照射しているのと、いまでは遺伝子組み換えで大腸菌からも作れる。二量化したり多量化したりして試した(単量体だとすぐに腎排泄されるか網内系に取り込まれる)が、高血圧や心機能低下など副作用が多く(Anesth Analg 2014 119 766)、現在ではPEG付ヘモグロビン(Hemospan®またはMP4OX)、pyridoxylated hemoglobin polyoxyethylene conjugate(PHP)が治験中だ。
 生ヘモグロビンではなくいろんな酵素とかといっしょに人工赤血球(小胞体)のなかに入れてあげたらどうかというのも、ナノテクノロジーを用いて研究されている。Liposome-encapsulated hemoglobinというのがそれで、とくに日本で研究が進められているようだ(日本血液代替物学会というのがあって、この分野の学会は日本にしかないらしい)。実は人工血小板H12-(ADP)リポソームというのも研究されている(血小板を増やすのではなく血小板凝集を惹起する小分子だ;止血能はあるらしいが全身で血小板凝集のコントロールが効かなくなったり血小板が消耗したりしないかが心配だ)。まだ動物実験のレベルだが、これらがいずれ臨床応用のために治験されるかもしれない。そのときは、70年前の過ちを繰り返さないでほしい。