2020/08/31

もうひとつの低カルシウム尿性高カルシウム血症

 乾癬、喘息、類天疱瘡、自己免疫性膵炎などの既往ある66歳女性。類天疱瘡に対して経口ステロイドを開始後に(MMFの追加・増量とともに)漸減・中止したところ、高カルシウム血症となった。以下に、データを示す。

Ca 13.4mg/dl
iCa 1.77mmol/l
IP 2.1mg/dl
iPTH 128pg/ml
1,25(OH)2・25(OH)VitD 基準範囲内
蓄尿Ca 19mg/d
Ca/Crクリアランス比 0.004

 Q:診断は(症例はNEJM 2004 351 362より)?


 高カルシウム血症にかかわらずiPTHが抑制されていないが、尿中のカルシウム排泄がとても少ない。原発性副甲状腺機能亢進症では、多くの場合Ca/Crクリアランス比が0.02以上となる(ビタミンD欠乏の合併例はその限りではないが、本例では除外されている)。副甲状腺腫もみられなかった。

 いわゆる「低カルシウム尿性高カルシウム血症(hypocalciuric hypercalcemia、HH)」であるが、家族性(FHH)だろうか?


(引用元はこちら


 FHHには1型(CASR遺伝子)、2型(G蛋白α11サブユニットをコードするGNA11遺伝子)、3型(アダプター関連蛋白複合体2のσ1サブユニットをコードするAP2S1遺伝子)が知られているが、いずれも常染色体顕性遺伝であり、世代間の浸透度も高い(日内会誌 2007 96 681も参照)。


(Best Pract Res Clin Endocrinol Metab 2018 32 609より)


 孤発例もありえるが、そもそも本例は以前に血清カルシウム濃度が正常であったことが確認されている。となると、後天性(AHH)も考えなければならない。さらに、自己免疫疾患の病歴、ステロイド中止後の発症(じっさいは、再発)も考えると・・。


 A:抗CaSR抗体によるAHH


 本例では、CaSRを発現させたHEK細胞に患者血清を添加するなどして、IgG4サブクラスの抗CaSRポリクローナル抗体(CaSRの細胞外ドメインに結合)の存在が証明された。ステロイド量と抗CaSR抗体価・血清Ca値に相関がみられ、ステロイドの再開でコントロールされたという。

 AHHでは、抗CaSR抗体によりCaSRのスイッチが入りにくくなる(PTHの抑制が起きにくくなる)。ただし、どの経路を阻害するか(Gq蛋白によるイノシトールトリスリン酸の蓄積、Gi蛋白によるERK1/2のリン酸化)は、抗体の種類によって異なるようだ。

 本例や、抗グリアジン抗体・抗甲状腺抗体陽性例(J Clin Endocrinol Metab 2003 88 60)、抗核抗体・抗RNP抗体陽性例(J Clin Endocrinol Metab 2011 96 672)などの「いかにも」な症例だけでなく、高血圧だけの症例(PNAS 2007 104 5443)も報告されており、注意が必要だ。


 AHHはおろかFHHの理解すら「ふんわり」の筆者であるが、じつはAHHは日本内科学会雑誌の「今月の症例」に取り上げられている(日内会誌 2014 103 1180;なお前掲PNAS論文も日本からの報告)。「セルフトレーニング」に取り上げられる日も近い?・・かもしれない。



(引用元はこちら


2020/08/21

夏休み「腎」由研究 2020

 いつもと違う夏だけど、夏といえば自由研究!昨年につづき、今年も遅ればせながら「ふっ切れた」話をしてみたい。


(筆者撮影)



 なお今年はマグネシウムについて調べる機会があったので、どの話もマグネシウムから始まることをご了承いただきたい。


1. マグネシウムなどの測定


 入院でも外来でも、腎臓内科診療に不可欠の血液・尿検査。しかし、どうやって測っているかを気にしたことは、筆者はほとんどなかった。そこで、マグネシウムをふくめた主な生化学項目の測定法を紹介する(施設や検査会社によっても異なるようだ)。


ナトリウム 電極法
カリウム 電極法
クロール 電極法
カルシウム 比色法(アルセナゾIII法)
イオン化カルシウム 電極法
マグネシウム 比色法(キシリジルブルー法)
無機リン 酵素法
浸透圧 氷点降下法
アルブミン BCG(ブロモクレゾール・グリーン)、BCP(同・パープル)法
 
 なお、クロール測定電極によっては臭化イオンも測定する(過去の投稿や、日内会誌 2017 106 2410も参照)。またアルブミン測定は日本はほぼBCP法であるが、世界には誤差の大きいBCG(同・グリーン)法の施設も多く、ネフローゼにおけるDVT予防の抗凝固開始時など、注意が必要だそうだ(KI 2019 95 1514)。


2. マグネシムと製塩の歴史


 上記、マグネシウムの測定法について調べていると、「キシリジルブルー法によるマグネシウムの比色定量」なる文献がみつかった。しかし読んでみると、なんと日本海水学会誌(海水誌 1981 35 28)からの報告だった。

 そう、マグネシウムは体内にこそ約24グラムしかなく、約1000グラムとされるカルシウムよりずっと少ない。しかし海水ではナトリウムと塩素についで3番目に多いのである(水分子の水素と酸素をのぞく;下図はこちらから)。




 製塩とは結局、海水からいかに副成分(カルシウム、マグネシウム、硫化物など)を除き純度の高いNaClを得るか?という問いである。そのため日本では伝統的に、揚浜式塩田・入浜式塩田(潮の干満を利用)・流下式製塩法(枝条架を利用)が行われていた。

 しかし、1970年代からは本格的にイオン膜・立釜法に置き換えられた。この方法はED(電気透析、electrodialysis)とも呼ばれるが、イオン交換膜の選択性がたかく、海水を濃縮してできる鹹(かん)水中の副成分は従来より減少し、その組成も変化した(下表は海水誌 2006 60 335を元に作成)。





 しかし、それもさることながら、この方法により「わが国製塩業の永年の宿領であった国際水準の塩価を食用塩の分野で実現」したと、前掲論文著者は記している。どういうことか?

 そもそも塩は江戸時代まで潮の干満差がおおきい低緯度地域でしか生産できず、できない地域は「国内輸入」していた。そして、開国後は低価格で高品質の外国塩に依存する事態となり、国内塩産業の確立が(ビールなど、ほかの産業と共に)急務だった。

 そんななか、塩は1905年に日露戦争の戦費調達目的で専売制になり、そのお金は塩田の整備や拡張などにも用いられたようだ。しかし塩田で作れる量には限りがあり、輸入がストップした第二次世界大戦中には塩も不足。1944年には例外的に自家製塩が認められたほどだった。

 そんななか、製塩効率と品質とコストを桁違いに改善させたのが、イオン交換膜法だったのである(そのため、塩田はほとんど姿を消したが)。

 海に囲まれた日本が塩のために苦しんできたことは、意外と知られていないかもしれない。その後、1949年には大蔵省専売局は日本専売公社となり、1985年に民営化(1996年には塩事業センターとしてJTから独立)。1997年には塩専売法が廃止された。なお詳細は、先月公開された『塩専売史も参照されたい。


3. マグネシウムとチャレンジャー号


 前掲論文(海水誌 2006 60 335)は冒頭に海水の成分表を載せているが、その引用文献が書かれたのは、なんと1884年。ドイツ出身でスコットランドで活動した海洋学者ウィリアム・ディトマー(1833-1892)が、英国軍艦を改造した科学調査船、チャレンジャー号が採取したデータを分析したものだった。



(Wikipedia日本語版より)


 チャレンジャー号は1872年から1876年まで世界の大洋を航海して調査を行った(1875年には横浜にも停泊している)が、ディトマーはこうして得られた77の海水サンプルを分析し、デンマークの地質学者ヨハン・ゲオルグ・フォルクハマー(1794-1865)が提唱した定比例の原理を確認した。

 定比例の原理とは、「海水は、場所によって塩分濃度に差はあっても、イオン組成比は一定」というものだ。つまり、海水は含まれる水分の差で薄まったり濃くなったりしているだけということだ。これは今でも海洋学の基礎となる原理らしい。

 なお、現在のように民間でスペースシャトルを打ち上げるようになる以前に数々のミッションを成功させた(が、1986年に10回目のミッションで分解・消滅した)スペースシャトル・チャレンジャー号は、この科学調査船にあやかって名づけられた。


4. マグネシウムと葉緑体


 クロロフィルとヘムはどちらもテトラピロール環構造をもつ分子で、どちらも金属と安定な錯体をつくる。しかし前者は鉄を配位するのに対し、後者は(筆者にとっては、なんと!)マグネシウムを配位する。1906年に初めて報告された(Annalen der Chemie 1906 350 48–82)。


こちらから引用)


 そして、ヘムは550nm程度の青~緑色光を吸収するため赤いのに対し、クロロフィルは450-500nm(B帯)の青色光と650-700nm(Q帯)の赤色光をよく吸収するため、緑色に見える。


Wikipedia英語版(Chlorophyll)より


 さらに色について言えば、クロロフィルは植物の抽出物から(分子量や溶媒への溶解性などの違いにより)下図のようにろ紙で分離できる。


(Wikipedia『クロマトグラフィー』より)


 これを最初に発表したのは、ロシアの植物学者ミハイル・ツヴェット(1872-1919)。そして彼は、1906年にこの方法をドイツ語で発表し(Berichte der Deutschen Botanischen Gesellschaft 1906  24 316–323)、Chromatogramm(色を意味するchrome+絵を意味するgram)と命名した。クロマトグラフィーのことである。

 ノーベル賞にも値する仕事だが、英字誌に発表しなかったことや、溶媒の違いなどで再現性が得られなかったことから、その功績は永らく認められなかった。そのうち第一次世界大戦がはじまり、ワルシャワ・モスクワ・タルトゥ(エストニア)などを転々としたうえ、ツヴェットは1919年6月に47歳で死去した。その墓には、以下のように彫られているという。


"He invented chromatography, separating molecules but uniting peoples."
(彼はクロマトグラフィーを発明し、分子は分離したが、人々は一つにした)


☆ ★ ☆


 いかがであろうか?お出かけできないと、却って好奇心が強まるのかもしれない。筆者としてはいろいろ発見があって楽しかったが、これがいつかどこかで誰かの何かを豊かにしたなら幸いである。





バルドキソロンとMg

 抗炎症の転写因子であるNrf2の作動薬バルドキソロンを糖尿病性CKDに用いた米国の第3相試験BEACON(NEJM 2013 369 2492)が、心不全の有害事象が多く中止になったことは、よく知られている。

 しかし、この薬で血清Mg濃度が有意にさがることは、意外と知られていないかもしれない。第2相試験BEAM(NEJM 2011 365 1745)ですでに知られ、じつは第3相のBEACON試験は低Mg血症の患者を除外していた。

 これについて、「低Mg血症といえば心血管疾患のリスク因子だから、心不全と関係あるのではないか?」と誰もがまずは考えるだろう(Diabetes Obesity and Metabolism 2015 17 9も参照)。昨年これについて検証が行われていたので(Cardiorenal Med 2019 9 316)、紹介したい。

 このポスト・ホック解析によれば、バルドキソロン投与群では確かに血清Mg濃度が下がる(20mg/d投与で、0.2mEq/l=0.24mg/dl程度)。




 しかし、別におこなった薬理動態のデータでははMg排泄も減っており、腎性のMg喪失ではないようだった。だとすれば細胞内外のシフトをまず考えるが、舌下粘膜の上皮細胞の細胞内Mg濃度は変っていなかった。




 ただ、投与群ではCK値が有意に低く、著者らは「細胞内Mgがエネルギー消費の高い筋細胞などに取り込まれ、CKのコファクターに使われたのではないか」と推察している。だったらよいが、正確なことはわからない。

 また、QTc(通常もちいられるBazettの式ではなく、心拍数が早い場合により正確とされるFridericiaの式)は投与群で有意に短縮するものの、その値は極めてわずか(24週で-0.9msec、48週で-1.7msec)であった。すくなくとも、延長はしていなかった。

 これらを受けてというわけでもないだろうが、現在腎領域で進行中のAYAME(NCT03550443)、CARDINAL(NCT03019185)、PHOENIX(NCT03366337)トライアルはいずれも、低Mg血症患者を除外していない。

 バルドキソロンは「蛋白尿は増えるがeGFRはあがる」など、いままでの考え方と大きくことなる薬だから、「Mgはさがるが心臓にはよい」のかもしれない。そうであってほしいが、期待と注意しながら上記RCTを見守りたいものである。



(カーディナル、アヤメ、フェニックス)


 

Mg点滴の神話

 低マグネシウム血症でマグネシウムを点滴で補充する時、日本では硫酸マグネシウム補正液(1mEq/ml)を用いることが多いだろう。20mlには20mEqのマグネシウムが含まれているから、硫酸マグネシウム(7水和物)としては約2.5グラムに相当する(こちらも参照)。

 それはよいとして、速度はどうか?「急速に点滴すると、血清マグネシウム濃度が急激に上がり、マグネシウムの尿中喪失がふえてしまう」と習う方も多いのではないだろうか。実際、レビュー論文(Am J Health-Syst Pharm 2005 62 1663、JASN 2009 80 157、AJKD 2014 63 691)に「腎のMg閾値を越えると、点滴したMgの半分が尿中に失われる」とある。

 そこで今回は、この神話について調べた結果を報告したい。

 まず、神話の前半である「腎のMg閾値」については、1960年代に動物で示されたことがわかった。1966年の報告(Clin Sci 1966 31 353)では、ラットの尾静脈からさまざまなMg濃度の溶液を持続静注し、血清Mg濃度と尿中排泄とのあいだに以下のような関係が見られた。同様の関係は、ヒツジ(Vet Rev 1960 6 39)、ウシ(J Sci Fd Agric 1962 13 621)でも見られた。


(Ann N Y Acad Sci 1969 162 865より)


 しかしヒトに関しては、1969年のレビュー論文(Ann N Y Acad Sci 1969 162 865)に「腎のMg閾値は存在するか」という章もあり、未確定だったようだ。しかし、1986年には「健常人といくつかの病態生理におけるTmMgと腎のMg閾値」という決定的な論文(Magnesium 1986 5 273)がでている。

 いっぽう、後半の「点滴の半分が失われうる」については、孫引きだけでは原典まで至らなかった。しかし、「点滴速度はゆっくりでなければならないか?」と検証する報告がいくつかみつかった。

 たとえば、米国の入院施設でマグネシウム補充プロトコルの変更前後でカルテレビューしたところ、補充速度が0.5g/時でも1.8g/時でも補充に要する日数や低血圧などの有害事象に有意差はなかった(Hosp Pharm 2020 55 64)。

 また、幹細胞移植後の低Mg血症(CNIなどによる)患者103人を対称にした後ろ向きの観察では、硫酸マグネシウム4gを1時間で点滴された群は、2時間で点滴された群にくらべて100日あたりの補充量が少なく済んだ(68g v. 85g, p=0.04)。

 生理学的に考えれば、腎にMg閾値がある以上、補充中にその血清Mg濃度を上回ればMgは尿中に排泄されてしまうはずである。しかし、実臨床に「何時間、どれくらい点滴すれば喪失を最低限にできる」と、直訳はできないのかもしれない。


 
映画『ロスト・イン・トランスレーション』
(引用はこちらから)

Mg保持性利尿薬

 カリウム保持性利尿薬という用語はあっても、マグネシウム保持性利尿薬のほうは、馴染みのうすい方も多いと思われる。筆者も知らなかったのであるが、ENaC阻害薬であるアミロライドやトリアムテレンは、カリウムだけでなくマグネシウムも保持することが知られている。

 古くは1980年代にも報告があるし(Br J Pharmac 1983 79 891)、最近ではGitelman症候群患者30人を対象にインドメサシン、エプレレノン、アミロライドのK保持性を比較したRCT(JASN 2015 26 468、クロスオーバーも)で、図らずもそれが示された。

 スタディで、アミロライドは尿中Mg排泄がコントロール群に対して有意に低かった(2.1mmol/24h v. 1.7mmol/24h、p<0.05)のに対し、インドメサシン・エプレレノンでは高かったのである(それぞれ3.1と3.0mmol/24h、ANOVA検定でp=0.02)。

 同様の結果は、健常者を対象にスピロノラクトンとアミロライドを比較したスタディ(Br J Clin Pharmacol 1993 35 373)でもみられている。ENaC阻害薬といえば、低ナトリウム血症を起こしやすいことは以前も紹介したが、マグネシウムについてもこうした違いがあるようだ。

 どうして、同じRAA系を阻害するミネラルコルチコイド受容体阻害薬(MRA)では起きないのか?ENaC阻害薬では阻害されない(が、MRAでは阻害される)アルドステロンの作用などが推察されるが、詳細は不明であり、解明が期待される。

 日本ではあまり使われない薬だが、じつはトリアムテレンが認可されている。また、利尿薬でもある?SGLT2阻害薬も、Mgの尿中排泄を低下させることが知られている(日本からの報告は糖尿病 2017 60 700など)。

 だから、マグネシウムの保持がいろいろと身体によいなら、それをきっかけにENaC阻害薬も脚光を浴びる・・なんて日が、来るかもしれない。



(enactは「採択する」を意味する英語)


Mg貯蔵量、どう測る?

 マグネシウムの診療で問題になるのが、「細胞外のマグネシウムは体内貯蔵量の1%しかない」だ。そのため臨床では、「血中Mg値が正常でも体内貯蔵量は欠乏している」とか、「血中Mg濃度を正常化するだけでは体内貯蔵量は不十分である」といった話になる。

 じつはこれは、マグネシウム研究の黎明期から知られていた問題であり、「マグネシウム欠乏症(magnesiopenia)」という用語も提案されたほどだ(ミネソタ大学古典学科のマクドナルド教授による、Ann N Y Acad Sci 1969 162 934)。

 血中濃度と体内貯蔵量の関係はマグネシウムだけでなく、たとえば鉄ならTSATやフェリチンが測れるし、骨量にはDEXAなどの測定方法がある。しかし、マグネシウムには、そこまで確立されたものはないのが現状だ。Mg点滴後の尿排泄量で足りているか判断するMg負荷試験も、腎のMg再吸収能が正常でなければ当てにならない。

 生理学のレビューには赤血球、白血球、筋肉などの記載がみられるが(CKJ 2012 5 Suppl1 i3)、いずれも精度や侵襲度に問題があって利用は一般的ではない。最近は口腔上皮細胞も用いられるが、採取は簡単なものの、ゴールド・スタンダードとはいえないのか、用いた論文で「当てにならないのかも」と考察されることもある(KI Rep 2017 2 380)。

 そんななか、意外な検体をもちいた論文(Circ J 2013 77 3029)を見つけたので、紹介したい。それは、「毛髪」である。


写真はボブ・マーリー
(Wikipediaより引用)


 毛髪中の微量元素測定は公害や法医学の分野では確立された方法であり、それをマグネシウムにも応用したわけだ。頭髪は1ヶ月に1センチ伸長するので、この方法で過去3ヶ月程度のマグネシウム量を比定できるという。

 この論文では、日本の血液透析1施設にいる男性患者79人を対象に、頭髪を数箇所から0.5グラム(3-4センチ)採取してマグネシウム濃度を測定した。すると、毛髪Mg量と左室重量(LVMI)の相関は有意差に達しなかった(p=0.09)が、下図のように心室壁厚などには有意な相関がみられた。


前掲論文より引用


 毛髪Mg量は年齢・Kt/V・Ca値と相関していたので、これらは交絡因子になりうる。しかし、血圧・アルブミン・鉄・Hgb・リン・iPTH値などには相関していなかった。また、毛髪Mg量は血清Mg濃度とは相関していなかった。

 「毛が血液ほどにモノを言う」興味深いデータである。毛髪診断士でもないかぎり、ふだんの診察で毛髪を意識することはないだろうが、血液・尿などと並び比較的低侵襲で採取できる毛髪から得られる情報は、意外と多いのかもしれない。



ミュージカル『ヘア・スプレー』
(Wikipediaより引用)

2020/08/11

コバン? COVID-19感染のAfrican americanを見たら。。

今回の話は、いまだに話題の中心になっているCOVID-19関連の話である。

日本人とは関連が薄いかもしれないが、ApolipoproteinL1(APOL1)を交えての話になる。

APOL1遺伝子変異は黒人に多いことが知られており、また西アフリカの血を引くカリブ諸国やラテンアメリカの人にもよく認められる。APOL1遺伝子に関しては以前の投稿を参照していただきたい。

APOL1のG1とG2の2つの変異がある人ではFSGSを発症リスクがOR(Odds Ratio)で10倍、高血圧による腎疾患を起こすORが3倍であることはわかっている。このAPOL1の中でも2つの変異があるリスクの高い患者では何らかの要因がトリガーとなって("Second Hit")、collapsing glomerulopathyを生じるリスクが高い。

何らかの原因によるcollapsing glomerulopathyと聞いてふと思い出されるのは、HIV感染に伴うものであり、組織形態学的にHIVAN(HIV associated nephropathy)ではないであろうか?

HIVANは1980年代に認知され、ネフローゼ症候群と腎不全を伴う疾患である。APOL1遺伝子変異を有している人は、HIVANのリスクが通常よりも30~90倍高いと言われている。HIVだけでなく、パルボウイルスB19、サイトメガロウイルス、EBウイルスなどの感染やSLEなどでもcollapsing glomerulopathyを起こすことがわかっている。

Collapsing glomerulopathyとAPOL1遺伝子変異の関連にインターフェロンが示唆されている。

APOL1遺伝子変異の症例のC型肝炎治療にインターフェロンを用いてcollapsing glomerulopathyが生じたという報告もある。そのメカニズムに関しては現時点ではわかっていない。

COVID-19のケースで、6例のcollapsing glomerulopathyの症例が報告されているが、全症例がAfrican Americanであった。また、APOL1の2つの変異を認めていた。ネフローゼ症候群とAKIを伴っており、臨床所見と病理所見がHIVANに似ていることからCOVAN (Covid-19-associated nephropathy) とこの論文では提唱している。


           


ただ、通常のCOVID-19に関連するAKIのケースではほとんどがATN(急性尿細管壊死)であるということには留意していただきたい。

もしも、African americanのCOVID-19感染の症例をみて、AKIとネフローゼ症候群を伴っていた場合にはCOVAN!?と是非考えて欲しい。

COVID-19の早期終息を願っている。。


2020/08/05

認知症がある高齢腎不全患者の腎代替療法

今回は、認知症がある高齢腎不全患者の腎代替療法の選択について話していきたい。

この問題は現時点でも問題になっているが、将来的に高齢者が増えてくるときに更に問題になりうる。我々も病棟で悩まされ、多くの時間を割くと思うので、軸となる一定の考え方を持っておくことは非常に重要である。

今回の構成としては
①:日本の腎代替療法と認知症の現状の確認
②:実際の症例を交えてどのように考えていくのか?
という流れでいこうと思う。

①まずは、日本の腎代替療法の現状である。
下図に示すように75歳以上の高齢者での透析導入が全体の4割~5割を占めている。非常に多いのが現状としてある。

また、認知症になる割合は、75歳以上から10%を超えてきて85歳以上では半数がなんらかの認知症を有しているという統計がある。



②では、つづいて症例からこの両者が関わったケースの腎代替療法について考えていく。

症例:86歳男性でCKD stage5の患者。
CKDの原因:長年の高血圧と数年前の腎癌での片方腎臓摘出。
症状:特になく時々胃の不調があるくらい
中等度の認知症があり一人暮らしではあったが、周りに住んでいる家族の協力を借りていた(食事や服薬など)。認知症に対してはドネペジルとメマンチンを内服。
高血圧でCCB内服、CKDでVitD製剤、前立腺肥大の薬など内服中。

ちなみに生活の部分の評価にADL、IADLを用いる。
この症例ではADLは問題なく、IADLに関しては料理などの部分で障害が出ている。



腎臓内科医の定期受診時の身体所見はBMI 19.1と痩せ型(数年は大きな変化はなし)、質問には単語でしか答えられないという認知機能低下を認めた。

血圧:154/60 mmHg、心拍数:72 回/分、身体所見は時々生じる腕の筋攣縮は認めたが、その他は異常なし
採血
Hb: 11.4 g/dL、BUN: 48mg/dL、Cr: 4.36 mg/dL (eGFR : 13mL/min/1.73m2)、Na: 143mmol/L、K: 4.8mmol/L、Ca: 9.0mg/dL、P: 1.3mmol/L、iPTH: 50ng/L、尿Alb/Cr : 1196mg/g

この診察から腎臓内科医は胃の不調や筋攣縮は軽度尿毒症から来ているものではないか?と考えた。

そうすると考えなくてはいけないのはすぐではないが、今後腎代替療法をどうするのか?ということを考える必要が出てくる。

腎代替療法の決定など、何らかの重大な決定をするときに考えるのは、a) 本人の自己決定権の問題(自分で決められるのか?)、b)(もし、自分で決定などできない場合は意思決定大公認が)患者が何に重きを置いているのかを考えることである。

a) 自己決定権の問題に関しては、厚労省から発行されている「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は一つの指針である。


上のを見てもわかるように、認知症があったとしても、しっかりと情報提供をすることがまず大切で、その中での意思決定ができるかを確認する。
その上で、意思確認が難しい場合には患者の家族や患者のことを理解している人に意思決定代行人になってもらう。その意思決定代行人にもしっかりと十分な情報の提供を与えることが大切になる。

b) 我々は話し方で自分の持っていきたい治療や検査などに持っていくことができてしまう。これを認識しながら、しっかりと中立な立場で話をして、意思決定代行人に患者が重きにおいていること(例えばなんでもいいから長生きしたいや長生きはどちらでもいいから人生の質を良くしたいなど)を考えながら意思決定を行っていただく必要がある。
しかし、本人でないのでこの決定には一定の重圧がかかるもの事実である。


→この症例でも本人の意思決定が難しいと判断され、娘さんに意思決定代行人として話が進められた。ただ、腎代替療法を開始するのがいいのか?開始しないほうがいいのか?と揺れ動いていた。

ここで、この症例に対してのエビデンスを考えてみる。
・65歳以上で透析施行者は一般の人よりも高い死亡率を有する(USRDS data)。
・Conservative managementという手段はどうなのか?このmanagementで腎機能悪化を抑制させ心理的な助けになったたという報告もある(Adv Chronic Kidney Dis 2016)(Conservative managementに関してはCJASN 2019が非常に秀逸なので一読することをお勧めする。)下図はConservative managementの流れを示したもの。

CJASN 2019より引用

また、腎不全患者の治療決定にに関しては、NICE(National Institute for Health and Care Excellence)の2018年のガイドラインでも記載されている。
その記載では、腎代替療法が絶対的に必要になる少なくとも1年以上前から家族も含めて、腎代替療法のことやConservative managementのことは話しておく必要があるとしている。そして、患者の要因(フレイルや認知症や他の合併症の有無など)や患者の好みに合わせて治療は決めるべきとしている。


この症例では臨床的に考えなくてはならないこととしては、
1:高度CKDに対するマネジメントオプションは何か?
2:その選択肢のオプションでいい点と悪い点は何か?
3:我々は、どのように患者がそれらのオプションを選択するのを手助けできるか?
があると思う。

1:高度CKDのマネジメントオプションについては、血液透析(施設透析と家庭透析)、腹膜透析、腎移植がある。
・腎移植は80歳代でも良好な結果が得られているという報告はある(Transplantation 2016)が、この症例では認知症や生命予後の観点からも選択としては厳しいかもしれない。
・同様に腹膜透析や家庭透析に関しても自分での管理がメインになるため、サポートを受けながらの現状では厳しいと考えられる。
・選択としては、施設透析を行い、透析アクセスに関しては恒久的透析カテーテルを挿入しての透析がいいかもしれない(AJKD 2018)。恒久的透析カテーテルはカテーテル関連感染のリスクが高くなり、それに伴う死亡率も高くなることが知られている(AJKD 2003)。
ちなみに血液透析をしている人で、認知症の有無によって死亡率は大きく異なる。認知症がある場合には死亡率が2倍になるという報告がある(CJASN 2018)。

RPA/ASNガイドラインでは、この症例のようなすべての患者に予後を推定することを推奨している。また、75歳以上の患者で下記のうちの2つ以上に当てはまるようであれば透析を行うことを断念してもらうことを推奨している。
・Surprise question(翌年患者さんが亡くなるとしたら、その事が予期せぬこととしておどろきますか?)に”No”と答える(→患者さんの長期予後が期待できていないと考えている)
・併存疾患の高いスコア
・機能障害がある
・重度栄養失調がある。


2:治療のいい点と悪い点を常に考えることは重要になる。
この症例の場合は下図のようになる。透析をした場合としない場合に分けている。


・透析をすることのメリットは、合併症のコントロールがしやすいことが上げられる。
生存期間に関しては論文によってConservative managementより長くなるというものもある(J Palliat Med 2012)が、合併疾患を有している人であれば殆ど生存期間は透析を行った場合でも行わなかった場合でもかわらないという論文もある(NDT 2011CJASN 2012)。
・透析をすることのデメリットは、週3回 5時間程度透析をするときに座っている必要性が出ること(時間的制約・行動の制約)や、透析施行中の下肢のつりや低血圧などの合併症を生じ嘔気やめまいなどの症状を感じる場合がある。

3:患者の治療オプション選択の手助けに関しては、先に話した内容のまとめになるが、
・まずはNICEのガイドラインが推奨しているように、患者や家族と話し合うことをなるべく早めの時期から始める。
・RPA/ASN ガイドラインが推奨しているように患者や家族に予後についての情報を提供する。その中で治療のいい点と悪い点のしっかりとした提示は患者や家族が非常に治療をイメージしやすいものになるため重要になる。
・最終的には不利益と利益を考えながら治療のオプションを決定することは重要になる。

・患者さんの価値観、嗜好、人生のゴールなどを許容しながら柔軟性のある治療は大切である。
コロコロと意見の変わる患者もいるかも知れないが、その患者はまだ治療などを十分に理解できていない可能性も高いのでしっかりと話しをしたり、もしくは違う人を意思決定代行人に選定したほうがいい場合もある。

→この症例では、最終的に娘さんとの話し合いで長く生きるということよりもQOLに重きを置くということでConservative managementを主体に行う事になった。
最終的にこの決断が患者さんや家族にとって良かったのかは、時間がたってみないとわからないかもしれないが、これからはこのようなことは非常に重要になってくると思うし多くなってくる。

今回はAnnals Internal of Medicineの2020の論文から引用させてもらった。
これにはビデオもついており、実際の様子も見て取りながら理解する事ができるので時間があればぜひ参考にしていただきたい。