2019/04/30

尿から色々考えてみよう (尿AGとアンモニアの小話)

 今回は小話なので短く書こうと思う。

 まず、結論から書くと尿中AGはCKD患者では尿中アンモニア測定のいい代替方法にはなりづらい。

 CKDにおいて尿中アンモニウムは非常に重要である。尿中アンモニア低下は腎臓、生命の予後悪化の関連性が示されている(JASN 2017)。


JASN 2017より


 では、どのようにして尿中アンモニアをCKDの患者では測定すればいいのであろうか?

 そもそもCKD患者で、尿AGがうまく尿中アンモニア濃度の推定に寄与しない理由としては、計算式にリンや硫酸などを含んでいないためとされ、下記のようなUAGPLUSという式が提言された。

CJASN 2018


 この式を用いた場合には、尿AGと尿アンモニア濃度に一定の相関性が認められたと報告
されている(下図)。


CJASN 2018

 なので、もしCKD患者で尿中NH4を測定したい場合に、UAGPLUSを用いるのがいいかもしれない。もちろん直接測定できるのが一番だが。

 あまり、注目度としては薄いアンモニアではあるが、今後は色々な場面で注目を浴びて行く可能性は高いのではないか。






2019/04/29

D-52, D-25

 日本内科学会も無事に終了し、今度は第62回日本腎臓学会の開催を指折り数えておられる読者も多いかもしれない。ちなみに、あと52日である。




 今年のテーマは「腎臓学・元年」と改元を意識したものであるが、他国からだとピンと来ないかもしれないので、英語では"Open the Future"。名古屋駅周辺のまさに近未来的な街並みが映し出されたウェブサイトのトップページ(写真)には「あと何日」の表示がないが、海外からの参加者達も、「あと52日寝ると・・」と指折り数えて楽しみにしているに違いない。




 あるいは、「もう25日寝て、そのあと27日寝ると・・」と二段階で考えているかもしれない。25日後には、第39回韓国腎臓学会もソウルで開催されるからだ。




 筆者は数日前まで知らなかったが、韓国腎臓学会(KSN)は1980年に設立された比較的新しい学会だ。そのミッションのひとつに「南北統一への医療の備え」が挙げられているなど、韓国ならではの特色もある。しかし、おなじ専門分野のプロ集団であるから、親近感のある面も多い。

 たとえば、日本の「慢性透析患者の現況」や米国のUSRDSに相当する「わが国の腎代替療法の現況報告(우리나라 신대체 요법의 현황 보고)」があったり、米国の専門医試験対策(Board Review Course and Update)にあたるNephrology Board Review Courseがあったりする。

 さらに調べると、腎臓医療を取り巻く状況も似ていることがわかる。たとえば「腎代替療法の現況報告」から抜粋したこのグラフをみてほしい。



 
 英語版のスライドだが、日本の状況に酷似しているので、赤線が血液透析患者なことはたとえ韓国語で書かれていてもわかるだろう。韓国では2017年に血液透析患者が73059人(人口100万人あたり1411人、以下同じ)、腹膜透析患者が6475人(125人)、腎移植患者が19212人(371人)である。

 このグラフだけでも、学べることが沢山ある。たとえば、人口が日本の約半分しかない韓国で腎移植患者が年間19212人というのは、日本の1648人(2016年)よりも一桁多い。

 韓国と言えばペア移植を世界で最初に開始したことで知られている(Transplant Proc 1999 31 344)。一方日本はABO不適合の生体腎移植の先駆者である。両国の移植件数の差は、ドナー不足に対する異なるアプローチによるものなのか?それとも、政策などその他の要素による違いなのか?

 また、これだけ移植件数に差があっても血液透析患者数の増加率が圧倒的に高いのは、現時点では移植候補と考えられないことの多い高齢者(スペインなど、見直している国もある)が増えているからだろうか?それとも、これもまた医療報酬などその他の要因があるのだろうか?

 このように、他国をみることは鏡のように自国をみることにもなる。日本からKSNに参加する方は少ないかもしれないので、せっかくの機会に得たことを、少しずつここで報告してゆく予定である。




尿から色々と考えてみよう (理解が難しい尿中アンモニウムについて)

尿電解質を少し複合的に考えてみよう。
尿電解質はアンモニアの排出が腎臓からどのくらい出ているかを判断する情報を与えてくれる。

アンモニア?急にこのワードが出てくると身構えてしまうのは自分だけであろうか?
まず、簡単になぜアンモニアが話に出てくるのかを説明する。

まず、体は常に酸負荷の環境にさらされている。食事から酸も発生する。
その環境下で、酸を排出して酸が溜まらないようにするかは非常に重要になってくる。

排泄する方法には様々な方法があるが、肺からCO2として排泄される揮発性酸と腎臓から排泄される不揮発性酸がある(緩衝系ももちろん忘れてはいけない)。

その中で、腎臓から不揮発性酸として排泄する方法として、
①HCO3-にH+がくっついて中和する方法
②H2PO42-にH+がくっつき、尿から排泄する方法
③NH3にH+がくっつきNH4+として尿から出す方法がある。



http://fblt.cz/en/skripta/vii-vylucovaci-soustava-a-acidobazicka-rovnovaha/7-acidobazicka-rovnovaha/より引用


http://fblt.cz/en/skripta/vii-vylucovaci-soustava-a-acidobazicka-rovnovaha/7-acidobazicka-rovnovaha/より引用


http://fblt.cz/en/skripta/vii-vylucovaci-soustava-a-acidobazicka-rovnovaha/7-acidobazicka-rovnovaha/より引用



あくまでも、すべての方法は尿からH+を出すための方法である。

この中で、①、②の方法は限りがあるため、③の方法が腎臓から酸を排泄するという方法で非常に重要かつ有用となる。

ちなみに、アンモニウムイオンは近位尿細管で生成され、尿細管に分泌される。その後ヘンレ上行脚で再吸収され、細胞内でアンモニアを生成し、腎髄質の間質で高濃度に蓄積され、集合管のα介在細胞のチャネルから分泌されH+と結合しアンモニウムイオンとして排泄される。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3041479/#!po=56.2500 より


話がかなり脱線してしまったが、尿アンモニアイオンの排泄が尿からどれだけ酸を排泄しているかの指標になっていることはわかっていただけたかもしれない。


そこで、非アニオンギャップ開大性代謝性アシドーシスの原因が腎臓か腎臓でない場所が原因かを判断する材料として酸の排泄部位の理解が重要となる。

腎臓が原因の場合は、腎臓からうまく酸の排泄ができない=尿中アンモニウムイオン排泄は低下し、腎臓以外が原因の場合は尿中アンモニウムイオンは増加する。


尿中アンモニウムイオンの測定をすれば原因は判明する!しかし、測定できない施設が多い。その場合は間接的な方法で測定する。その方法が尿AG(Anion Gap)である。


UAG=Usodium + Upottasium - Uchloride


UAGは正常では30-50mmol/Lである。これは、測定されないような尿中陰イオンがあるためである(尿中の主な陽イオンはNa+、K+、NH4+、主な陰イオンはCl-、HCO3-、リン酸、硫酸である)。


代謝性アシドーシスの際に、尿中アンモニウムイオンが増加するとNH4Cl(アンモニウムクロライド)として出てくるため、尿AGは陰性になる(下図A)。

尿AGが陽性であれば腎臓からのアンモニウム排泄ができていない=腎臓がアシドーシスの原因と考えられる。







では、直接尿中アンモニアなんて測定せずに、UAGを使えばいいのでは?と思うかもしれないが、このUAGの弱点を知っておく必要がある。

弱点としては、

一つは遠位尿細管に達するNaが極端に少ない場合にH+排泄が障害されるためUAGは当てにならない。目安として尿Na>20mEq/lが必要である。

もう一つは、測定できないような陰イオンがあった場合にUAGの数値が異なる値になってしまうことである。

測定できないイオン:例えばDKAやAKAの時に出るナトリウムケト酸塩、ナトリウム馬尿酸、トルエン中毒などで出る安息香酸ナトリウムなどでは尿中アンモニアが適切に排泄され、本当はUAGが陰性になるはずなのを陽性にしてしまう。これは、測定できない陰イオンがNH4+にくっついて、NH4Clとして排泄されないため、UAGを陽性にしてしまうためである。D乳酸アシドーシスでも同様なことが生じる(上図B参照)。


このような時に有用になるのが尿浸透圧ギャップである。




尿浸透圧ギャップ=測定された尿浸透圧-計算で求められた尿浸透圧

となる。





上の図が非常にわかりやすい。尿浸透圧ギャップは正常値は10-100mOsm/kgである。

ちなみに尿中アンモニアは尿浸透圧ギャップ÷2で求めることができる。

尿浸透圧が陽性になっている理由はNH4Clが一般的には尿中浸透圧を構成しているものであるためである。

代謝性アシドーシスの際に

尿浸透圧ギャップが150mOsm/kg未満であれば、尿中アンモニア排泄障害を考え、RTAなどの疾患を想起する(アシドーシスなのにしっかり腎臓から排泄できていない。)。


尿浸透圧ギャップが400mOsm/kgより多い場合には、尿中アンモニアが過剰に排泄されている病態を考え、慢性下痢による高クロール性代謝性アシドーシスやトルエン中毒などを考慮する必要がある。



precious boy fluid より引用


尿浸透圧ギャップが使用の限界としては細菌などによ尿路感染などでは尿浸透圧と尿アンモニア排泄との相関性が失われる、尿の濃度が濃い場合には尿浸透圧ギャップは尿アンモニア排泄を過小評価する、アルコール(メタノールやエチレングリコール)、マンニトールなどの使用は尿中アンモニア排泄が高くない場合でも尿中浸透圧ギャップを増加させることなどがある。アルコール中毒の際には血中と尿中浸透圧ギャップが非常に診断の役に立つことは重要である。


ちょっと長くなってしまって申し訳ない。少しでも理解の助けになれば嬉しいなと思う。











2019/04/26

尿から色々と考えてみよう (尿中Kのポイントを抑えよう!)

 続いて尿中カリウム(K)について考えてみる。

 尿中Kに関しては、K異常の際に使う場面が多い。

 使用する理由はK異常の原因として、Kが尿から喪失しているor喪失していないか、喪失していない場合に、他の部分(下痢など)から起こっているかを知る手助けになるためである。

 まず、正常な場合で尿中K排泄は食事からのK摂取量に応じ、10-15mEq/day〜400mEq/dayと幅が広い。

 一般的に低K血症時に、スポット尿中Kが5-15mEq/L以下であれば、腎臓以外の部分からのK喪失を考え、尿中Kが40mEq/Lより多い場合には腎臓からのK喪失を考える必要がある。

 ただ、この数値はあくまでも目安であることを忘れてはならない。現在の内服薬や治療などによって数字が大きく変わることも認識しておく必要がある。

 ただし、このスポット尿での判断の時に注意しなくてはならないこともある。

 それは、尿の濃縮による数値の変化である。

 例えば、循環血液量が減少している低K血症患者で尿中K排泄が40mEq/Lより多い場合に、安易に腎性の喪失!と考えるのは危険かもしれない。

 もしその患者の循環血液量が減少している場合は、尿が最大濃縮しているので、尿中Kは数値上高値に見えるが、濃度として濃くなっているだけで、正常な反応なのかもしれないということを忘れてはいけない。

 同様に尿中Kが15mEQ/L未満であった場合に、安易に腎外性の原因を考えるのも危険かもしれない。

 例えば、患者さんがトルバプタンなどを使用していればどうか?

 尿中の濃度が薄くなり、実際はKは排泄されているのに尿中Kの数値上は出ていないというように見えてしまう可能性がある。

 なので、このことからも循環血液量の把握、薬物の把握などは知っておくことは非常に重要である。

 低K血症で、腎外性の喪失の場合は治療に奏功しやすく(原因が解消していれば)、腎性の場合は治療が困難なケースが多い。

 尿中電解質が測れない施設では、このような臨床での治療反応性ということも原因推測の判断材料として重要である。

 測定に関して:

 24時間蓄尿がスポット尿における不正確さを解決する一番の手段ではある。
 
 TTKG(trnstubular pottasium gradient)も同様にこの随時尿の不正確さを改善する手段として用いられた。


TTKG=Uk × P osm / Pk × U osm 
 (Uk:尿中K、P osm:血漿浸透圧、Pk:尿中K、U osm:尿中浸透圧)


 TTKGは皮質集合管部分のK濃度と血清K濃度の比較である。

 つまり、血清Kに比べ尿中Kはどのくらい多く or 少なく出ているの?という比較である。

 高K血症があれば尿にKを出そうとして多くなるから、TTKGは高値になり、低K血症では逆に尿中に出さないようにしてTTKGは低値になる。

 基準値は5以上とされていて、 高K血症では、TTKG>7になり、低K血症では、TTKG<3となる。

 このTTKGはアルドステロンとの相関性が言われていて、高K血症の時にTTKG<6であれば皮質集合管での不適切な反応が起こっている(適切なアルドステロン出てないなど)を考える必要がある。
 
 ただ、このTTKGを用いる時に2つの注意点が必要である。

 ・少なくとも尿中Na25mEq/L以上ある必要がある。
 ・尿の浸透圧が血清浸透圧と同等またはそれ以上の場合

 上記の場合にのみTTKGは使用できることは認識しておく。

 ただ、内髄質集合管の部分で尿素の吸収が生じていることがわかり、このTTKGの使用には使用に疑問が投げかけられ、作成者本人からも使用しないほうがいいよと2011年に発表された。

 TTKGに代わるものとして、尿K / Cre が有用性があるのではと言われ使用されている。
 
 低K血症で、尿K / Cre の比が 13mEq/g ( 2.5mEq/mmol)未満であれば、尿からKが漏れていない病態(腸管喪失、食事摂取不足、細胞内K移動)などを考える。

 下記はよく用いられるアルゴリズムである。





 また、今回は詳しくは触れないが前回のClのところでも触れた内容で尿中K濃度と酸塩基
平衡異常には密接な関係があり、それによって疾患を絞れることは覚えておいてもいいかもしれない。




2019/04/23

尿から色々と考えてみよう (尿中Clは意外にも有用!?)

 次は尿のクロールについて考えてみよう。

 クロールに関しては、血中クロールの記事を以前に書いている。

 しかし、尿のクロールに関しては注目しているだろうか??

 多くの読者は首を横に振ると思う。この文章から少しでも注目してもらえれば嬉しい。

 UCLやFECLなどはNaと同様に有効循環血液量の推測の間接的なマーカーとして用いられる。UNaとUCLを共に用いることは、特に酸塩基平衡異常を伴う場合には有効循環血液量の推測に有用とされている(AJM 2017)。

 一番多く知られているのが、尿中Clは代謝性アルカローシスの際にCl含有の輸液に対して反応性かどうかを判断する材料となり、それによって原因の推測ができるツールである。

 −尿中Cl<15〜20mEq/Lであれば輸液反応性で、嘔吐、胃液吸引などを考える。上記記載の抗生物質使用も頭の片隅には置いていただきたい。
 −尿中Cl>15〜20mEq/Lであれば輸液反応不良で、Bartter症候群やGitelman症候群やミネラルコルチコイドが上がる病態、甘草などの使用を考える。




 今度は、基本的には尿中Naと尿中Clは同じ動きをするが、例外を見ていこう。

 ・例えば、尿中Naが多く尿中Cl低下があり、循環血液量減少がある場合にはどう考えるだろうか?

 →尿細管で再吸収できない陰イオンが存在することを考える。

 この陰イオンが何かであるが、尿中pHを確認する。

 →尿中pHが7や8であれば再吸収されていない陰イオンは重炭酸イオンと推測され、大量嘔吐や胃管チューブからの胃液の大量排液で、まず水素イオン喪失が生じる。また、NaHCO3が大量に濾過し近位尿細管での再吸収能を超え、遠位尿細管に到達する。
遠位尿細管で、胃液喪失で循環血漿量が低下していることでアルドステロンが働き、Na再吸収が生じ、K尿中排泄が生じる。そのため、低K血症を生じる。尿中ClはNaと同様に動き再吸収されるため尿中Clは低下する(下表C)。尿中Naは再吸収できないNaHCO3の形で排泄され増加する。このようなケースでは、尿中Na/Cl>1.6となる。

 →尿中pH<6であれば、他の再吸収できない陰イオンの存在を考える。ketoanion、チカシリンクラブラン酸、ピペラシリンタゾバクタム、カルベニシリン二ナトリウムなどの抗生物質などを考える。循環血液量が減少している場合に、これらの薬物を投与すると再吸収できない陰イオンとして働き、Naとくっついて遠位尿細管に到達する。循環血液量が低下しており、アルドステロンが働き、Kの尿中排泄が増加する。そして、間在細胞で水素イオンの排泄が生じ尿中pHは低下する。この場合も低K血症を生じる(下表D)。


CJASN 2019


 では、尿中Clが高くて尿中Naが低い逆の場合はどうか?

 →これは、下痢の場面で見かける場合が多い。下痢によって、重炭酸イオンやカリウムが排泄され循環血液量減少、代謝性アシドーシス、低カリウム血症になる。アシデミアになるため尿は陽イオンを排出しようとして、アンモニウムイオンを排泄する。それと同時に尿中Clも排泄され、尿中Clは高くなるという現象が生じる。尿中Naは循環血液量維持のためになるべく再吸収され少なくなる。この場合は、尿中Na/Cl<0.76となっていることが多い。

 少し、細かな話で難しくなってしまったかもであるが少しでも理解の助けになれば嬉しい。






2019/04/22

Veverimer(ヴェヴェリマー)

 「薬のない製薬企業」というと、「薬ではなく幸せや健康、安心といった価値ををつくり提供する企業」、という意味の比喩表現かと思うかもしれない。しかし、ウォール・ストリート・ジャーナル(2018年10月31日付)にそう報じられたTricida社は、文字通り認可された薬が一個もないが、Venture RoundsとIPOで数100万ドルの資金を集めた。

 これは市場(とFDA)が治験中の「ある薬」に期待しているからである。筆者は腎臓内科医なので、読者のご賢察どおりそれは腎臓内科領域の薬で、名前をVeverimerという。先月に第3相がLancetに発表された(Lancet 2019 393 1417)ので、ご存知の方も多いだろう。第2相がCJASN(CJASN 2018 13 26)だったことを考えると、(市場をふくめた)インパクトの大きさがうかがえる。

 まず薬の説明をすると、VeverimerとはH+とCl-をどちらも吸着する、いわば「新世代」の樹脂である。吸着は二段階で、まずアミノ基にH+を吸着し、それにひきつけられる陰イオンのうち(小さくて腸管に豊富な)Cl-がより選択的に吸着されるように分子構造を工夫している。

 こんな薬はよほどの高分子化学のノウハウを持った人でないと作れないだろうが、実際Tricida社のCEOであるGerritt Klaernerは、Max Planck Institute for Polymer Researchを卒業している。そして何を隠そう、昨年の米国腎臓学会で祭りを起こした(こちらも参照)カリウム吸着樹脂PatiromerのRelypsa社の創立者でもある。Tricida社も、その流れで最初はTrilypsa社と呼ばれていた。

 そして治験についてPICOフォーマットで説明すると、P(患者)の治験対象はブルガリア、クロアチア、ジョージア、ハンガリー、セルビア、スロベニア、ウクライナと米国(米国は全体の約10%)の保存期CKD患者200人余りで、介入群の各データ(中央値など)は以下の通り。

年齢 62歳
白人 98%
男性 60%
糖尿病 61%
高血圧 97%
ACEI/ARB内服 67%
利尿薬(ループないしサイアザイド) 60% 
eGFR 29ml/min/1.73m2
HCO3- 17.3mmol/l
アルブミン尿 241mg/gCr(24.8mg/mmolCr) 

 なお、国をこのような選択にした理由は明記されていない。EU内で治験基準が統一されているとすれば、治験参加費の問題だろうか(資金は当然、Tricida社がだしている)。あるいは、このコホートでは重曹使用者が8-10%と少数だったので、重曹使用率の高い国を避けたのかもしれない。

 I(介入)はveverimerを6g/d、12週間。C(対照)はプラセボで、HCO3-濃度が18未満/以上の比率が同じになるようランダム化され、クロスオーバーはしていない。O(アウトカム)はHCO3-濃度が①4mmol/l以上上昇、または②22-29mmol/lを達成した患者割合だった。ほかに、アシドーシスによる骨や筋肉への害をみるため、身体機能なども比較している。

 なお測定はAbbott社のiSTAT®で採血後ただちに行われ、患者は採血前4時間は絶食にされた。絶食の理由は、アルカライン・タイド(alkaline tide)と呼ばれる食後の胃酸分泌の「反作用」で血中にHCO3-が放出される現象による影響を除外するためだ。

 結果、上記アウトカム達成者の割合は介入群で59%、プラセボ群で22%にくらべ有意に高かった。椅子から立ち上がるなどの身体機能検査でも有意差が見られた。なお副作用では消化器症状が多く、とくに下痢は介入群で9%、プラセボ群で3%だった。

 効果のある薬が増えたのは喜ばしいことだ。今後、重曹との差や、よりハードなエンドポイント(腎予後、生命予後)での効果が検証されたときに、「価格に見合った価値があるか?」という話になるのだろう。欧米で認可されれば、Patiromerのように日本でも治験されるかもしれない(ただし、パチロマーのように透析患者で用いられることはまず考えにくいが)。

 ポリマー技術が今後さらに応用されて、「腸管分子標的薬(または、利尿薬ならぬ利便薬)」の開発がさらに進むことが予想される。腎臓内科医も、腸管の生理学やチャネル(こちらも参照)に詳しくなる必要があるだろう(上述のアルカライン・タイドも、筆者は正直最近まで知らなかった)。





 なお創薬という意味で、化学の次はなんだろう?おそらく生物製剤なのだろう(遺伝子もまた、書き換えと合成の可能な「ポリマー」のひとつだ)。倫理的な障壁や、環境面への影響が懸念されるのでその時代はすぐには来ないと思われるが、いずれ「降圧菌」「吸着菌」といった治療ができるようになるかもしれない。
 

2019/04/16

びっくりする低ナトリウム血症

 低ナトリウム血症の相談を受けると、いつでも心が引き締まる。その理由のひとつは、「プロ」としてみっともない真似はできない、という思い。自意識過剰かもしれないが、「腎臓内科のお手並みを拝見しましょう」と周囲から注目されているような気になる。

 もうひとつは、過補正のリアルな「リスク」だ。高ナトリウム血症のほうは、従来の0.5mEq/l/h(10mEq/l/d)未満より急速な群でも合併症に有意差が見られなかったという報告がCJASNにでた(doi.org/10.2215/CJN.10640918)が、低ナトリウム血症は別だ。

 しかし、そうはいっても鑑別疾患はだいたい決まっているので、順を追って診断していけばそう滅多なことは起きないと思っていたら、びっくりするような低ナトリウム血症の原因があることを発見した。

 それは、「尿閉」である。

 別に、びっくりしなかった読者もおられるかもしれない。たしかに、尿閉で尿が出なければ水が出せないのだから、低ナトリウム血症になるのは当たり前かもしれない。しかし、ここでいう低ナトリウム血症は、水腎症や腎後性の腎障害を伴わない。
 
 報告は(Saudi J Kidney Dis Transpl 2017 28 392、JAGS 2014 62 1199、Gerontology 2007 53 121)いずれも、①膀胱が過伸展しており、②尿浸透圧は血清浸透圧より高くSIADHが示唆され、③尿道カテーテルの挿入で軽快し、④カテーテルの抜去で増悪する、といった特徴を持っている。

 膀胱の過伸展は心因性多飲における低ナトリウム血症の増悪因子としても知られている(J Urol 1992 147 1611)。機序は不明だが、これら論文はいずれも「膀胱の過伸展による(交感神経刺激を介するかもしれない)ADH分泌」と推察している。

 筆者も経験したことがあるが、尿閉による低ナトリウム血症は、知らないと驚きの連続になる。

 尿検しようにも「尿がでない」というのでCTを撮ると信じられないほど拡張し壁の薄い(下写真の紙風船のような)膀胱が写っていたり、尿カテーテルを挿入すると尿崩症かと思うような希釈尿が出て急激なナトリウム濃度上昇が心配されたり、抜去するとストンとナトリウム濃度が下がったりする(そして、再挿入するとまた上がる・・!)。





 それは、結局のところカテーテルでなおってしまうことで、低ナトリウム血症の「高尚な病態生理を操って頭を使う、レベルの高い疾患」、というイメージが崩れる驚きでもある。

 筆者は研修医時代に「低ナトリウム血症だけは永遠に理解できないだろう」と思った。難解なことを例えるのに「それは低ナトリウム血症のようなものだ」と言っていたこともある。

 しかしそのうち(それなら飽きないかも)と思い始め、気づけば腎臓内科医になっていた。

 やはり、これだから低ナトリウム血症はやめられない。



2019/04/05

他山の石

 先月、ガイドワイヤーの重要性と危険性について論じたが、「抜き忘れ」については論じなかった。しかし、医療事故情報収集等事業がおこなった調査の第34回報告書(透析関連の事故をあつかったIII、2【1】)によれば、2004年から2013年までに、穿刺時の「外套(注:外筒の意味だろう)・ガイドワイヤーの残存」の事例が9件あった。うちガイドワイヤーは5件だが、リアルな数字だ。

 報告書には具体的な事例が二つ挙げられているが、ひとつは:

血液浄化用のダブルルーメンカテーテルを鼠径部から挿入留置した。その後血液浄化装置にて血液透析を開始したところ送血管の圧が高く、脱血管に切り替えた。送血管の圧の高さを調べるためにエックス線撮影したところ、ガイドワイヤーの遺残を発見した。小切開にて、ガイドワイヤー、カテーテルを抜去した。改めてカテーテルを挿入し透析を開始した。

 「遺残」とあることから、ガイドワイヤー抜去時にガイドワイヤーが途中で切れた可能性がある。幸い筆者にはその経験がないが、逆に言えば同じ事故に遭遇しても知らなければこの報告同様に気づくのが遅れたかもしれない。

 ただし背景には「カテーテルを留置した際に、ガイドワイヤーを抜くことを失念した」とあり、遺残ではなく全部だった可能性もある。脱血・送血用のルーメン以外にもうひとつ(通常のCVカテーテルとしての)ルーメンがあって、そこからガイドワイヤーがでてくる仕組みだったのかもしれない。

 また、大腿静脈から挿入するのはたいてい緊急なことがおおく、反省点として「早く透析を開始したいと焦りがあった」と挙げられているのを見ると、(その気持ちはよくわかるので)他人事ではないなと身につまされる。

 もうひとつの具体例はICUで、内頚静脈に入っていた中心静脈カテーテルを切って、そこからガイドワイヤーを挿入して透析用カテーテルに入れ替えを試みた際に、断端が静脈内に入ってしまった・・・というものだ。

 これについて報告書は「医師が過労のため体調不良であり、注意力が落ちていた可能性が高い」などと考察している。「過労」、「体調不良」などと聞かされると、働き方と体調を管理することも「カテ道」にとって大事な要素だなと改めて痛感する。


 報告書は、こうした事例を受けての改善点に「院内で事例を共有する」を挙げている。それはもっともだし、じっさい報告書がPDFとして(建設的な意味で)院外に共有されている(リンクはこちら)のは本当にありがたい。ぜひ、他山の石として肝に銘じたい(下図は日本医療機能評価機構ウェブサイトより)。