2020/05/29

電解質異常は好きですか? 代謝性アルカローシス+低カリウム血症

今回も電解質・酸塩基平衡異常について考えてみたいと思う。

症例:
34歳男性(マリファナ常習者)
嘔気と嘔吐で来院。嘔吐は5回/日で4日間持続。吐物に血清のものはなし。
食事はこの2日間取れてない。下痢はなく悪心を伴う腹痛のため入院。
マリファナは入院2日前に使用したのが最後で、それまでは2−3日ごとに使用していた。

身体所見
血圧:131/87mmHg、心拍数:142回/分、呼吸数:20回/分、体温:36.5℃、SpO2:97%
体重:58kg
倦怠感、質問は答えられるが無気力、軽度意識混濁、病院に居ることは言えるが、名前や曜日をいうことは困難、年は答えられる。
咽頭は問題なく、粘膜は湿潤、皮膚のツルゴールは正常、下肢浮腫を認める。

救急外来で1L補液投与

採血検査:(来院時補液投与前)
BUN 46mg/dL、血清Cr:4.3mg/dL、Na 121mmol/L、K 2.3mmol/L、 Cl <50mmol/L、CO2 43.6mmHg、血糖 88mg/dL、白血球 3400/μl、Hb 15.3g/dl、Ht 45.2%、血小板 41万/μl

採血検査:(3ヶ月前)
BUN 7mg/dL、血清Cr:0.91mg/dL、Na 137mmol/L、K 3.2mmol/L、 Cl 105mmol/L、CO2 26mmHg、血糖 81mg/dL

ここまでである異常所見としては
急性腎不全、低カリウム血症、低ナトリウム血症

心電図:

心電図は前のと比較することが最も大切であるが、この心電図では比較対象はない。所見としては、
・U波出現(T波の後に出現する陽性波で、基本的にT波を超えることはない。T波の半分を超えて高くなる場合は低K血症を考える。)
・T波の陰性化
が認められる。

低カリウム血症でみられる心電図としては、
U波(胸部誘導で見られる、血清K 3mEq/L未満ではU波の方が高くなる)、QT延長、T波の平坦化/陰転化 、ST-T低下、異所性心室興奮(VT、VF、PVC。AVブロックに関してはまれ)
がある。

その他の検査所見(補液投与後)
血液ガス(静脈):pH 7.61 HCO3 56 CO2 7.1
乳酸 >15mmol/L、血清浸透圧 263mOsm/kg、尿中浸透圧 211mOsm/kg、尿Na 37mEq/L、尿K 36mEq/L、尿Cl <20mEq/L、Uurea 150mg/dL、Ucr 71.4mg/dL
FeNa 1.8%、FeUrea 19.6%、FeK 9.4%、Urine K/Cr比 5.7mmol/mmol

*FeNa<1%は腎前性を示唆、しかし前提として乏尿を呈するAKIの場合。FeNaはGFRに反比例して基準値が増加する。なので、GFRが仮に100であれば、純粋に腎前性の場合には0.1%未満が腎前性を示唆する。また、利尿剤使用下では影響を受けにくいFeUreaを用いる。FeUrea(FeUN)<35%で示唆する。
*UK/Cr <1.5mmol/mmol(13mEq/g)は正常値である。FEKの基準値は4~16%であるが、腎機能低下すると反比例にFEKの基準値は上昇する。

話が脱線したが、症例の現時点でのものを分析してみる。
・代謝性アルカローシス
・AG開大性代謝性アシドーシス(乳酸アシドーシス )
・低カリウム血症
・低ナトリウム血症
・急性腎不全

では、この患者の病態に関して少し解説:
①:嘔吐によってなぜ代謝性アルカローシス?の理由
通常は胃酸のH+を十二指腸でHCO3が産生され、中和をしている。
嘔吐では、
嘔吐によるH+喪失→緩衝作用のあるHCO3が増加し代謝性アルカローシスが生じる。

②:この症例では、なぜ低カリウム血症になったのか?
嘔吐によって失われたのか?と思うかもしれない。
下記の図を見ていただきたい。腸管液に含まれている電解質は、NaClとHClがほとんどで、Kの含有はわずか5-20mEq/L程度である。
この患者は血清Kが2.4mEq/Lなので、200~400mEqのKを失う必要があり、これには仮に消化管液のKが20mEqだとしても10~20Lも嘔吐をしないといけない。これは現実的には考えられない。

ではどこからと言うと、この症例では、カリウムは尿から失われている。尿でのカリウム喪失は遠位尿細管や集合管で行われる。その中心となるのはアルドステロンである。高アルドステロンによって、ENacやNa/K ATPaseが働き、Kの排泄が促進される。また、アルドステロンはPendrinやH/K ATPaseも活性化させる。
Roy et al, CJASN 2015.
この症例で低カリウム症例を引き起こした原因としては、下記が考えられる。
・代謝性アルカローシスで、多くの重炭酸が濾過され近位尿細管での最大再吸収量を上回るとNaHCO3として遠位尿細管にいき、Na流入量増加で尿にK排泄が増加する(フロセミドなどで低カリウムになる原理と同じ。)
・低クロール血症もvoltage gated Kチャネルによって、電位平衡を保つためにK排泄を惹起する。



③:代謝性アルカローシスと低カリウム血症の関連性は?
両者とも密接に関連している。
これは、代謝性アルカローシスの原因と維持する機構を再認識する必要がある(詳細な解説は聖書を参考にしていただきたい)。
原因としては、
・消化管からのH+喪失
・尿からのH+喪失
・細胞内へのH+移行
・アルカリの投与

維持としては、
・有効循環血液量減少
・低カリウム血症
・低クロール血症
・急性腎不全
・高アルドステロン血症
がある。

非常に関連が強いことがわかる。

④:代謝性アルカローシスの治療目標と症状
重度代謝性アルカローシスで生じうる症状の痙攣、意識混濁、心血管拍出量低下や血管狭窄などがある。これらの症状が、代謝性アルカローシスよりも低Cl血症によって惹起されていると考えている人もいる。代謝性アルカローシスに関しては、治療目標として早期にpH7.55未満、血清HCO3 40-50未満にすることを推奨している。


⑤:この症例の治療に関してはどうすればいいか?
→安易にNaCL+KCLの補液と選択してしまっていないか?

この場合に注意なのは、低ナトリウム血症の存在である。
低ナトリウム血症の補正の際にカリウム補正はナトリウム過剰補正のリスクになる。つまり、この症例でカリウムも補正しつつ、NaCLでNaの補正もすれば、ODSのリスクが増してしまう。なので、この症例ではKCLのみを治療選択して用いる必要がある。

□この症例の診断は?
カンナビノイド過多症候群(日本国内でもカンナビノイドは大麻やマリファナ、脱法ハーブとしても使用されている。)に伴うCl喪失性代謝性アルカローシス、低カリウム血症、低ナトリウム血症、急性腎不全である。

カンナビノイド過多症候群は朝方の嘔吐が7割を占める。暖かいシャワーを浴びることで90%の患者が症状改善すると言う特徴がある。

代謝性アルカローシスのこと、低カリウム血症のことナトリウム過補正のことを含め盛り沢山に学べるケースであった。



2020/05/22

電解質異常は好きですか?代謝性アシドーシス症例を検討。

腎臓内科領域でどこが好きかに関しては人それぞれだと思う。
私は全然できていないことは承知しているが、電解質異常が大好きである。

皆さんもご存知のようにSkeleton Key Group(全世界の腎臓内科フェローが電解質異常に対して症例を出しているグループ)が、いくつか電解質異常について症例を提示している。
とっても教育的で興味深いのでぜひ参考にしてもらいたい。

今回は、このグループからの症例で自分なりにも解釈を加えながら解説していきたい。

症例:
30歳女性で鎌状赤血球症がありハイドロキシウレアで治療、HIVがあり抗レトロウイルス薬で治療。2年前のCD4は410 cell/microL。現在、急性の腹痛、胸痛、両側のすねの痛みで入院中。
内服薬:テノホビル(HIVの薬)、ラミブジン(HIVの薬)、エファビレンツ(HIVの薬)、ヒドロモルフォン(オピオイド系鎮痛薬)、市販薬の内服はなし
痛みは高流量酸素投与とヒドロモルフィンでコントロールされていた。痛みはSick cell crisisによるもの(Sick cell crisisは血管閉塞によって疼痛が生じるものである。)

入院時採血
Alb 4.0mg/dL、BUN 10mg/dL、血清Cr:0.7mg/dL(GFR 78mL/min/1.73m2)、Na 140mmol/L、K 3.0mmol/L、 Cl 115mmol/L、HCO3 15mmol/L、血糖 90mg/dL

血液ガス検査
pH 7.38、pCO2 30mmHg、pO2 138mmHg(nasal 5L)、HCO3 14mmol/L

まず、この症例にある電解質異常と酸塩基平行異常を見てみる。

採血検査からは、低カリウム血症、高クロール血症

血液ガス検査からは、代謝性アシドーシスがあり、AG(Anion gap)はNa-(Cl+HCO3)で計算すると10となり、AG非開大性の代謝性アシドーシスがあるとわかる。
代償に関しては、予想pCO2=1.5×HCO3+8±2で計算すると、29±2となり実際は30であり予想範囲内である。
なので、この症例ではAG非開大性の代謝性アシドーシス、低カリウム血症となる。

皆さんはこの症例から何故このような電解質異常が生まれたのかわかるだろうか?

代謝性アシドーシス+低カリウムの原因として一番多いのは、下痢であるがこの症例では下痢は有していない。次の鑑別としては尿細管性アシドーシスがあがる。
内服薬の中でテノホビルはproximal RTAを起こし、鎌状赤血球はdistal RTAを起こしうる。

非AG開大性代謝性アシドーシスの原因として語呂での覚え方がある。
一つはHARD UP(生活が苦しいという意味)
Hyperventilation(過換気)
Acetazolamide(アセタゾラミド)
 Renal tubular acidosis(尿細管性アシドーシス)
Diarrhea(下痢)
Ureterosigmoidostomy(尿管S状結腸瘻)
Parental Saline(NaCl大量輸液)


もう一つはUSED PART(中古という意味)
Utero enterostomy(尿管結腸瘻)
Small bowell fistula(小腸瘻)
Extra chloride(NaCl大量輸液),
Diarrhea(下痢)
Pancreatic fistula(膵液瘻)
Addison's disease(アジソン病)、Acetazolamide(アセタゾラミド)
Renal tubular acidosis(尿細管性アシドーシス)
Tenofovir and topiramate(テノホビルやトピラマート(抗てんかん薬))

続いて、非AG開大性代謝性アシドーシスの際は尿中アニオンギャップ(尿AG)と尿浸透圧ギャップの計算は鑑別に重要になる。

尿AGは尿中アンモニアの排泄の指標となる。
尿AG=尿Na+尿K−尿Cl
    =未測定陰イオン−未測定陽イオン(アンモニアイオンも未測定陽イオンに含まれる)

つまり、代謝性アシドーシスの際には尿から酸がしっかりと排泄される(=尿アンモニアが排泄される)ので、尿中AGは負(<0)になる。正常は−20〜−50μEq/Lである。


尿中AGが正(>0)になる場合には、遠位型RTAなどの尿アンモニア排泄障害を考えなければならない。

この有用な尿中AGであるが、限界があるということも知っておく必要性がある。
・未測定陽イオン(ケトン、重炭酸、馬尿酸(トルエン中毒)など)の存在が尿AGを上昇させている場合
・リチウム高値が尿AGを低下させている場合
・腎機能低下でアンモニア排泄が抑えられている場合
などは、尿中AGの信頼性が落ちることも認識しておく。

その場合には尿中浸透圧ギャップが非常に鑑別に有用な手段になる。

尿浸透圧ギャップ=測定尿浸透圧 − [2×(UNa+Uk) + UGlu/18 + Uua/2.8]
となり、正常は10〜100mOsm/kgである。尿中アンモニアは尿浸透圧ギャップの半分であり、正常は5〜50mmol/Lになる。
なので、
尿浸透圧ギャップ/2 < 150では、尿アンモニア排出ができていないので腎臓由来の遠位型RTAを鑑別にあげる必要がある。
尿浸透圧ギャップ/2 > 400では、尿アンモニア排出が問題なく腎臓以外の原因(下痢など)を考える必要がある。

なので、トルエン中毒や糖尿病性ケトアシドーシスでは積極的に尿浸透圧ギャップを用いる必要がある。

尿浸透圧ギャップの限界としては、
・ウレアーゼ産生菌がいる場合には尿中アンモニアと尿浸透圧ギャップの関連が乏しくなる。
・アルコールやマンニトールなどの浸透圧物質の尿中排泄がある場合に尿アンモニアが増加していない割に尿中浸透圧ギャップは大きくなる。
・尿中Naや尿中Kが異常な場合


今回の尿所見としては
尿pH 7.1、尿糖 2+、尿蛋白定量 100mg/dL、尿蛋白/Cr比 0.42 mg/mg、尿Na 130mmol/L、尿K 42mmol/L、尿Cl 94mmol/L

今回の症例では尿糖や尿Uaなどはなく尿浸透圧ギャップは計算できなかったが、
尿AG=尿Na+尿K−尿Cl
          =130+42-94
          =78
となった。つまりアンモニア排泄がうまくできていないことがわかる。

ここで、想起される疾患は尿細管性アシドーシスである。

尿細管性アシドーシスの際に
尿AGが正になるのは基本的にdistal RTAである。

distal RTAでは尿中pH >5.3で、尿中AGが正になる特徴がある。
Proximal RTAでは尿中pH <5.3で尿中AGは負である。重炭酸などの治療で尿中pHが上昇し、尿中AGが正になる。

この症例では、尿中pH7.1で尿AGが正であり、distal RTAと判断する。

採血で下記のものが追加された。
尿酸:2.1 mg/dL
血清リン:2.9mg/dL

ここで、ふと疑問が出る。尿糖陽性、尿酸低下、血清リン低下があり、近位尿細管での再吸収が阻害されているのでは?と考える必要がある。つまり、proximal RTAの存在も考える必要がある。

この症例では画像検査で両側の腎結石を認めた。
distal RTAではアルカリ尿であり、かつ尿中カルシウム 排泄が亢進。それによってリン酸とカルシウムが結合してリン酸カルシウム結石ができたと考える。また、結石形成を阻害するクエン酸が代謝性アシドーシスと低カリウム血によって減少する。それによって、より結石を形成しやすくなる。

最終的に今回の症例は

・鎌状赤血球によるDistal RTA
・テノホビル±鎌状赤血球によるProximal RTA

によって生じていると考える。

今回の症例のように深くアニオンギャップ正常代謝性アシドーシスを考える機会も少ないのではないか?
なので、個人的には非常に勉強になった。


2020/05/21

SIADHの診断、6つの質問

 79歳男性、高血圧と高脂血症にサイアザイド・ACE阻害薬・スタチンを内服中。数週つづく倦怠感と左上肢・顔面の不随意運動あり、精査目的に入院。発熱なし、血圧156/76mmHg、脈拍56/min。体重74.8kg(2.2kg増)、浮腫なし。検査所見は以下のようであった。

Na 123mEq/l
Cr 0.89mg/dl
BUN 14mg/dl
血糖 103mg/dl
尿酸 3.1mg/dl
血清浸透圧 256mOsm/kgH2O
尿浸透圧 720mOsm/kgH2O 
尿Na 124mEq/l

Q:診断は?


 本例はマサチューセッツ総合病院のケースカンファ症例(NEJM 2020 382 1943、バイタル・身体所見は入院前のもの)だが、腎臓内科医なら「SIADHっぽい、不随意運動もあるから脳疾患か?」と診断すること自体は難しくないだろう。

 しかしこのカンファで学ぶべきは、症例提示の後に登壇したシンシア・クーパー先生の明快で美しい診断過程にある。腎臓内科医として、思考過程を(研修医や他科の先生方に)分かりやすく伝えていますか?と問われているかのようだ。

 それもそのはず、クーパー先生は腎臓内科医だが、マサチューセッツ総合病院の総合内科でinpatient clinician educatorとして研修医を教え、ハーバード大学医学部の臨床教育も司る、教育のプロだ(賞も多数受賞している、こちらも参照)。

 そんな先生は、どんな低ナトリウム血症であっても、原因を調べ鑑別を絞るときには、系統的にいくつかの質問に答えていくことにしているという。まずそれらを紹介すると:


1. 高血糖はあるか? 尿素と違ってグルコースには張力(tonicity)があるので、著明な高血糖があれば細胞内液から水を引き込み低ナトリウム血症になる。本例は血糖は100台mg/dlであり、除外できる。

2. 血清浸透圧はどうか? グルコースだけでなく、マニトールやIVIGも張力があるので、細胞内液から水を引き込む。こうした物質があれば血清浸透圧は高くなるが、本例は256mOsm/kgH2Oと低く、除外できる。

3. 腎に異常はあるか? 上記を除外した低浸透圧性低ナトリウム血症では、細胞内外を問わず水・ナトリウムのバランスが崩れている。腎臓は水分摂取量に応じて尿を希釈(濃縮)するが、それには十分な糸球体ろ過量と希釈(濃縮)能が必要だ。

 本例は腎機能正常で、サイアザイド中止後もナトリウム値は不変なことから、除外できる。

4. ADHはでているか? 尿浸透圧が血清浸透圧より高いので、ADHがでている。ADHは通常血清浸透圧が高くないと出ない(センサーがある)が、本例のように血清浸透圧が低くても出ているのは異常だ。その原因としてまず、体液減少(volume depletion)がないか確認しなければならない。

5. 体液量はどうか? 本例では、バイタル・体重・身体所見に明らかな体液減少はみられない。微妙な体液減少と適切体液量(euvolemia)を見分けるのは難しいが、もし体液減少があればRAA系が亢進して尿Naは低くなり(本例は100mEq/l以上)、尿酸値も高くなるはずだ(本例は4mg/dl未満)。また、入院後の輸液でもナトリウム値は上がらなかった。

6. 副腎不全・甲状腺機能低下症はないか? 血清浸透圧が低く体液減少がないにもかかわらずADHが出ているのだから、不適切ADH分泌症候群(SIADH)に矛盾しない。ただし、ここに挙げた2疾患は同様の所見を呈することがある。本例でも検索され、除外された。


 このあと先生はSIADHの原因を①悪性疾患、②肺疾患、③脳疾患、④薬剤、⑤その他(痛み・嘔吐・激しい運動など)に大別した。本症例では③が疑われたが、脳MRI所見は非特異的で、不随意運動はナトリウム値でも説明がつかなかった。

 そこで、"face"、"arm"、"dystonic"、"hyponatremia"の4語でPubMed検索し、こちらの診断に至ったことは、すでによく知られている通りだ(日本腎臓学会のメーリングリストでも、先週紹介された)。




 
 いかがであろうか?よく目にするアルゴリズムを正統的に解説してくれる安心感、そしてPubMed検索というクライマックスで迎える衝撃の結末。筆者のように「キラキラ星変奏曲がじつはどれだけ凄い曲か」をプロのピアニストに解説されたかのような感銘を受けたかはともかく、こう思った方は多いだろう。


 クリニシャン・エデュケーターって、かっこいい!



Lang Langさんによる解説
動画はこちら


 

2020/05/20

CKDにとって高カリウムの食事をすることは良いこと!?

今回は、Consの立場にたって前回とは違った立場で見てみたい。
前回、CKDの高カリウム血症を改善させるための手段として、内服薬にフォーカスを絞って話をしたと思う。今回は、CKDにとって高カリウムの食事を取ることが悪くないのでは!?ということについて触れたいと思う。

まず、前提としてカリウムが豊富な食事摂取が健康にとっていいという観察研究や介入研究が多数存在している。
− Hypertension 2014:カリウム 摂取により高血圧の頻度を減らしたという報告。
NEJM 2014:カリウム 摂取量が多くなると高血圧の割合改善。ナトリウムも検討
NEJM 2014:カリウム 摂取量が多くなると死亡率・心血管疾患割合減少。ナトリウムも検討
Stroke 2014:閉経後女性でカリウム 摂取量増加とともに脳卒中や虚血のリスクを減少。


このように高カリウム摂取が健康にいいと言われている反面、CKDにおける高カリウム血症の懸念は悩ましい部分である。


まず、食事でカリウムを摂取して、腎臓がどのようにカリウムの調整を行なっているか(Potassium handling)を見てみる。

下図にも提示するが、腎臓に到達したカリウムはほとんどが近位尿細管(60-80%)とヘンレ上行脚の太いところ(20-40%)で再吸収される。

尿細管にカリウムが排出されるのはアルドステロンに反応して遠位尿細管から排出される。
遠位尿細管のチャネルの主役はENacとROMKとMaki-Kがある。
・ENacでは、Na再吸収が主な働きである。Na再吸収は、①尿細管管腔の流速増加、②遠位尿細管へのNa量増加、③アルドステロン増加によって再吸収量が増加する。
・ROMKはK排泄が主な働きになる。K排泄は、①尿細管管腔の陰性荷電、②アルドステロン作用によって尿細管へのカリウム排出を増加させる。

上記から高カリウム血症の治療で、自尿がある患者でフロセミドが治療を用いる理由を考えてみる。
(フロセミドによって、ヘンレループのNKCC2チャネルの阻害にが起こりNa+とK+の再吸収が阻害。遠位尿細管への流速増加とNa量増加しENacが働き、Naの再吸収→遠位尿細菅腔の陰性荷電→K排出が生じる。尿流量の増加でMaxi-K(BK)チャネルが活性化しK排出が生じる)

ここからは数個質問形式で少しお話しする。
Q:食事摂取で血清カリウムは増加するのか?
食事でのカリウム摂取によって、血清カリウムや血清アルドステロン濃度が増加する前にカリウム尿やナトリウム尿が排出される。これは、摂取によって遠位尿細管のNCCチャネルの阻害が生じ、尿流量の増加や遠位尿細管のナトリウム量の増加が生じカリウム排泄が増えるせいだと考えられている(KI 2013:マウスの実験から)。


Q:カリウムは腎不全の人にとっていいのか?
カリウムが多い食事(フルーツや野菜など)は、繊維やアルカリや微量元素など腎不全の人にとって必要なものが豊富である。代謝性アシドーシスになることで、高カリウム血症を助長するし、腎不全の進行にも寄与することが示唆されている(CJASN 2009)。
また、カリウム含有が多いものに含まれいてるアルカリの摂取量増加は腎結石のリスクを減少させ、重要な役割を果たしていると考えられている(CJASN 2016)。

Q:カリウム摂取量は直接的に血清カリウム増加につながる?
カリウム摂取量と血清カリウムの増加は決して単純に平行というわけではない(カリウムが多いものには炭水化物も多くインスリンも働くなどのため)。

Q:カリウム摂取量とCKD進行の関連は?
The PREVEND studyは尿中カリウム排泄(カリウム摂取量の代替マーカー)の低下がCKDリスク増加と関連していると報告している。

では、尿中カリウム排泄とCKDの進行に関しての報告を別のStudyでも見てみる
CRIC study (JASN 2016):尿中カリウム排泄量低下がCKDリスク増加に関連
MDRD post hoc analysis(AJKD 2016):上記の関連性はない。
KNOWN-CKD(CJASN 2019):尿中カリウム排泄量低下がCKDリスク増加に関連
KNOWN-CKD
上記からわかるように尿中カリウムをマーカーとして、直接的にカリウム摂取量で検討している研究は少ない。現在進行中の研究のK+in CKDはCKD3b/4の人を対象に経口カリウム摂取の腎保護作用を見ている研究になる。

主旨は違うが、高血圧によるCKDの代謝性アシドーシス治療に対して、重炭酸治療と野菜やフルーツなどのカリウム摂取治療と通常治療を比較したものがある(CJASN 2013KI 2014)。この研究では重炭酸投与とフルーツ野菜など投与した群ではアシドーシスの改善と腎機能低下が抑えられたという報告がある。ただ、この研究ではカリウムが上がるリスクがある糖尿病患者、投与前にK4.6mmol/L以上は除外している。


CKD患者やESKD患者のカリウム摂取をすることの有用性は、今後のRCTを見てみないとはっきりは言えないが、個人的にはCKD患者であれば、
・高カリウム血症がない場合(Kの数値としては前の論文の4.6mmol/Lをカットオフとするのはいいかも)
・食事以外で、代謝性アシドーシス、コントロールが悪い糖尿病がある場合、組織の破壊が起きている、便秘がある、Kを増加させる必要のない薬剤を内服している場合にはそれらの介入を行う。
上記がクリアできれば、栄養相談もしながらカリウム摂取の過度な制限はかけなくてもいい可能性が高い(透析患者ではCKD患者に比べれば、高カリウム血症のリスクはあがる)。

もし、カリウムが上がっても先に述べた薬も使いながらカリウムを過度に制限しないような生活を過ごすことが、体にとっても非常に大切なことなのかもしれない。



2020/05/19

外科医の覚悟に触れる

 「覚悟」という言葉を医療で最もよく聴く分野は、心臓血管外科だろう。そうした著書や番組も多数ある。心臓も大動脈も患者に1つしかないし、失敗すれば患者はその場で死んでしまうのだから、当然だろう。

 「覚悟」には、技術の習熟はもちろん、適応や術式の決定、想定外事態へのトラブルシュート能力なども含まれる。また「ハートの強さ」や「胆力」も強調され、名心臓血管外科医はサムライに例えられることすらある。

 内シャント造設術も、手術であるからには、当然このような「覚悟」が求められる。心臓や大動脈と同じように、手術に適切な皮静脈が1本しかないこともあるし、バスキュラーアクセスの確立は患者の生死に関わる大問題だからだ。


 ・・だから、たとえ吻合するはずの皮静脈が下図のように前腕中程で破れていても、なんとかしなければならない。




 「術前評価が甘かったかな」「静脈の拡張圧が強すぎたかな」・・反省はもちろん必要だ(シャント予定肢にルート・採血禁したかの確認も!)。じっさい筆者は直ちに反省し、心と頭がフリーズしかけた。

 しかし幸いなことに、その前日に心臓血管外科医の本(書名もずばり『心臓外科医の覚悟』、山本晋著)を読んでいた。そこで、「登山と一緒で、遭難してもなんとか安全に下山してこなければならない」と気持ちを持ち直すことができた。

 で、どうするか?

 とりあえず、①他につなげる皮静脈が近くにないか探すか、②損傷部位までなんとか露出させて修復するか、③肘側で一から作り直すか、を思いついた。

 


 結局①の皮静脈はなく、③は侵襲も流量も増えてしまう。さいわい損傷部位が皮切創からアプローチ可能だったため②を選んだが・・正直初めての経験だ。でも、狭窄したら「PTAまたは③」と、覚悟を決めた。

 ベストを尽くして7-0プロリン糸で薄く単結節で縫い、漏れは止まった。血管鉗子を解放後の数時間はスリルが不安定だったが、そのあと安定し、さいわい1-2週間で穿刺使用可能となった。

 こんなことは、もちろん「ハドソン川のキセキ」くらい稀でなければならない。しかし、手術のたびに「覚悟」は必要だと痛感した。手術もできるようになりたい!という読者には、手技のコツなどの教科書だけでなく「覚悟本」にも触れることをお勧めしたい。



宮本武蔵『五輪書』を元に作成


2020/05/16

総力戦

 毎週木曜日に更新されるものといえば? 

 −NEJMの最新号がweb pageに登場する日

 私も読者の1人である。中でも「case records of MGH」はいつも興味深い臨床推論が展開されて楽しみにしている。そんな中、今週の症例(DOI: 10.1056/NEJMcpc2002418)が一際目をひいた。

 題名は、AKIを合併した68歳男性のCOVID19患者の経過である。
 
 普段であれば「case records of MGH」は病歴から鑑別、診断、治療、経過ととにかく臨床医の頭の中を言語化してくれている。
 
 しかし、今回のcase recordは少し趣きが異なる。

 ・たった数ヶ月で様々な知識が不完全ながら集約してきた様子
 ・目の前の患者の臨床医の苦悩
 ・社会背景まで考慮した考察

 この論文の中でも、

 ・腎臓自体へのCOVID19の直接障害
 ・凝固障害
 ・透析条件
 ・限りあるリソース

 などの問題点が挙げられている。COVID19の知識の確認はここを確認していただきたい。

 ところで、この患者は結局どうなったか?

 最終的にはリハビリテーション施設へ無事転院した。

 ほっとした。
 
 今、まさしく全世界がCOVID19と戦っている。

 総力戦を描き上げた、そんなcase recordだった。

 なお、同じ号のClinical practice(DOI: 10.1056/NEJMcp2009575)も参照






 
 

2020/05/15

3つの腎臓

 先週のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに載った「3つの腎臓(NEJM 2020 382 1843)」には、驚かれた方も多いだろう。


出典はこちら


 低位の左腎は右腎と癒合しているが、それぞれの腎臓は独立した尿管をもち膀胱に接続している(明記はされていないが、おそらく腎動脈・静脈も独立しているのだろう)。このような多数腎(supernumerary kidneys)の存在は以前から知られていた(下図はJ Anat Physiol 1911 45 117)が、極めて稀で、報告例は100未満ともいう。


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 機序は不明だが、尿管芽や周囲の間葉細胞の分離や移動の異常ではないかと推察されている(Clin Nucl Med 1999 24 264)。四つ葉のクローバーも、踏まれるなどで原基が分裂し4個になることが主因という(こちらも参照)が、当たらずとも遠からずといったところだろうか。




 では、上記患者さんは、四つ葉のクローバーを見つけた人のように幸運なのだろうか?まずリスクについては、結石や感染が心配されるものの、大抵は無症候性だ(上記NEJM症例も、これと無関係な腰痛の精査で偶然見つかった)。

 一方の腎機能であるが、ネフロン数が1個分多いという報告は見つからなかった(レノグラムで各腎臓ごとの腎機能割合を測ったものはあるが)。上記NEJM症例はブラジルの38歳男性で、Crは0.9mg/dlとある。人種や体格にもよるがeGFRは100-120ml/min/1.73m2と、そこまで高くはないようだ。

 また、極めて稀なこともあり、多数腎の一つを移植したという報告も見つからなかった。いつかは、摘出しやすく機能に問題ない多数腎グラフトの移植が報告されることも、あるかもしれない(写真は、1人の「利他的ドナー」からドミノ式に始まった腎移植のドナーとレシピエント60人;こちらも参照)。



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2020/05/14

りんごと腎臓

 これは一体?


 特に既往歴のない40歳代女性が発熱、全身倦怠感で来院した。バイタルサインは安定している。元気にお話できている。ところが、Cr1.3mg/dl(ベースのCr0.8mg/dl)かつ炎症反応も軽度上昇している。


 Cr0.3mg/dl以上の上昇でありAKIである。いつものAKIの鑑別かと思うだろう。もちろん自分もそう思った。緊急透析の適応を確認、腎後性の否定、尿定性検査、尿沈渣を提出して...という流れだ。基本的な流れは抜けなく行うことが重要である。

 さてその間に何をするかというと、患者さんとの直接の対話すなわち病歴聴取である。「どんな背景の患者に」、「どんなことが起きて」腎障害が発生しているかをつかむことが診断につながることが多い。この患者さんに問うと、病気になった子供とのコンタクトがあったとのこと。先行感染ありか...その時は特に何も感じず診察が進んでいった。

 診察すると下肢に紫斑ができている。あれ、感染を契機とした紫斑性腎炎か?はたまた心内膜炎などの菌血症なのかそれとも膠原病などあるのかなどと思っていた。


 感の鋭い方は気づいたかもしれないが、子供が病気だったからさらに突っ込んで聞くことで、大きく展開は動く。1週間ほど前に子供がりんご病だったとのこと。

 はて、りんご病すなわちパルボウイルス感染と腎臓は何か関係があるのだろうか?そんな疑問をお持ちの皆様に簡単にご紹介するのがこれ(CJASN 2007 2 S47)。


 パルボウイルスといえば、伝染性紅斑、赤芽球癆、多関節炎、胎児水腫を起こす自然界で最も小さい、single strand DNAウイルスである。潜伏期として5-6日あると言われる。病原性はNon-structural protein というもので規定され、赤血球前駆細胞に感染し前述したNPにより融解したりアポトーシスを起こしたりする。血中のピークは8-9日、IgMは曝露から10-12日で現れ, IgGは14日目ほどで現れるとされる。

 臨床兆候は、患者の年齢、血清学的異常、免疫状態により規定される。免疫抑制患者(特に細胞性免疫低下者)により重度の症状が出ることがある様だ。

 さてここで腎臓とB19感染だ。現時点で想定されているのは、糸球体に対する免疫複合体沈着により糸球体腎炎様の経過を呈する症例報告がある。病理学的には、Endocapillary proliferative glomerulonephritisが最も多いと報告されている。


 本末転倒な話であるが、パルボウイルス感染によって確実に腎障害が起きているのかを証明することは難しく、PCR法などを実施し同定しようとする試みがある様だ。治療は現時点で特異的なものはなく、IVIGが有効かもしれないとする報告がある。


 りんごと腎臓、関連が意外とあるものだ。

 
 
(とあるサイトより)

 

2020/05/13

CKDの高カリウム血症は絶対にダメ!!どうすれば??

今回は、慢性腎不全におけるカリウムのPros and Cons (賛否両論)について話してみたいなと思う。

まず、はじめにProsのほうから。
Prosとしては、慢性腎不全にとって絶対に高カリウム血症はダメ!!
では、新規に出るK吸着薬を用いてしっかりコントロールしよう。そのために、K吸着薬のことを再度勉強してみよう!以前の記事も参考にしていただきたい。

まずは、現在使用されているものについてまとめてみる。本邦ではまだ承認されていない薬剤もあるが、重要である。

表:高カリウム血症の吸着薬まとめ

では、各薬剤に関して少し深堀りをしてみる。

■ポリスチレンスルホン酸(SPS):
これは、米国FDAで1958年に承認されている(もう半世紀も前の薬で今も活躍している薬なのである。)この薬に関しては大規模なRCT検査は行われておらず、観察研究が主体になっている。2015年に発表された小規模人数のRCTだが、一定のK低下作用が示されている。
しかし、この薬で悩まされるのは好ましくない合併症である。これは、患者、医師からもこの薬の評判をさげる理由となっている。
まず、悩まされるのが単剤で投与時に生じる便秘である。これを解決するために、SPSを高浸透圧物質であるソルビトールに溶解して便秘の副作用が改善する方法がある。しかし、腸管壊死・穿孔の重大な合併症が報告されている。2013年に報告されたSystematic reviewでも、30の論文で58人のケースで腸管穿孔が生じている。ソルビトール溶解は41人で17人はソルビトール非溶解だったので、SPS自体が害があることがわかる(報告では大腸壊死の割合がSPS使用者で0.14%、非使用者は0.07%)。

2019年にSPSに対しての後ろ向き研究ではあるが、65歳以上の20020人のSPS内服者を対象に研究された。それとマッチするように非使用者20020人を選択し、30日間での消化管の合併症の有無を比較した。SPS使用群では37人/1000人中、SPS非使用群は18人/1000人であった(HR:1.94 (1.10-3.41))。この研究結果からは、SPS使用で入院や消化管合併症が増加することが多くなったことがわかる。

つまり、もし使う場面がなければ、なるべく合併症の観点からSPSに関しては使わないほうがいいことがわかる。

■Patiromer(パチロマー):
これは新世代の高カリウム血症の薬で、2015年10月にFDAで承認されている(AMETHYDT-DN trial:下記参照)。
非吸収性のポリマーで、結腸で完全にイオン化されてカリウム濃度が最も高値の場所で、カルシウムとカリウムを変換し高カリウム血症を改善する。
AMETHYDT-DN trial:Phase 2 RCT、eGFR 15-59ml/min/1.73m2の糖尿病性腎症患者でACE-IかARB、もしくは両者を持っていて、血清カリウム >5mmol/lの患者306人に対してPatiromerを8.4-33.6g/日で開始し4週と52週で見たものになる。
投与群ではK血中濃度は低下し、副作用としても低マグネシウム血症(7.2%)や便秘(6.3%)、低カリウム血症(5.6%:K<3.5)などが認めれた。

Patiromerに関する研究は、2015年のAMETHYST-DN、2015年のOPAL-HK、2019年のAMBERは抑えておく必要がある。下にまとめる。

Patiromerに関しては、2022年に終了予定のDIAMOND trialがある。
これは心不全患者でRAS阻害薬使用者の高カリウム血症のマネジメントでPatiromerを使用するとどうなるのかをみているRCTである。


■ZS-9(Sodium zirconium cyclosilicate:SZC):
Lokelmaという粉の形状で2018年5月にFDAに承認された。選択的に水素・NaとKを交換する結晶構造になっている。
投与の推奨としては10g×3/日で48時間、その後は10g/日に減量して投与を行う。この薬もSPSやPatiromerと同様に他の薬内服と前後2時間はずらす必要性がある。
ここでも、キーの論文をまとめてみる。
2015年のHARMONIZE、2015年のNEJMの論文、2019年のCJASNの論文である。

あとは、ここに考えなくてはいけないのがコストの問題である。
Patiromerは一ヶ月で1032ドル(=約11万円)、ZS-9(Sodium zirconium cyclosilicate:SZC)も1ヶ月で900ドル(=約10万円)、ポリスチレンスルホン酸はものにもよるが1ヶ月で1万円前後になっている。
なかなか、月10万は厳しい、、、

今後新規治療薬値段が抑えられつつ、我々のもとにくることを切に望む。


2020/05/12

デント病アップデート

 2013年に本ブログでも取り上げた、近位尿細管のエンドサイトーシス障害を起こすX連鎖の遺伝疾患、デント病(Dent's disease)。復習すると、臨床的には以下が診断の手がかりになる(Orphanet J Rare Dis 2010 5 28)。

・低分子蛋白尿(β2ミクログロブリンなど)
・高Ca尿症(0.25mg/mgCr以上)
・以下のうち少なくとも一つ(腎石灰化・腎結石・血尿・腎機能障害)

 デント病1型の責任遺伝子は、小胞体pH低下に関わる2Cl-/H+交換輸送体のCLCN5。次に多い2型は、小胞体のソーティングなどに関わる細胞膜分解酵素のOCRL1遺伝子による(より重症のLowe病とちがい、知的障害はないことが多い)。

 デント病は稀な疾患ではあるが、細胞生理学や腎生理学のエッセンスが詰まっている。そこで、ここに改めて4点について図表を用いてアップデートする。


1. CLC5


 小胞(early endosome)内のpHは、V-ATPaseプロトンポンプが細胞質からH+を小胞内に汲み入れることで下がる。どうしてCLCN5遺伝子異常でも、pHが下がらなくなるのだろうか?

 これについて、以前は遺伝子のコードするタンパク、CLC5が単純なCl-チャネルと信じられていたため、「H+と一緒にCl-も小胞内に入れないと電気的中性が保てないから」とされていた。

 しかしその後、CLC5は2Cl-/H+交換輸送体なことがわかり、話は複雑になった。プロトンポンプがH+を汲み入れる隣で、CLC5はH+を汲み出してしまう(両者は同じ場所に局在)・・どういうことか?


Front Pharmacol 2017 8 Article# 151より


 CLC5をただのCl-チャネルに変異させると、小胞体のpHが下がりにくいことはわかっている(Science 2010 328 1398)が、詳細は不明だ(筆者は、H+が「クルクル」回るのかなあ、などと空想するが・・根拠はない)。



  
 さらに、CLC5のどこにどう異常が起きるかも一定していない。CLCN5遺伝子の変異は遺伝子全域に分布し「ホットスポット」に乏しいからだ(日本の報告はNDT 2014 29 376)。なおこのことは、後述する表現型のばらつきとも関係するのだろう。


2. 高リン尿症、高Ca尿症


 近位尿細管でエンドサイトーシスができないと、どうして高リン尿症や高Ca尿症になるのか?2013年の記事にも定説をまとめたが、あるレビュー(Front Pharmacol 2017 8 Article# 151)に下図を見つけたので紹介する。




 まず高リン尿症は、PTHの再吸収障害による。尿細管を流れてきたPTHは、尿細管内腔のPTH受容体を刺激する。その結果、リンをNa+とともに再吸収するNPT2aチャネル(こちらも参照)の発現が低下し、高リン尿症となる。

 つぎの高Ca尿症は、もう少し複雑だ。PTH受容体からのシグナルは、25(OH)VitD3から1,25(OH)2VitD3への活性化を亢進させる。いっぽう、基質となる25(OH)VitD3は、尿細管内腔からのエンドサイトーシスが低下するので、尿細管細胞内に届きにくい。

 高Ca尿症はデント病の全例に診られるわけではない(前掲のNDT論文では46%)が、それは遺伝子変異部位の多彩さに加えて、VitDの基質の量と活性化酵素のバランスにもよるのかもしれない。


3. CLCファミリー


 デント病といわれてもピンとこないのには、CLC5という存在のマイナーさもあるだろう。しかし実は、CLC5には家族がいる。それも、こんなに沢山(図はPhysiol Rev 2018 98 1493より)!




 さらに、これらのファミリーの発現と疾患との関連についてもまとめると、以下のようになる。まず上皮細胞のイオン輸送にかかわるCl-チャネル群は、こちら。


Physiol Rev 2018 98 1493を元に作成


 アルドステロンやBartterなどと聴けば、デント病も今までより身近に感じられるのではないだろうか。さらに、CLC-2には分子標的阻害薬まである。上皮調節便秘改善薬、Lubiprostoneだ(アミティーザ®、こちらも参照)。

 つぎに、小胞体やリソソームの機能に関わる2Cl-/H+交換輸送体群は、こちら。


Physiol Rev 2018 98 1493を元に作成


 こちらは細胞内にあることなどもあってか未解明な点も多い。しかし小胞内pHはさまざまな生理・病理現象に関連している(あの新型コロナウイルスも、小胞を通して細胞内に入る!)。

 未知領域への入口のようなデント病の解明がもたらす恩恵は、想像以上に大きいのかもしれない。
 

4. CLC-0


 CLCファミリー発見のきっかけとなったプロトタイプ、CLC-0。こういう場合にはよくあることだが、CLC-0は動物で見つかった。となると、動物ネタで知られる?本ブログで紹介しないわけには行かない。

 なんと、CLC-0が発見されたのは、シビレエイ(Torpedo marmorata)の電気器官(electric organ)だった!
 

出典はこちら


 電気器官の存在自体は太古から知られており、18世紀には英国で解剖的に考察されている(Philosophical Transaction 1773 63 489、こちらも参照)。上図のように、極めて太い神経束が電気器官にのび、その終末が六角柱に積み上げられた電気細胞(electrocyte)一枚一枚に張り巡らされている。


Sci Rep 2016 6 Article# 25899より


 六角柱をくわしくみると、神経終末は下図のように電気細胞の片面にのみ分布し、同側の電気細胞膜にあるアセチルコリン受容体(青丸)を刺激してNa+の流入を起こす。いっぽうのClC-0(赤丸)は細胞の裏側に分布し、電位依存にCl-を流入させる。

 




 これにより、細胞の表と裏のあいだに90mV程度の電位が発生する。さらに電位は積み重なり、全体では50Vにも100Vにもなる・・。ピカチュウもびっくりの、何ともシビれる話ではないか!

 なお、CLC-0はホモダイマーで極めて大きなCl-コンダクタンスを持ち、それをCl-イオンじたいが調節しているなど、その道の方々にはとても興味深いチャネルだ。興味がある読者は、パイオニアが回想がてら書いたレビュー(J Physiol 2015 593 4085)も参照されたい。


★ ☆ ★


 いかがであろうか?他にもLubiprostoneがその名の通りプロスタグランジンの派生物であること(プロスタグランジン系がCl-輸送に深く関わっていること)など、さまざまな学びが派生していく、デント病。本疾患とそれが関わる未知領域への注目を集めるのに、少しでも役立てば幸いである。