2024/08/07

ELITE-Symphonyスタディ

 2007年にヨーロッパ・カナダ・ブラジル・メキシコ・トルコのグループが発表したELITE-Symphonyスタディ(NEJM 2007 357 2562)は、腎移植領域の数少ない大規模な前向きランダム化試験の一つであり(オープンレーベルではあるが)、移植に関わらない腎臓内科医も知っておいてよいと思われる。

1.結論

 端的には、現在腎移植後に最もよく用いられる「ステロイド+MMF+低用量タクロリムス」レジメンがその地位を確立したスタディである。2010年代以降に腎移植に関わった(筆者を含む)人々にとっては当たり前の組み合わせも、それまでは当たり前ではなかったようだ。

 まず、研究グループは「(アザチオプリンよりも優れた拒絶予防効果を持つ)MMFを併用すれば、シクロスポリン・タクロリムス・シロリムスの用量を下げられるのではないか?」と考えた。そして、低用量は「移植直後からでも大丈夫なのでは?」と考えた。

 そして、18-75才の生体腎・献腎(心臓死を除く)移植を受けた患者1645人を、①シクロスポリン高用量、②シクロスポリン低用量、③タクロリムス低用量、④シロリムス低用量の4群に分け、12か月フォローしたところ、生検で証明された拒絶は③が最も少なく、グラフト予後は③が最も優れていた。

2.解説

 対象患者は約9割が白人、A/B/DRの平均ミスマッチは約3/6、高リスク(expanded criteria)ドナーからの献腎移植は約17%、糖尿病による末期腎不全は6%と、免疫学的リスクやDGFリスクは比較的低いコホートであった。ただし、平均年齢は約45歳であった。

 それもあってか、全例で免疫抑制の導入には抗CD25(IL-2受容体)モノクローナル抗体でbasiliximabの仲間、daclizumabが用いられ(移植前に2mg/kg、移植後は2週間ごとに1mg/kg×4回)、Thymo(抗ヒト胸腺/リンパ球ウサギ抗体)を用いた患者は除外された。

 また、各レジメンの目標トラフは高用量シクロスポリンの移植後3ヵ月で150-300ng/ml、それ以降で100-200ng/ml、低用量シクロスポリンで50-100ng/ml、低用量タクロリムスで3-7ng/ml、低用量シロリムスで4-8ng/mlであった。

 「MMFをしっかり効かせて(2g/d※)CNI用量を下げる」がテーマのため、攻めた設定である。また、プレドニンの最小用量は移植後2週間で20mg/d、3-8週間で15mg/d、9週-4か月で10mg/d、4か月以降で5mg/dと、こちらもやや多めであった。※今では、MMFは1g/dに減量されることが多い。

 ただし、実際にはタクロリムスの平均トラフは6-7ng/ml(標準偏差は5-10ng/ml)と高めであった。後にタクロリムスのトラフが5ng/ml以下でDSAが増えることが報告されたこともあり(AJT 2015 15 2921)、施設ごとに目標を決める際の基準になった(「5を避けて6-8」、「ベラタセプトを併用しつつ、5を狙って4-6」、など)。

 最後にシロリムスであるが、残念ながら本スタディでは拒絶が最も多く、グラフト予後も高用量シクロスポリンと変わらず、感染症・貧血・創部の治癒遅延・リンパ嚢腫などの有害事象が多かった。目標トラフが低かった可能性はあるが、少なくともこの組み合わせは余り見られなくなった。

 現在では、シロリムス・エベロリムスなどのmTOR阻害薬は、CNI減量目的の追加薬として用いられ、米国ではベラタセプトに次ぐ第二選択薬の位置づけである(ベラタセプトが用いられない日本では、第一選択薬である)。

3.感想

 正直筆者は、今月までこのスタディを知らなかった。移植医療に限らず「どうしてこうしているの?」を問いかけないと、「そういうものだから」で終わってしまう。それでも診療はもちろん行えるのであるが、歴史を知ると、「いまはポスト・シンフォニー時代なのだな」と相対的に診療を認識できる。そして、次の時代の到来も予見できるようになる。


(出典はこちら



2024/08/03

夏の一冊 2024

 猛暑・酷暑・・・そのうち新しい暑さを表す言葉が現れるにちがいない(極夏、獄夏と書いて「ごくか」など?)ほど厳しい時候、屋内で過ごさざるを得ない方も多いだろう。そんなわけで、久々にお勧めの本を紹介したい。その名も、『先生、このへんどうでしょう?対談から学ぶCKD診療スタンダード』である。


(出典はこちら


 腎臓内科医師が対談でCKD診療についてさまざまに語り合う、という設定で著者らが書いた本である。
 
 まず気づくのは、思わず手に取りたくなるソフトな印象のカバーである。なお、対談医師が二人とも男性なのは、おそらく著者らが男性だからで、「医師と言えば男性」という固定観念を押し付けるものではないだろう。

「診療スタンダード」と銘打つだけあって、読んだらすぐに外来で役立つ内容である。患者の質問などにもよりよく答えられるようになるだろう。このような教育機会が現実にももっとあればよいのにと思う。

 専門家と非専門家の対談形式は、得てして専門家が語り、非専門家は聴くというパターンになりがちである。しかし本書は両者ともに専門家であるため、やりとりが丁々発止で心地よい。時にはお互い診療の考え方が違うこともあるが、互いの違いを認め合うポジティブさが、却って雰囲気をよいものにしている。

 ただし、あくまで対談の対象は非専門医であるため、内輪ネタで盛り上がって終わりにするのではなく、両者が非専門医に語り掛ける形になっている。そしてそこには上から目線がなく、「初心忘れるべからず」や「知らないことを知っている」といった、専門家ならではの謙虚さが感じられる。

 また、どのトピックにも「先人の苦労を偲び、現在の問題・悩みを共有し、未来に希望を託す」という姿勢が通底している。人類の進歩を信じていると言えばややナイーブな楽観主義にも聞こえるが、その一方で「変わるもの」と「変わらないもの」を見極めようとしているのかもしれない。そのことは、随所に出てくる古代から中世に至るさまざまな引用句からもわかる。

 もちろん個々に挙げられた個々の治療やその推奨度は何年もすれば変わってしまうだろう。しかし、本書を読んで得られた知識や智恵、そしてクス笑いは、時を越えて残るのではないだろうか。

 それにしても・・いったいどんな本なのか?

 それは、読んでのお楽しみである。

 

2024/08/02

FSGSと抗ネフリン抗体

  一次性FSGSはcirculating factorが足細胞を傷害すると考えられており、その如実な例が移植後の再発FSGSである。2012年に、移植直後からFSGSを再発した腎グラフトを別の患者に移植しなおすことで腎グラフトを救ったケースが話題になったことは、以前にも述べた

 もちろん、FSGSの患者が腎移植を受けられないわけではなく、再発率は高いものの報告された文献をまとめると成人で約16%、小児で約40%である(KI 2024 105 450)。移植後は頻回に蛋白尿をモニターし、腎生検を行う。病名通りの硬化が診られるまでには何週間もかかるため、治療を遅らせてはならない。

 ※電顕レベルでは広汎に足細胞の病変が診られるため、Focalという呼称は誤解を招きがちである。また、光顕病変は髄質付近の糸球体に好発するため、サンプリング・エラー(MCDと誤診される)も起こりがちである。

 しかし、血漿交換、免疫吸着、リツキシマブなどを行っても、治療成績はあまりよくない。新規抗CD20抗体(ofatumumab、obinutuzumabなど)、間葉系幹細胞なども、試行段階である。また、二度目の移植では再発率がさらに高くなる。それで、circulating factorを含む、病態の解明が待たれていた。

 そんななか、2022年にハーバード大学らのグループがMCD患者の血中に抗ネフリン抗体を確認し、それが治療効果・病勢と同期することと、抗ネフリンIgGが腎生検の組織上でネフリンに局在することを発表した(JASN 2022 33 238)。

 MCDもFSGSも肉眼的な病理の呼称であり両者は足細胞病のスペクトラムと考えられるため、抗ネフリン抗体がcirculating factorなのでは?という期待が高まった。

 そして2023年、日本の多施設グループが移植後に再発した一次性FSGS小児患者で抗ネフリン抗体が著明に高値で、病理組織で抗ネフリンIgGがネフリンに局在し、治療効果・病勢と同期することを示した(KI 2024 105 608)。

 それだけでなく、ネフリンのチロシン残基がリン酸化され、ネフリンの細胞内への移動に関わるShcA蛋白などの発現が増加していた。また、抗体のサブクラスは複数であったこと(polyclonal)、補体の沈着はわずかしか見られなかったことなどがわかり、病態への理解も進んだ。

 さらに昨日、ヨーロッパ各国のグループが537例(成人患者357、小児患者182)、対照117例に対して抗ネフリン抗体を調べた結果を発表した(NEJM 2024 391 422)。ランドマーク・スタディと考えられるため、急遽取り上げることにした。

 結果、小児の低Alb血症や高度蛋白尿を伴う特発性ネフローゼ症候群の79%、免疫抑制薬の未使用例に限れば89%に抗ネフリン抗体が見られた。やはり病勢に同期し、リツキシマブ・シクロスポリン・ステロイドなどで蛋白尿が改善すると抗体量も減っていた。

 さらに、抗ネフリン抗体の動物モデルも検証し、ヒトのネフリン1176チロシン残基に相当する1191チロシン残基のリン酸化、Shc1やClathrinの発現増加、slit-diagramに関わる蛋白の発現低下を示した。

 ただし、成人の一次性FSGSでは、抗ネフリン抗体の陽性率は9%にとどまった(MCDでは43%)。小児の特発性ネフローゼのなかには、MCDもFSGSも入っているため、成人よりも陽性率は高いかもしれない。

 まだ話は途中であるが、少なくとも小児領域では腎生検の代替になりうる他、陽性率が高ければ一次性FSGSや移植後再発の病勢マーカーとして使用できる。

 また、病態に関連して言えば、補体関連の治療薬(エクリズマブ、ラブリズマブなど)よりも、抗体産生を抑制するB細胞・形質細胞をターゲットにした治療(抗CD28、抗CD38など)に照準を合わせられる。

 さらに、チロシン残基のリン酸化まで分かったのであれば、世の中にはチロシンキナーゼ阻害薬がたくさんある。もう少し「どこにどのように効かせればよいか」の確証が得られれば、せっかく薬もあるのだから、試される日が来るかもしれない。

 何事も、病態理解がカギである(下図はKI 2024 105 440)。


2024/08/01

タクロリムスとサイアザイド

  移植後に用いられるタクロリムスは、遠位尿細管のNCC活性を亢進するため、遠位ネフロンに届くNa+が減り、Na+の再吸収と交換で排泄されるK+とH+が減り、高カリウム血症と代謝性アシドーシス(4型RTA)を起こす。

 この仕組みが解明されたのは2010年代で、筆者は当時(それならサイアザイドを使えばよいのでは?)と思った。ただし、当時はまだ、「移植後患者をdryにしたくない」というためらいや、「血管収縮作用に拮抗するCCBを使うべきだ」といった意見もあった。

 しかし、2017年にアムロジピンに対するクロルサリドンの非劣勢を示すランダム化クロスオーバー試験(AJKD 2017 69 796、下図)が行われ、現在では移植後患者にサイアザイドを少量足して血圧とカリウム値をコントロールするtrickは一般的なものになっている。

 「病態理解から診療の変化につながるまで、10年はかかる」とは、よく言ったものである。ただし、同論文は移植後平均2年、平均eGFRは約60ml/min/1.73m2であった。移植直後や、DGF後で腎機能が十分に回復していない場合などは、ループ利尿薬のほうが効果的かもしれない。

 優秀なカリウム吸着薬がある昨今、医療者はついついそれに甘えがちであるが、利尿薬のほかにもSGLT2阻害薬、インスリン、重曹、(体液量が少なければ鉱質コルチコイド)など、さまざまなtricksがある。病態生理に合わせて使いたい。※ただし、移植後患者についてはSGLT2阻害薬のデータは少なく、重曹は腎予後や拒絶予防に否定的なRCTが出た(Lancet 2023 401 557)。