手を動かして患者さんに管を入れたり抜いたり針を刺したり糸を縫ったりすることを「手技」というが、これは医学用語だからスマホに「しゅぎ」と話しかけても「主義」がでる。「企業会計原則」も「貸借対照表」もでるから、使用頻度の問題だろう。で、手技をあまりしないと非日常なものに感じられてくる。物品をそろえるのも場所を確保するのも一大事で、決められた時間に決められたことをやるという「お仕事感」が乏しい。しかし同じ病院の手術室やカテ室や透視室や透析室では日常的に手技手術が行われている。
米国内科専門医をとるのに必要なのは末梢静脈ルート5本、末梢静脈採血5回、動脈ガス採血5回、動脈ライン5本、Papスメアと培養提出(婦人科領域)5回だったはず。中心静脈ルートも胸腔穿刺ももちろんやるが、理解して説明できればよく必須ではない。そこには手技は手技の人に任せるという文化があるからで、よく知られているだろうがたとえば末梢静脈の採血や穿刺はphlebotomist(和訳は「瀉血専門医」だの「静脈切開する人」だの追いついてないのでフレボトミストという)がやる。
しかし、これから頭が人工知能に敵わなくなるかもしれないし、手は動かしていたい。腎臓内科なら透析カテーテル留置と腎生検に満足せず、インターベンショナル・ネフロロジー、とくにVAIVT(vascular access interventional therapy、たぶん和製英語)の世界に出て行きたい。まず末梢静脈、シャント・グラフト、動脈に穿刺ができて、ハッピーキャス®の種類に精通しないといけない(手技のデバイスは商品名でないといけない、そしてその会社の担当者さんがチームの一員としてモノを術場に出してくれる)。
そのあと、留置用透析カテーテル挿入用トンネラーだの、5Frシースだの0.035インチのホッケー型ガイドワイヤーだの、CONQUEST®バルーンカテーテルだのMUSTANG®(アメリカの野生馬の意味)バルーンカテーテルだの、インデフレーターで16atmを1分だのと言われてわかるようになる。作法も、造影剤を生理食塩水と1:1で割ったら絶対に「ヘパ生(へぱせい、ヘパリン入り生理食塩水)」と間違えないようにするとか、透視室に入る時には透視を出していない時でも必ず放射線防護の服、甲状腺プロテクタ、水晶体プロテクタをつける(いつ不意に放射線が出るかわからない)とか習う。
しかし一番だいじなのは、手技の術者は艦長や機長といっしょだということだ。とにかく離陸した以上は何があっても安全に着陸しなければならない。手術するからには手術する理由があるわけだから、困難があっても目的を達しなければならないが、目的が変わったときには臨機応変に動かなければならない。どちらも優しいスタッフの協力でやっていける(写真はドラマGOOD LUCK!で航空整備士を演じた柴咲コウさん)。唯一の違いは、機長は乗客と命を共にするが術者はしないということ(燃え尽きや針刺し事故や放射線被曝はあるが)。