2020/07/09

電解質異常は好きですか? 知っておくべき低リン血症

今回も大好きな電解質シリーズ。今回はリンにフォーカスをしてみようと思う。

症例:
41歳女性でSLE罹患中。レイノー現象、偏頭痛、抑うつがあり。今回腎臓内科に繰り返す低リン血症にて紹介。

現病歴:
2週間前、リウマチ科に2−3ヶ月持続する気分不良、嘔気、便秘で相談。
採血で血清リンが1.1mg/dlであり、救急外来にループス腎炎などの関与も疑われ紹介された。
そこで、経口でのリンの処方を受け、5日後にフォローの予定にしていた。5日後に来院し再度採血しても血清リンは1.3mg/dlであり、腎臓内科に紹介となった。

診察室で疲労感、新規の鼻血、嘔気、関節痛、筋力低下を伴わない針で刺されるような痛みを手と足に自覚していると訴えた。
患者は数ヶ月前の鉄欠乏の指摘があり、点滴での鉄補充のために入院加療していた。
とくにReview of systemで引っかかるものはなかった。

バイタルサイン:
血圧:113/77mmHg、心拍数:79回/分(整)、体温:37.1℃、呼吸数:20回/分、BMI:26.5

身体所見:
頭頸部:異常所見なし
胸部:心音異常なし、リズム異常なし、肺音異常なし(特に労作時呼吸困難なし)
神経:上腕と四肢の筋力が4/5と低下

採血所見:
WBC:9200、Hb:15.1、Ht:45.7、Plt:251000
Alb:3.8、BUN:17、Cr:0.86、CK:66、Na:138、K:4.3、Cl:105、P:1.3、Ca:8.0、Mg:2.1
pH:7.41、PaCO2:30

採血検査異常としては低リン血症が目につく。
まず、低リン血症で実際にどんな症状が来るのかをまとめる

①リンの数値と症状(下図参照):
・2-2.5 mg/dL:無症状
・1-1.9 mg/dL:倦怠感、筋障害
・1未満:けいれん、感覚異常、溶血性貧血、鼻血、心筋収縮低下、不整脈、骨痛


②では、この症例の場合になぜ低リン血症になったのであろうか?また、低リン血症を鑑別するときにどのように考えればいいかを見てい。
まず、原因の鑑別を考えてみる。大きく分けると下記のものになる。(下図も参照)
・偽性低リン血症
・細胞内移行
・摂取量減少 or 吸収低下
・腎性喪失

Nephron Powerより引用

また、原因で薬物の関与は重要になる。下記に一例をあげる。
□腸管からの吸収阻害:リン吸着薬
□腎臓からの排泄亢進:利尿薬(フロセミド)、薬剤性Fanconi症候群(シスプラチン、テトラサイクリン、アミノグリコシド、バルプロ酸)、テオフィリン、アシクロビル、エストロゲン、アンホテリシンB
□分布異常:サリチル酸中毒、インスリン、カテコラミン、G-CSF、EPO製剤など
は考えておく必要がある。

③この症例の場合に次に知りたいことは薬物関与やリンの摂取量もあるが、腎臓からの排泄の促進がないかは把握しておきたい。下記に尿所見を記載する。

尿所見
尿量(24時間):3100 mL
尿中リン(24時間):1283 mg
尿中クレアチニン(24時間):1.11 g
随時尿中リン:16 mg/dL
随時尿中クレアチニン:32.1 mg/dL

FePiを計算してみる。
FePi = (Urine[Pi]×Serum[Cr]/Serum[Pi] × Urine[Cr])×100
で計算すると

FePi=32.9%となる。

腎臓でのリン排泄に関しては低リン血症において、下記のどちらかであれば腎臓からリン排泄が起きていると判断することができる。
・24時間尿のリン >100mg
・FePi >5%
AJKD2016のクイズのページは参考になる。)
この症例では尿中P排泄が明らかに亢進していることが分かった。

④では、腎臓からリン排泄が亢進する原因はどんな鑑別があるのだろうか?
上図でもわかるように腎排泄をしている場合に血清カルシウム濃度は重要である。

理由としては、リンをコントロールしているホルモンのPTHとVitDの関連のためである。
・PTHは骨融解を起こすことで血清カルシウム濃度を上昇させ、腎からのリン排泄を促進させる。
・VitDは腸管からのカルシウム・リンの吸収を促進させ、また腎からのカルシウム再吸収を促進させる。

・追加の検査・病歴:
intactPTH: 31pg/mL(正常:18.4-80.1 pg/mL)
PTHrp : <2.5 pmol/L
25 OH VitD : 51 ng/ml
1,25 OH VitD : <8 pg/ml
FGF23 : 285 RU/mL(正常<181RU/mL)
SPEP:異常なし
尿糖:なし

薬剤:利尿薬、ステロイドなど飲んでいない。

薬剤では突起すべきこともなく、Fanconiを疑うような尿糖所見も認めなかった。パラプロテイン血症を疑う所見もなし。

採血所見からはFGF23の上昇所見を認めている。

通常、上記のようにリン負荷が増大するとFGF23やPTHが上昇しリン排泄を促進させる。

しかし、症例ではリンが低いがFGF23の上昇が見られる。
なんらかの原因でFGF23が上昇し、それによって腎からのリン排泄が増大している事が考えられる。

⑤では、FGF23が増大した原因はなんだろう?
この原因は日本でも去年から発売されている静注用の鉄剤(カルボキシルマルトース第二鉄)である。これは添付文書にも記載があるのでぜひ参考にしていただきたい。
この鉄剤の投与によりFGF23上昇を認め低リン血症が惹起されたと考える。
しかし、この明確な機序に関してははっきりはしていない。

・鉄欠乏とFGF23の関連
鉄欠乏ではFGF23転写の亢進は生じるが、FGF23の非活性化も生じる。
鉄欠乏を改善することでFGD23転写は正常化し、非活性化も改善する。
カルボキシルマルトース第二鉄投与では加えて、FGF23の破壊が抑制されFGF23が上昇すると考えられている。特に投与後7日がピークになるので注意を払う必要がある(下図参照)。
JBMR 2013より
左下がカルボキシルマルトース鉄出ないものを投与した場合、右下がカルボキシルマルトース鉄を投与した場合
ASBMR 2013より
7日後にFGF23がピークになっていることがわかる。

ここまでで、話はおわりになってくるのだが追加の採血検査で1,25 OH VitD が抑制されていることにお気づきであろうか?理由に関して考えてみる。

⑥さきほどのFGF23、PTH、VitDの関連している図で、PTHやFGF23が働くことでリン利尿が生じ、その際にNapi2aが働くことが示されている。
まず、Napi2aの部分を説明する。これは近位尿細管にある受容体である。リンの再吸収は主に近位尿細管によって生じる。
CJASN 2015より
PTHとFGF23は近位尿細管のNapi2aと2cの活性を落とすことによって、リンの再吸収を抑制し、リン利尿を生じさせている。
AJKD2012より
FGF23はそれに加えて、近位尿細管の1-hydroxylaseの活性を低下させ1,25 OH VitDを低下させ消化管からのリンの吸収を抑制させ低リン血症をきたす。

そのため、この症例では1,25 OH VitDの低下を認めていた。

⑦治療:
重症の低リン血症(<1mg/dL)では不整脈を生じ生命に危険を及ぼしうる。
この症例では慢性経過であり、リンの補充治療を行っている。活性型VitD低下もあり、VitD製剤の内服治療で経過をみたが改善まで数ヶ月をようしたとのことである。

このような症例は今後日本でも多くなってくると思う。ぜひ知っておくといい知識だと思う。