ある日、透析患者さんのシャント不全で透析室からPTA依頼があった。しかし入院時の血圧が70mmHg台で、PTAどころではない。普通の(敗血症やら出血やら降圧剤やらの)低血圧になる原因がないが、カルテを見直すと2週間前までは160mmHg台あった人だ。おかしい、とは思ったが、頭の中には「あれかな」という診断があった。
というのも、透析患者さんの血圧が降圧剤が増えたわけでもないのにあるときから急に下がってしまっ時に心のう液貯留を疑うというのは、米国では腎臓内科専門医試験にも出るくらい有名だからだ。日本でも有名かも知れないが、ともかく透析室ではこの二週間血圧がさがってもターゲット体重を上げて降圧剤を切るばかりで、心エコーなどはなされていなかった。
そこで「心タンポナーデを疑う」と院外から修行に来てくれたフェローに伝えると、行動力のある彼がICUからすぐさま心エコーを持ってきてくれた。みると、心のう液貯留があるし心臓の動きも悪そうだ。しかし、うちで拡張障害を判断なさるのは心エコー技師さんと循環器科の先生方。透析患者さんに心のう液がたまること自体はよくあるから、慢性貯留と言われて何もしてくれないかな…。
こういうとき私は、人任せにせず議論できるように心エコー室まで患者さんについていく。画像を見ながら心エコー技師さんは「右室は拡張してるから大丈夫そうです」と第一印象をおっしゃったが、私には右心房が凹んでいるように見えた。循環器内科の先生とも相談して、たしかに拡張障害はあるし右室圧も高いが、心タンポナーデとまでは言えなさそうな結論になった。
ここでわかったのは、循環器内科医の先生にとって「心タンポナーデ」には「STEMI(ST上昇の急性心筋梗塞)」と同じくらい緊急な響きがあることだ。だから今回のような「慢性心のう液貯留」と「心タンポナーデ」の間の病態は、「亜急性の心のう液貯留により拡張が軽度不全になり、血圧が低下している」と表現することで「じゃあ(心のう液を)抜こう」となった。
というわけで心のう穿刺となった。しかも、tamponade physiologyがあるかどうかを検証するために右心カテを入れ、穿刺前後の値をチェックすることに。ちょっとドキドキしながら心カテ室の脇から観察していると、約500ml穿刺したあとで右室拡張圧も下がり、90mmHg台だった血圧も130mmHg台、40mmHg以下だった脈圧も正常化した(から本例はタンポナーデだったわけだが、まあ患者さんがよくなれば何と呼ぼうがたいした問題ではない)。
心のう液の排液後にどんどん上がる血圧を見たときの充実感を私が忘れることはないだろう。よほど朗らかな表情をしていたのか、循環器科の先生も「満足?」と冷やかし混じりに励ましてくれた。米国で学んだことは日本でも使える。それは日本の先生方にも伝わる。そして、それがひいてはチームプレイで人の命を助けることが出来るんだ、と嬉しくなった瞬間だった。