新大陸とアフリカに住むマナティーと、インド洋から東ユーラシア、オーストラリアにかけて住むジュゴンはいずれもsirenianに属し、じつはクジラよりゾウに近縁だ。私はEverglades国立公園でマナティーを見たが、あの目の優しさはゾウ譲りだろうか。
そんなマナティーの目にあって、ジュゴンの目にはないものがある。それは角膜内の血管だ。マナティーの角膜には小血管がまばらに走っており(Vet Ophthalmol 2005 8 89)、そんな生物は地球上で今のところマナティーだけだ。痕跡的で、視力を障害するほどではないが。
どうしてマナティーの角膜には血管があるのか。そもそも角膜には強力な血管新生因子VEGF-Aがあって、ほうっておけば血管が生えてしまう。しかしVEGF-Aが細胞膜のVEGF受容体に触れないようトラップする仕組みがあるのだ。
その仕組みが、sFlt-1(またの名をsoluble VEGFR1)。これはVEGF受容体の細胞外ドメインだけでできた切れ端で、こいつがたくさんあるとVEGF-Aが捕らえられ本物の膜受容体に結合できない。マナティーにはそれがない(Nature 2006 443 993)。
この話と腎臓内科に関係は、大有りだ。Pre-eclampsiaは、腎生検すると(誰がしたのか知らないが)糸球体内皮細胞が膨れ上がっており、内皮細胞の異常が機序と考えられている。そして、患者さんではsFlt-1と同じく血管新生を阻害するendoglinの血中濃度が高い(NEJM 2006 355 992)。
そこから先、sFlt-1がVEGFR1遺伝子のsplicing異常でできるのか、それともVEGFR1タンパクから切り離されてできるのか、胎盤でどんな制御がおきているのか、どうして妊娠後期におこるのか、いま分からないことも研究で明らかになるかもしれない。